第五話 グッドバイに大歓喜/ひとのせいにするな・3
「——だからさ、コンビニで女子高生が万引きしたのを確かにおれは見たのよ。それをやがて店員さんに報告したんだけど『それは、その、大丈夫です』みたいなことを言っててさ。あのコンビニは福引きで万引きができるのかよみたいなー」
「だから、コンビニの店員さんとかオーナーさんとかからすれば事情があるんでしょ」
「どんな事情よ」
「それはわからないけど。でも普通ならお客さんからの万引きの報告を無視するなんてあり得ないもの」
「まあそうなんだけどさ。でも、おれ確かに目撃したんだけどな〜」
と、自分が決死の思いで振り絞った正義感を無下にされたという愚痴を電話で紗夏にしながら晴翔はう〜むと唸り続けた。仕方がないので紗夏は適当に思いついたことを言ってみる。
「例えば」
「例えば?」
「例えば……その女の子はしょっちゅうそのコンビニで万引きしてて、親御さんが後でお金を払うから見逃してやってくださいみたいな」
「とんでもない親だな」
「いやだから例えばの話よ。問題のある子なのはあんたの見たままなわけだし」
「問題があるのはそうなんだろうけど自分が万引きするのを人のせいにしちゃいかんだろうに」
という晴翔の言葉に、ふと紗夏は昨日と今日のよろずやつかが頭によぎった。
『人のせいにはしない』——という言葉を、幸一も笑華も言っていた。
それはありふれた言葉ではあるが——幸一から見た“高位の影響力”の電撃と、紗夏はどうしてもリンクさせてしまう。
「ん。どした紗夏」
突然沈黙した紗夏は、スピーカーモードのスマホを見つめる。
「晴翔。そのコンビニってどこのコンビニ?」
「え。よろずやつかさからちょっと離れたとこのセブンだよ。いや〜部活が長引いてさ。でもギリお店行けるかなーと思ったんだけど、当のコンビニで手こずっちゃって行けなくなっちゃった残念無念」
「そう……」
例えば……今日、よろずやつかさを足早に出て行った笑華が、コンビニに寄って、万引きをした、とか……と、紗夏はどうしても連想してしまう。
であるのであれば、それはもしかして、笑華の万引きは……卜部くんの影響を受けた結果?
「おーい紗夏ー。おれの話聞いてるー?」
「聞いてるよ。それにしても最近部活の練習長いね」
「いや〜バンドフェスに出ることが決まったからね。これはもう頑張るっきゃないでしょ」
というわけで紗夏は話題を逸らすことにして晴翔のバンドの話を楽しむことに決めた。やがて二人は電話を終え、紗夏は次の相手に電話をかける。
「笑華。ちょっといいかな」
「なぁに、紗夏?」
どうやら機嫌が良さそうだったのでとりあえず紗夏は安心するが……自分は彼女の話を聞かなければならないのではないか。紗夏はそう思う。
「今日、何だかごめんね。ツーさん、変なことばかり言って」
「ああ、うん。いいんだ。ちょっとアドバイスにはなったし」
「本当に? アドバイスになった、ツーさん?」
「それなりにね」
「今日、その後、どうした? ——ストレスの解消でもした?」
スパイのように忍ばせた思いに、笑華はまんまと引っかかった。
「いや、セブンでアイス食べただけなんだけどね」
笑華の行ったコンビニはセブンイレブン。
「お気にのチョコミント?」
「そうそ。セブンの新製品でさ、なかなか美味しかったよ。値段も手頃だったし」
「どこのセブン行ったの?」
「え? よろずやさんからちょっと離れたところだよ」
「ああ、あれか。そういえばさー」と、紗夏はとにかく真実を悟られないように必死に芝居した。「わたしの彼氏もそこ行ったんだけど、今日、万引きがあったんだって」
ほんの瞬きするほどの間の、沈黙。
これは……当たりだろうか、と、紗夏は思う。
「そうなんだー。万引きがあったってどういうこと?」
あっけらかんとそう訊ねる笑華に紗夏は追い討ちをかけた。
「女子高生が万引きしてたんだって。それを彼氏、見て……で、店員さんに報告したんだけどなぜか相手にしてもらえなかったんだって」
またしても一瞬の沈黙。長年の友達だからこそ気づく“間”。
「——なぜかだねー」
「まあ、その女の子にも何かあったんだろうね」
「そうなんだろうね」
「ま、それはともかく。それで話がらりと変わるんだけど、そのわたしの彼氏が今度バンドフェスに出るんだよね」
「えーすごーい」
「お客さん大募集だから笑華も行かない? 卜部くんも——」
「いいね。行く行く」
という他愛もない話を続け、やがて、それじゃまたね、と言って二人は電話を切った。
「……」
スマホを見つめる紗夏。
これは……時間差攻撃が必要だろう、と紗夏は思い、明日のお昼当たり、笑華に『今日もよろずやに行かない?』という連絡をするという計画を、今から立て始めるのだった。
というわけで、よろずやつかさ。
ソファに座っているのは、隆起と紗夏と——幸一と笑華。
ちなみに晴翔は今日もバンドの練習のためここには来られない。
「うちも若人たちのデートコースになったもんだ」
「遊ぶことも飲み食いもろくにできませんけど」
「紫乃さんの出てくるのが遅〜いお茶がある。たま〜にお菓子も」
「それで紗夏。わたしに話って何?」
と割り込んできた笑華に、紗夏は、元々話をつけておいたので隆起の方を見る。
「うん。お任せ紗夏ちゃん」
「?」
怪訝そうな顔の笑華と幸一に、隆起は話を始めた。
