第七話 アイムソーリーの延長戦/しょうがない・2
翌日も隆起は大学病院にやってきていた。今日は二人はいない。なぜなら今が授業中の真っ昼間であり、隆起としては晴翔と紗夏がいなければならないわけではまるでなかったからである。
司のコネクションを使って脳外科エリアを歩く。やがて隆起は高位の影響力の気配を感じたある個室を発見する。名札には「宮沢蓮」とある。コンコン、とノックした。すると「はーい」と返事がしたのでガラッとドアを開けた。蓮としては一瞬何者だろうと思い、ああ昨日の人だと思い出し、だからこそ何者だろうと思う。
「お見舞いに来ました」
と、隆起は右手でさっき買ってきたケーキの箱を掲げた。
蓮としては、頭の中の疑問符たちがちょっと消えないでいたが、とりあえず、どうも、と小さく呟いて頭を下げる。
「倉木先生いません?」
と隆起が言ったので、ということは実に用事があるのかといよいよ謎が解け始めたので蓮は少しホッとする。
「実さんは、さっき電話がかかってきたから、ちょっと、出てます」
「いやあ、サインをもらおうと思いましてね」と、今度は左手の本を掲げる。「作家先生に会うなんてもうないかもしれないので」
「なるほど」
ようやく納得がいったので、とりあえず蓮はしっかり安心する。とりあえず危険人物、要注意人物ではなさそうな気配を隆起に感じた。
「改めましてこんにちは。昨日はどうも。おれ、津笠隆起と申す」
「宮沢蓮です」
「よろしくお願いしまーす」
のほほんとそう言う隆起に蓮は笑ってしまった。
「こちらこそ」
「いかがですか調子は。脳の悪性腫瘍だとか」
「あ。そうなんです。グリオーマって」
「死ぬんですか?」
単刀直入にそう訊ねる隆起に、なぜか蓮はぷっと吹き出してしまい、そして本格的に安心し始めた。
「まあ、放っておいたら死ぬんでしょうけど」
「それが先生の印税でハッピーなことに」
「あ、いえ。元々、そんな今すぐ危険とかじゃなくて。ただ実さんとしてはこのままのんびりやっているのが気が気じゃなかったみたいで……」
と、蓮は少し説明を始めた。
「ある日突然、てんかんの発作が起こって。たまたま親が家にいたからすぐ救急車呼んでもらえたけど、そうじゃなかったらと思うとゾッとする」
「ラッキーでしたね」
「いえもう、本当に」
「未承認薬が使えないと?」
「ぼく、今のところ元気にやってるから、基準を満たさないみたいで」
「医療の世界も複雑ですね」
「本当に」
「このケーキお二人でどうぞ」
「ありがとうございます」
「おれはサインをもらい次第直ちに帰りますぅ。カップルの邪魔はいくらなんでもできないし」
と言う隆起に蓮は頬を赤らめる。
「いや、そんな」
「いいですねぇ恋は」
何気なくそう言った隆起だが、蓮が、
「本当に、そう思います。本当に……」
と心底有り難そうに言うので、だから隆起としては実が蓮の初めての彼氏なのかしらんとちょっと想像する。
「男の人が好きな人、っていうのには、なかなか出会えないから」
ちょっと理解し始める。
「ああ。そういうこと」
「ぼくなんて、あんまりその、引っ込み思案というか、あんまり外に出られないのもあって……そんな中で実さんと出会えて、本当に良かったなぁって思うんです」
「なるほど。ゲイの人も大変だ」
「でも、楽しむことも大切なんだろうなって」
「おっしゃる通り」
「男の人が好きって共通点だけで仲良くなれたりもしますし。まあ実際に仲良くなれるかどうかはケースバイケースですけど、ただ取っ掛かりとして役に立つってことですけど」
「ふーん面白い話ですね」
「宮沢さーん。採血のお時間ですよ〜」
と、そこに若い男性看護師が陽気な声と共に現れた。
「取っ掛かりで仲良くなれたら、それは素敵なこと」
蓮が小声でそう言ったので、隆起はどうして今小声でそれを言ったのだろうとちょっと疑問視する。
「あら、お見舞いの方ですか〜?」
と、その看護師が隆起に訊ねる。
「津笠隆起、と申す」本を掲げた。「サインをもらいに来ました」
「なるほど倉木さんのファンの方」
「そういうこと」
海野健吾と書かれた名札を見て隆起は彼の名前を認識する。健吾はそれはそれとして、と、蓮の採血のための準備を始めた。
むむ、と隆起はちょっと健吾の下半身が気になる。
どうも、艶かしい動き、といった印象を受けた。
「すぐ済みますからねー」
そのつもりで聞けば、その中性的な喋り方が、つまり中性的な印象を受ける。
採血はすぐに終わり、やがて蓮が「ありがとうございます」と頭を下げると健吾は「いえいえ〜」と微笑んだ。というわけで健吾の仕事は終了したので彼は後は病室を出ていくだけということになった。
というわけで病室にはまた蓮と隆起の二人になった。
「だから、仲良くなれて」
と切り出した蓮に、隆起は訊ねた。
「あの看護師さんもゲイ?」
「はい。あ、ぼくは一応、女の子も好きなんですけど。男の子の方が好きなんですけど」
「ふむ。わかりやすい看護師さんなんだろうかね?」
「もうオネエ看護師で有名で。見たでしょ、脚の動きの艶かしさ」
「目立つ感じだね」
「素敵だなと思う」
嬉しそうにそう呟いた蓮に、隆起はややちょっとした違和感を受ける。
この感覚の正体がまるでわからないほど隆起は他人に興味がないわけではない。
でも、とりあえずは、
「素敵だね」
とだけ反応するにとどめた。




