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第七話 アイムソーリーの延長戦/しょうがない・4

 そして翌日も隆起が現れたので、蓮としてはどうしてこの人は今日もここに来たのだろうかと訝しむ。

「どうもまた来ましたん」

「はあ」

 健吾による検温の終わったタイミングであり、どうやら二人で会話に盛り上がっていたようだった。

「何かご用ですか?」

 と質問する健吾に、隆起はあっけらかんと、

「暇なので」

 と答えて、すると健吾はちょっと困った。

「あの。お見舞いはいいんですけども」

「じゃあ、お見舞いに来ました」

「はあ。それじゃ、患者さんのご迷惑にならないようにしてくださいね」

 失礼します、と言って、艶かしい脚のステップを踏みながら健吾は病室を出て行った。

「あの、津笠さん」

「はい何でしょう宮沢さん」

「何か、ご用ですか?」

「暇なので」

「実さんに用事があるわけじゃ」

「もちろんそうです」

 と答えたので、蓮は二日連続で実に何の用事があるのかな、それとも昨日二人で話して何か約束でもしたのかな、などと考える。とにかく自分に用があるわけではないことは何とかわかったので、その点においては安心した。

「でも、宮沢さんにも用があってね」

 そこでそう切り出したので蓮はやや怯えた。

「ぼくに、何か?」

「ええと。そうですね。実はおれ、高位の影響力を抹消するという特殊な能力を持っていましてね」

「は?」

「まあ、それはさておき」

「はあ……?」

「さっきの看護師さんと仲が良さそうで」

 と、健吾の話題を出されたので、今度はこの人何の話があるんだろうと蓮は訝しむ。そもそも自分にも用事があるなど別にそんなつもりもないのではないだろうかとも蓮は何となく思う。何となく思うだけなのだが。

 まさか隆起が、今言ったように蓮の“高位の影響力”を抹消しにやってきたなどという超現実的展開の予想が蓮につくはずもないのだから。

「艶かしい脚の動きの」

「ああ。はあ、まあ」

「何やら話題に盛り上がっていたようで?」

「ええ。治ったら一緒にご飯を食べに行こうって話になってて……」

 と、説明を始めた蓮の言葉に隆起は耳を傾ける。

「ほう。本当に仲良くなったんですね」

 うっかり話し始めた以上、話さないわけにもいかないのではないかと律儀な蓮はそう思った。

「そうですね。海野さんも、患者さんと個人的に親しくなるのは初めてだそうで」

「やっぱり、ゲイ同士だからなんですかね? 宮沢さんはバイセクシャルみたいですけど」

「——まあ、はあ」

 戸惑い。

 そして隆起は切り込んだ。

「宮沢さんっていうのは、どっちかっていうと女っぽい人の方が好きだったりして?」

 蓮は目を丸くした。

「よくわかりますね」

「浮気だ浮気だ」

 呑気にそう騒ぐ隆起に、蓮は困惑した。

「浮気って……まだそんなつもりは」

「まだ」

「いえ、別に」

「まあ、恋の行方はしょうがないものもありますが」

 “しょうがない”。それは自分の思考回路の根幹をなす、ものの考え方。

「……そうですね……」

「しょうがないですよねぇ」

「子どもの頃から、いろんなことをしょうがないって思って、割り切って、それで何とかやってきたところはありますけど。男の子が好きだったり、学校に馴染めなかったり……とか」

