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第七話 アイムソーリーの延長戦/しょうがない・1

 影響力。それは人間の証明。


 ——彼氏が浮気したらどうしますか?

「チェリストの長嶋ちさ子さんがおっしゃってたこととまるで一緒なんですけど、うちの彼氏に限って言えば、褒めますね」

 ——よくやったなと。

「本当にぼく以外に友達のいない子なので、もうとにかく根掘り葉掘り質問しまくるでしょうね。どこで出会ったのどっちから誘ったのと」

 ——じゃ、むしろ嬉しい?

「いやもちろん怒るでしょうけど、それでも他の恋人夫婦の方々よりは冷静沈着になれるんじゃないかなー」


「ふーむ。紗夏ちゃんが脳外科ね」

 大学病院に三人はやってきていた。紗夏は実は将来医師になりたいと思っており、のちの医学部進学のために社会科見学ということで今ここにいる。職場見学とはいえ病院内をうろつくことは簡単にできることではないのだが、そこは司のコネクションである。だから紗夏と晴翔の付き添いとして隆起まで一緒にいるのだ。

「なかなかハードだ」

「ハードじゃない診療科目なんてないでしょう?」

「普通の返しだ」

「どうも」

 そういうわけで、一行は脳外科エリアにやってきている。晴翔と隆起からすれば何が楽しいのかよくわからないが、紗夏としては案内人を担ってくれた医師の説明にだいぶ満足したようである。ただいくら司のコネがあるとはいえ医師の確認もなしに病室を一つ一つ回ることはできない。さっきまで案内してくれていたその医師に緊急の手術が入ることとなり、ならば仕方がないと紗夏もだいぶ納得いったようなのでそれでは帰ろうとなった頃、一向は図書室を発見したのでついついそこに寄っていった。

 すると中には、青年二人がいた。一方はパーカーにジーンズ、一方はパジャマだった。

「あ。倉木実くらきみのるだ」と、晴翔。ちょっとワクワクしている。「そっか、彼氏の治療って。じゃ、あれが例の想い人かな」

「彼氏?」

 という隆起に晴翔は意外そうな顔をした。

「え、倉木実知りません? 小説家の」

「普段、本は読まないからねぇ。ハルは意外と読書家なんだよね」

「こないだベストセラー出した人で、割と話題になってるんすよ」

「そうなんだね。彼氏っていうのは?」

「オープンリーのゲイなんです」

「ふむ。となるとあのパジャマの青年が彼氏かな?」

 図書室の中で、実とその彼氏は仲睦まじく談笑していた。そこでふと気になり隆起は訊ねる。

「彼氏さんっていうのが何かの病気なのかい」

 すると晴翔は、えーと、とちょっと考え、そして説明した。

「脳の悪性腫瘍なんですって。それで、未承認薬を今度使うって」

「となると、何かの制度を使うのかね?」

「それが、その条件を満たしてないから、全額自腹なんですって」

「ということは、ベストセラーの印税のおかげで恋人の命を救うってわけかい。なかなかヒーローだな」

「どうしよ。声かけようかな。どうしようかな」

「かけた方がいいだろう。ねぇ紗夏ちゃん?」

 と、隆起が紗夏に話を振ったので、晴翔としてはなぜ紗夏に訊いたのか訝しんだ。紗夏は、まあね、と言う。

「高位の影響力」

 真相のわかった様子の晴翔は反応した。

「え。あ、じゃ、電撃? どっち?」

「彼氏さんの方」

「よし、それじゃ声をかけに行きましょー」

 と、意気揚々として図書室にいよいよ入ろうとする隆起に晴翔はちょっとだけ焦った。

「いきなりすか?」

「小説家なんだろ? 声かけ自体は別にいいでしょ。ハルだって話したかったんじゃないのかい」

「それはそうだけど。でもま、それはそうだ」

「こんにちは」

 一行は図書室に入り、青年二人に声をかけた。二人はちょっと驚いて、この人たちは誰だろうと訝しんだ。

「あの。作家の倉木先生ですよね」

 と言った晴翔に、だから二人は納得した。

「先生だなんて、そんな」実はちょっと照れた。「いまだに慣れませんね」

「本、読みました! すごくよかったです!」

「ありがとう。高校生?」

「はいっ」

「いやぁ、ぼく主に中高生に読んでもらいたいと思いながら普段書いてるので、そう言ってもらえて嬉しいな」

 話しやすい雰囲気の実に晴翔はときめいた。もっと話したいと思った。ただそばにいる彼氏がちょっと戸惑いが止まらない様子だったので、これ以上話しかけてもいいのだろうかと思う。という晴翔の逡巡など無視して隆起が横槍を入れた。

「その方は先生の恋人?」

「え。あ。はい、そうなんです」頬を掻いた。「彼氏です。恋人です」

「いいですねぇ仲が良さそう」

 実はにっこり微笑んだ。

「おかげさまで」

「彼氏さんの病気を倉木先生が治すとか」

 この人はほんと空気を読まない男だな、と、晴翔と紗夏はやや感心した。このように生きられたら人生は相当楽なのだろうかとも二人は思う。

 実は笑いながら答えた。

「ぼくが治すというか。まあ、おかげさまで本が売れてくれたのでね。未承認薬を使う制度が今回利用できなかったんですけど、印税で支払えるみたいでよかったですよ、本当に」

「いいですねぇヒーローだ」

「いえいえ」

 そこで彼氏がおずおずと実に言う。

「あの、実さん。ぼくそろそろ戻るね」

「一緒に戻ろう」と、即反応した。「それじゃ、これからもよかったら、応援よろしくお願いします〜」

「はいっ!」

 なかなか元気な声でそう返事をした晴翔に、実は、ふふ、と微笑み、やがて彼氏と一緒に図書室を出ていく。

「いやぁ、話しやすい人だったなぁ……」

 プロの小説家と直接会話をするということが人生で初めての体験だった晴翔は、その初体験が穏やかなもので喜びを噛み締めていた。そんな様子の読書家の彼氏を見て、ピアノもキーボードもそうだけどこういうところが結構いいんだよね、と、紗夏は内心ちょっと嬉しそうだった。

「紗夏ちゃんも嬉しそうねぇ」

「え、何で紗夏?」

 これだからこのおっさんはデリカシーがかけらもないんだから、と、紗夏は心の中で舌打ちをする。流石にこの状況で実際に舌打ちなどしたら晴翔が混乱してしまうと思って。というわけで晴翔としては今の隆起の指摘の意味がよくわからず、しかしそれよりも倉木実との邂逅の余韻に浸ることにした。

 というわけで、この場はここで終わる。

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