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第三話 アイラブユーがなんのその/みんなたいへん・5

 岩田明雄いわたあきおの容姿は竜生と正反対で、一流の素材で三流の料理を作った、という印象だった。パーツ自体はイケメンなのだが、トータルで見たとき不細工ではないにしろどうしても地味な印象が拭えない。もうちょっと眉毛を整えたり鼻毛をカットしたり、髪を定期的に美容院で切ってもっと小綺麗な格好をすればいいのにと周囲によく思われているが本人としては外見にはとんと無頓着なようであった。ほんのちょっとの努力でイケメン四天王の一人としてその座を確かなものにできるのに、どうしても“パッと見、イケメンに見え”なかった。それが今現在交際中の藤子としては唯一もどかしいところであった。自分の彼氏がイケメンであると評されることはパートナーとして喜ばしいことだったから。

 明雄は、確かに、マイナスポイントが多い。母親が重度の認知症で、今現在施設で暮らしており、奨学金という名の借金が残り三十万円ほど残っているようである。おまけに今、一人暮らしのアパートで適当な生活を送っているとのことで、それはつまり家事がまともにできないということだった。本人曰く、母親から最低限のことを教わってはいたのだがどうしても自分一人生活するだけなのだからと怠けの精神が及んでしまうようで、そんなわけで洗濯はいつもしているにしても、食事はいつも外食で掃除は汚れたらする、というのが日常のようであった。恋愛対象としても結婚相手としてもダメージな要素が大きいと藤子は客観的に思う。

 でも、藤子はどうしても明雄のことが気になっており、やがて気に入るようになっていった。そのきっかけは彼の絵だった。

 明雄は美術教諭であり、美術部の担当顧問であり、本人も絵を描くのが好きだった。それであるとき、美術室を通りがかったとき、廊下から明雄の絵を藤子は見て、その絵を見てどうしても彼に声をかけずにはいられなかった。それは月の見える丘の絵だった。想像で描いたにしてはリアルで、しかし詩的な印象を受ける綺麗な絵であった。そこでちょっと会話を交わしていく中で、やがて藤子は明雄のことをもっとよく知ってみたいと思うようになった。

 自分は絵にそこまでの興味があるわけではないのに、どうして彼の絵でもってこんなに彼に興味を持ったのかよくわからない。あるいは、このとき藤子は人生で初めて絵を見てときめくという体験をしたということになるのかもしれない。とにかくその月の絵を見て、明雄のことをもっと知りたい、そして明雄の描いた他の絵をもっと見たい、と思い、そして絵を見せてもらった。どれもこれも月の絵であり、どうやら明雄にとって月というのが最も関心のある美しいモチーフのようであることが、やや美術的に難解な説明ではあったが、それでも藤子のレベルに合わせてできるだけわかりやすく説明しようと明雄は心掛け、その配慮を藤子は気に入り、その日のうちに藤子は明雄に対して恋心が燃えた。

 確かに交際にあたってマイナスポイントが多いし、大きいと思う。それでも恋する気持ちは止められない。結婚は打算的に行われるものであっても恋愛は損得度外視だ。あるいは、あまりにも好きすぎて、それでデメリットもあれど結婚に至る、ということもあるのかもしれない、と、藤子はまるで生まれて初めて“少女のような”恋愛をしている自分にときめいていた。それだけ明雄は気がついたら藤子にとってとても魅力的な男であり、一旦ハートに火がついてしまえば外見に無頓着な彼に対してそれだけナチュラルであるということだという風に考えることもできたし、あるいはだからこそ自分好みに明雄を改造することもできるという風に考えることもでき、つまり明雄と付き合ってみたいと思い、そして実際に付き合ってみたらこれがまた楽しかった。

 明雄との初めてのデートで、明雄はかわいい洋食屋に藤子を案内した。これは藤子にとって画期的な出来事であった。進も伸典も竜生も、初デートはみんな一流レストランだった。このことに関して藤子は特に疑問に思わなかった。学生ではないのだから初デートにファミレスやファーストフードはあり得ないとして、大人の恋の初デートが高級な店であることを女として藤子は何も疑問に思わなかった。ところが明雄が自分を“町のかわいい洋食屋さん”に案内することで、そのとき藤子は初めて世の男たち女たちの「初デートは、ファミレスか、高級レストラン」という二者択一の論争が実に煩雑なものだという感想を抱くに至った。冷静になってよくよく考えてみれば、この世界、そしてこの日本という国には大人の男女の初デートに相応しい店というのはファミレスと高級レストラン以外にも山ほどあるはずで、その当然の事実を改めて目の当たりにした藤子からすれば男性というものに対する偏見を明雄は拭ってくれたと言っていいだろう。とにかく明雄のチョイスを藤子は気に入った。そして明雄は、下手ではあったが自分なりに藤子を楽しませようと真剣な様子でデートに臨んでいたのがわかり、藤子としては更に好感度の増すところであった。

 月の絵を見てハートに火がつき、かわいい洋食屋で燃え上がり、そうなってくると藤子は客観的にもなぜこの人にこんなに夢中になっているのだろうと思いつつ恋は眠らない。母親が認知症であるということが自分の将来にダイレクトな悪影響を与えたりはしないだろうし、借金の三十万というのも全額返済はもう間近である。家事ができないなどということはそんなものはできる側がやればいいと藤子は思っていた。そもそも真面目だし、誠実だし、教師として生徒からの人気も高いし、同僚からの評判も良い。将来性について確かに未知数ではあったが無論明雄とて大人の男性として自分の将来を真剣に考えていないわけではないことは藤子にはすぐにわかった。結婚、ということを考えたとき、イケメン四天王の中で最適な人物のように藤子には映った。

 とはいえ結婚というのは若さ故の勢いというのも大切ではあるが、そうは言っても計画的に進行していく必要がある。というわけで今度、藤子は明雄のアパートへお邪魔することになった。これまでイケメン四天王の三人と体の関係を営むことは藤子にとって特別なことではなかったが、この明雄はどんな風に自分を喜ばせてくれるのだろうとまるで“少女のように”藤子はときめいていた。それとも案外童貞だったりするのかしら、そしたらわたしが色々教えてあげないと、などとどうでもいいことまで考えてしまう。それもこれも、全てはあの日生まれて初めて“絵に感動する”というある種神秘的体験をしたきっかけとなった、見事なまでに詩的な満月の絵が導いた道筋のように、今の藤子には感じられるのであった。

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