第七話 アイムソーリーの延長戦/しょうがない・3
「あれ。昨日の」と、病室に戻ってきた実はそこにいた隆起に気づいた。「蓮ちゃんのお見舞いに?」
「そしてサインをもらいに来ましたん」
納得した。
「なるほど。いや、ぼくのサインなんてそんな」
「やがてプレミアがつくでしょう」
「売る前提ですか?」
「生活に困りでもしたら」
「愉快な人だ」
そう微笑んで、そして隆起から本を渡されサインを書いてすぐに返す。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。それにしても先生は恋人を大切に想われているようで」
と、二人の話題を始めたので、実も蓮もはにかんでしまった。
「たまたま職場で出会った子なんです」
という実の説明に、隆起は、ほう、と相槌を打つ。
「ぼくがたまたま好きになって、そしたら蓮ちゃんもたまたま男の子が好きで」
「BLもびっくり」
「なかなか運命感じちゃって。それでもう猛アタック猛アプローチの毎日で遂に付き合うことになって」
「猛アタックって言ったら今もじゃん」
と突っ込む蓮に、実はエヘヘとだらしなく笑う。
「煙草もやめたんですよね、付き合うことになってから」
「え、その話するの?」
「あ」
「ここまで話したんだから」
と言う隆起に促され、参ったなついうっかり喋り過ぎてしまった、などと呟きながら、しかし確かにここで切り上げては不親切だと思って実は説明した。
「ぼくが禁煙したら、その〜チューするの考えてくれるって言ってくれて」
「それはもう、とことん、愛」
「はは」
微笑む実と、赤面する蓮。
仲の良いカップルでご馳走様、と隆起は思うばかりだった。
「ああ。それじゃおれはこれで」
「あ、それならお見送りを」
「お構いなく」
しかし実としてはなかなか好感触のこの隆起を見送るつもりとなったので、じゃあちょっと行ってくるねと蓮にそう言って、二人は病室を出た。
「本当に大切なんですね」
廊下を歩きながら隆起は訊ねた。
「それはもう。世界で一番大切です」
「かつてのインタビューで、浮気したら褒めるとか」
「あ、それ読んだんですね。いやま、想像上の展開ですけどね、実際に蓮ちゃんが他の男の人を好きになったなんて言ったら、きっとパニックになるには違いないんですけども。ショックはショックなんでしょうけど」
「ふむ。あなた以外に友達がいない、と」
「すごーく内気で引っ込み思案で人見知りな子で……でも津笠さんとは相性が良さそうでホッとしてます」
「それはどうも」
「まあ——浮気とか、そんなことになっても、しょうがないんでしょうけどね」
「しょうがない?」
「あの内気な蓮ちゃんが実行するほどのことだから、しょうがないんだろうなって」
「ふむ」
「でもだから、どうなるかわからない未来のことを心配するより、今の幸せを噛み締めていようかなって」
ふむ、と、隆起は反応した。
「しょうがない、ですか」
「ああいえ、まあ、そう思ってしまった方が、お互いのためなんでしょうし。あ、もちろん今、蓮ちゃんに浮気相手が出現したとかじゃないから——ああ、何だか心配になってきてしまいました」
「それはおかしな話題をしてしまったようで」
「いえいえ」
ちょっと話題を変えてみよう、と隆起は思った。
「印税で保険の効かない治療代を支払うなんて大変でしょうに」
「だからとにかく売れる小説を書こうって必死でしたね。報酬をいただくために書くと」
「割り切ってますね」
「まあ、書きたい話を書きたいように書くってことに関しては、デビューの時点で書いたもので全部書き切ったのでね。だから今はもう割り切って生活のために書こうかなって」
「社会人って感じですね。生活者って感じですか」
「それはもう。小説家だって、仕事であり、職業ですからね」
「応援してます」
「ありがとうございます。でも、さっきの話じゃないですけど、ダメになってもそれもしょうがないんだろうなって……」
再び、ふむ、と、隆起は反応した。
「しょうがない、ですか」
「ええまあ。ぼくも色々ありましたし……ああ、すみません。せっかく話題を変えてくれたのに」
「いえいえ」
「どういうわけか、やたらとしょうがないしょうがないって言うようになっちゃって……前までこんなことなかったんですけど。治療が始まって蓮ちゃんがこれから治っていくんだから、しょうがないことなんてないはずなんですけどね」
でも治療が失敗する可能性なんてのもありますよね、などということは、流石の隆起も空気を読んで言わなかった。
でも、仮にそれを言ったとしても、おそらく——蓮の影響を受けている実としては、それもしょうがない、と言うのであろう、と、隆起は予測した。
「じゃあここで」
と隆起がそう言ったので、
「はい」
とそう実は返事をして、だから隆起は、
「それじゃ、また——」
と言って、去っていった。
……また、ということは、あの人また来るんだろうか? と、やや訝しむ実だけがそこに残された。