「実はおれはね。万引きを見て見ぬ振りをしたことが人生で二度ある」
という突然の告白に、刑事を夢見る幸一は目を光らせ、笑華は——緊張し始めた。
「それは、お店の人にも報告しなかったんですか?」
と訊ねる幸一に、隆起は「うん」と答えた。
「なぜなら面倒臭かったから」
「そんな」
「君も大人になればね、正義感というのが己自身を傷つける刃になりうることがやがてわかる。刑事なら尚更」
「はあ……」
「で、その二度っていうのは——二度とも同じ人でね」
「え。同一人物の二度の犯行ってことですか」
「その通り。珍しいこともあるもんだ、と思ったが——運命というのは、確かにあるんだな、と、おれは長年生きていてつくづくそう思うよ。そう思わないかい笑華ちゃん」
「——え?」
そこで隆起に反応した笑華は、表情が明らかに崩れそうになっていた。
「え。どうしたんだよ笑華」
と訊ねる幸一に、笑華は、
「え。あ。別に。あの」
「そういえば紗夏ちゃんの彼氏が昨日ここからちょっと離れたとこにあるセブンで女子高生の万引きを目撃したんだよね」
「——」
ふと笑華は紗夏を見る。ほとんど睨みつけるような表情だった。
しかしそれに負けず紗夏は笑華に言った。
「笑華。人のせいにしちゃいけないって言うなら——ここが正念場だよ」
「……」
「……要するに」
このやり取りで、大まかな真相が判明した幸一は、今にも怒鳴りそうになっていた。
「笑華。お前」
「だって。だって——」
「だってじゃない。万引きは犯罪だぞ」
「そんなことわかってるけど、でも——」
「でもじゃない」
「……」
やがて笑華は——やがて、何もかもがどうでも良さそうに口を開いた。
「親のせいには、しないよ——だってわたしが万引きしてるんだもの。だから人のせいにはしない。それならそれで——わたしが捕まればいいだけだしって思えば……それって人のせいにしないで済むから……」
「ふざけんなよ」
「まあまあトっつぁん」
と、隆起はちょっと立ち上がり、何の用があるのか窓のそばに行く。
隆起の制止を無視して幸一は笑華に怒鳴りつけた。
「人のせいにしない、っていうのはな! 転んだのは誰かのせいでも、立ち上がらないのは自分のせいってことだからな!」
「まあまあトっつぁん」
と、窓のそばからぐるりと回ってソファの後ろから幸一の両肩をぽんぽんと叩き——そして幸一は一瞬気絶した。
「——え?」
……そして幸一の“高位の影響力”から解放された笑華は、だんだん、我に帰っていく。
無論、彼女にその自覚も認識もない。
「……」
「おれ、今。気絶?」
「トっつぁん」
と口を開いた笑華に、幸一は気を取り直して、そしてぶっきらぼうに答えた。
「何だよ」
「ごめん」
幸一はやや目を丸くした。
「おれに謝っても」
「親にちゃんと話す。それから、お店を回って謝罪した方がいいのかな……」
突然、心変わりしたかのように態度を一変させた笑華に、幸一はやや混乱した。
「急に、どうした」
「今のあんたのお説教で目が覚めたのかな……」
「さすが『相方』フリークのトっつぁんだ」
と茶化す隆起に、幸一は、怪訝そうな顔をした。
「え? え?」
「ごめん。本当に。とにかく——親にちゃんと話すから。だから」
「……」
そう言われてしまうと、幸一としてもそれ以上の追及はできない。万引きの反省をしている笑華ではあるが、何だか不完全燃焼にも思える状況に幸一にはどうしても違和感を覚えてしまうのだった。
「ちょっと、ツーさん」
「何だい紗夏ちゃん」
神妙な顔つきの笑華と戸惑いが止まらない幸一をよそに、小声で紗夏は隆起に問う。
「結局、卜部くんのせいなんですか?」
「間違っちゃいないけどね。他人のせいじゃなくて自分のせいなら、何でもしちゃえるしね——ま、ヒートアップしたわけだよ」
「……人のせいにしない、か……」
……そういうわけで、やや沈黙と静寂が続いた後、紫乃がようやくお茶とお菓子を持ってきて現れたので、「じゃ、まあとりあえず食いながら話そっか」という隆起に釣られてお茶会が始まる。その過程で少しずつ会話と対話を展開し、幸一も次第に納得していきやがて今日の日は終わるのだった。
『でも、そうだね。もしかしたらそのカップルは今後お別れになるかもしれないね』
というワンのLINEを特に気にすることもなく隆起は返信をする。
『そうだね。刑事になりたいだけあってトっつぁんの正義感はなかなか果てしない』
『彼女が万引きの常習犯なんて、プライドに関わってくるかもしれないし』
『笑華ちゃんは笑華ちゃんで、別れるなら別れるでホッとするんじゃない?』
『そう思うね。その二人にとって今回の出来事は忘れられない傷になる。笑華ちゃんとしては引きずられるのも辛いだろうしね』
『それに、彼女の万引き癖が常習化したのは影響力が原因である可能性大だ』
『解放された今、笑華ちゃんも無意識で彼氏を拒絶するわけか』
『別れた方が二人ともうまくいくってこともあるのだなぁ。ま、トっつぁんカップルがどうなるかなんてことはわからんけども』
『君はアンチ・キューピッドってところかね?』
『そういうことにしてくれていいよ』
『しかし、あれだね』
『何だいワン』
『恋愛と青春と犯罪と……あとは何だろうね?』
そんなワンのメッセージに、隆起はちょっと考え、やがて微笑みながら返信をするのだった。
『夢、かね?』