「しょうがない、しょうがないと言い聞かせながら?」

「だから今、実さんと一緒にいて、すごく幸せだけど——そこに海野さんが出てきても、しょうがないところあるのかなって……もちろん彼の真意はわからないけれど」

「そうですねぇ」

 そこで隆起は黙る。

 急に沈黙が走ったので、蓮はいよいよこの疑問を解消しようと動いた。

「あの、結局、何かご用ですか?」

「ああ。いえ。もう済みました」

「え?」

「それでは、おれはこれで」

 と、隆起が右手を差し出してきた。握手か、と思い、蓮も右手を差し出し——。

 そして、一瞬の気絶。

「え?」

「おやどうしました宮沢さん」

「今、気絶、みたいな——?」

「ナースコールを押した方が?」

「……一応、念のため、そうします」

 そして隆起はドアに向かう。

「それじゃ、さようなら。お元気になっていくことを陰ながらお祈りしていますよ」

 結局のところこの人は自分に何の用事があったのだろうと思いながら、それでも今の一瞬の気絶のことを健吾に報告することの方がよっぽど優先順位が上だと思い、やがて謎の来訪者が帰って行ったので蓮としては半分ホッとするのだった。


「あれ。津笠さん」

「こんにちは倉木先生」

「今日もお見舞い……ですか?」

「暇なので」

「はあ」

「治療、うまくいくといいですね」

「ええ本当に、そう祈ります」

「ところで——『しょうがない』って、どう思います?」

「え?」

「恋の行方に障害が生じても——それでもあの引っ込み思案なあの子ならと受け止められるものなんですかね?」

「あの、何か——?」

 そこで隆起は、もはや蓮の影響力から解放されているはずの状態である実に、こう言った。

「ま、しょうがないことっていうのはありますけどね。でもね、しょうがないって言うのは……あらゆる思考停止の中で最もタチの悪いものなんですよね」

「……?」

「今、海野さんが宮沢さんのナースコールに呼び出されたことで病室へと向かうでしょう。そしてあなたがどうするのかということが、一応、あなたの本のファンたるおれとしては興味のあるところです」

 “しょうがない”。

 健吾の方が蓮の好みであっても——。

 それは——“しょうがない”のだろうか?

 かつてのインタビューを思い出す。

 ……恋人の浮気を冷静沈着に受け止める、だって——?

「あの、津笠さん」

「はい、何でしょう」

「ぼく、ちょっと、急いでるので」

「はい。それではこれからの日々が穏やかなものであるよう、おれも陰ながらお祈りしていますよ」

 やがて実は、ええ、それじゃ、と言って駆け出して行った。

 その後ろ姿を眺めて、隆起は微笑む。

「ま、あとはおれは無関係——と」

 そして隆起は、もうしばらくこの大学病院に来ることはなさそうだな、と思いながら今赴いているその場を去っていくのだった。


 というわけで、よろずやつかさ。

 学校を終えた晴翔と紗夏がいつものようにやってきて、隆起と談笑していた。

 特に何事もない放課後。

 特に何の事件も起こらない毎日。

 ……かのように紗夏には思える日々。

 そこに、やがてお茶を出そうとして動き始めようとする直前、紫乃が顔を出した。

「隆起さん。一条いちじょうさんがお見えですよ」

 すぐさま隆起は反応した。

「お、ワンか」

「ワン? 一条?」

「おれのもう一人の相棒さ」

 と言って、ワンがゆっくりとリビングに現れた。

「久しぶり、ツー」

「わー……」

 と、晴翔は感嘆する。

()()()()()()……」

 もちろん紗夏は彼女としてちょっと嫉妬する。

「ちょっとあんたね」

「いやだってさ」

「よく来たね。ワン。ハルに紗夏ちゃんや、紹介するよ。一条蘭子いちじょうらんこ——ワンだ」

 そして蘭子ことワンは二人に挨拶した。

「よろしくね少年少女。ワンと呼んで頂戴」

「あ、どうも」

「ワンは、()()()()()()()()()()()()()()()()、という能力を持っている」

「——は?」

 ニコニコと笑いながら隆起は言った。

「まあ、そういうわけだから、みんなで仲良くしましょ〜」

 何だかよくわからないが——しかし。

 というわけで紗夏は、この特に何の事件も起こらぬ日常は、それはもちろん日常なだけあってまだまだ続いていくのだな、と、何となく思うに至ったのだった。

 わたしには、何だかよくわからないけれど……と、そう思いながら。


〈了〉

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