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第三話 アイラブユーがなんのその/みんなたいへん・4

 庄野竜生しょうのりゅうせいは、どうしてイケメンなのが不思議な男だった。体型はずんぐりむっくりであり、目も細いし鼻も低い。パーツ単体では不細工なはずなのだが、しかしトータルで見たとき竜生は見事なイケメンであった。とにかくモテてきましたオーラが半端なく、藤子は後輩として出会った竜生の第一印象として“そこそこ遊んできたんだろうな”というやや意地悪な直感が芽生えたことを今も覚えている。それだけ竜生はなぜイケメンに見えるのか不思議な男だった。

 そして竜生は国語教諭だけあって本を読むのが好きな男であり、詩を読むのが好きな男であり、それは藤子と気の合うところであった。特に「子どもの頃、筒井康隆を隠れてこっそり読むのが好きだった」というエピソードに共感を覚えるところであった。詩人としては小学生のときに谷川俊太郎に巡り会ってから、思春期に萩原朔太郎や中原中也と出会ったことが彼の精神構造に大きな影響を与えており、一方で「自分の感受性ぐらい」という茨木のり子の詩で厨二病的な横道に逸れずに済んだと微笑みながら語る竜生に藤子はシンプルに恋心が生まれた。というわけで藤子は彼に興味を持ち、藤子の美貌でもって付き合ってくださいとアプローチしてみれば竜生としても願ったり叶ったりだったため交際が始まった。

 それはいいのだが、とにかく竜生のマイナスポイントは二百万の奨学金であった。

 この話は生徒たちへのマストの話であるようだった。ぼくは三百万円の借金を抱えていたが、日々ちゃんと働いてコツコツ稼ぐことによって遂に二百万円台に辿り着いた、君たちも日々働いていればお金を貯めることなんて余裕でできる、という語り口から、だから勉強しましょう、とまとめることが彼の常だった。それ自体は意義のある話なのかもしれないが、結婚相手として借金を抱えているということは考えないではいられないことであった。

 とはいえ、単に恋愛をするだけなら大した問題ではない、と藤子は思っていた。借金があるとはいえ二百万というのはとても返せない額ではないし、お付き合いをするに当たって自分に金を無心でもしてきたら振ればいいだけである。だから、そんなこんなで藤子は竜生とそれなりに楽しく穏やかな恋愛模様を繰り広げていたのだが、しかし藤子と付き合っていく過程で竜生はだんだん“調子に乗る”ようになってしまった。藤子をデートに誘い、食事はどこも一流レストラン、プレゼントを度々贈るというのが日常になり、そういうわけだから借金の返済自体は滞りなく行われているにしても給料を計画的運用するという発想がやや失われたようだった。そもそも藤子からのアプローチである。竜生もモテてきた男として女からの告白には慣れているが、ここまでの美女から告白をされたことは初めてであり、こんな美しい女性に惚れられるほど自分は魅力ある男なのだということが明らかに彼のハートに余計な火をつけてしまったようだった。藤子は元来熱しやすく冷めやすいタイプであるのもあり、だんだん竜生の想いを鬱陶しく思うようになっていっている。本当に、自分から手に入れたい、手に入れてみたいと思って恋を仕掛けたのだが、前回の伸典のときに感じたのと同じで、その人が運命の人かどうかは付き合ってみなければわからないのだなと藤子はつくづく思うのであった。

 そして、結婚、ということを考えると、やはり二百万円という金は、二百万円という大金である。これは返せない額とは言えないもののとても無視のできる金額ではない。もちろん働きながら返すにしろ、その返す当てとして自分の給料を当てにされたらどうしようという不安が藤子にはある。夫婦というものは確かに運命共同体なのかもしれないが、しかし、二百万円はやはり、大金なのである。藤子は恋愛対象としても結婚相手としてもだんだん竜生に冷め始めており、いや、あるいは恋愛対象として冷めたことで二百万円の奨学金という名の借金にリアリティを改めて感じるようになったのかもしれない。

 一方で竜生は「みんな大変な思いしてますしね。ぼくももっと頑張らなきゃいけないし、生徒たちにもそれを伝えられたらいいと思います」などというのが口癖のようになっていた。『みんな大変なんだから』というのは藤子の生まれながらの性質であった。そう思っていれば、あるいは口に出していれば、自分の抱えている苦労がそこまで大したことではないような気がしてくるし、そして自分が自分に対してそのような感想を抱けるぐらいだからそれを周囲の人たち、特に生徒たちに教えることは悪いことではないはずだと藤子は思っていた。誰もが何かを抱えている。例外はない。全人類に色々なことがあり、大なり小なり大変な目に遭っている。だから自分が特別悲劇の主人公などということはない。それはもちろん、苦しんでいる真っ只中にいればそういう気持ちになることもわかりすぎるほどにわかるが、しかし俯瞰で見てみれば誰もが悲劇の主人公だ。自分だけが特別だ、などと思ってはいけない、と藤子は思っていた。その果てにドラッグにハマったり、自殺をしたり、あるいは犯罪者になってしまうのだと藤子は思う。その前に『みんな大変なんだから』と大局的に考えることによってそれを解消できると思っていたし、それが子どもの頃からの藤子の処世術だった。その影響を受けたのかもしれない竜生のここ最近の態度はそれだけ藤子にとって好感度の増す事態ではあったものの、しかしだからこそわたしの都合であなたを振ってもそれであなたがそこまで不幸のどん底に落ちる必要などないのだと遠回しに伝えることでこの恋愛は終わりを迎えるだろうと藤子は考えるに至り、というわけでやがて本が好きで詩が好きで、自分の好みの男性である竜生ではあるが、それにしても今のところはさようなら二百万円の借金の片をつけてからまた来てね、という思いを根っこに置いて、藤子は竜生に別れを告げた。そちらの方から告白してきたのに、という事実に竜生はやや複雑な気持ちもあったようだが、だがやはりこんなグラマラスな美人とほんの束の間でも恋愛ができたのだからという感動のもと、彼はそれを受け入れ、そして二人の恋は終わった。


「不二子ちゃんは元々映画を字幕なしで観たくて英語の勉強をし始めたってぐらいだから、庄野とはうまくいくと思ったんすけどね。やっぱ借金がキツいのかなぁ」

「まあ何がきっかけかはわからんよ。借金は無視できる要素ではないが、あるいは自分と同化していく庄野教諭を見て不二子ちゃん的に自己批判に陥った可能性もあるのだ」

「それも高位の影響力、の力、なんですか?」

「だから、可能性の話、としてね。おれは抹消の力こそあれど決定的なことがわかっているわけではないのだからね」

「世界を救うって雑なことなんですね」

「まあまあ紗夏」

「んで、次というか、今は——岩田先生?」

「岩田先生は……イケメンっちゃイケメンだけど、地味っすね一言で。もうちょっと眉毛整えたりちゃんと服装決めればいいのにっていつも思うけど」

「自分がイケメンって自覚のない感じね。まあ、正直この中じゃちょっと劣るかな。月の絵ばっかり描いてるし、一言で変わった人」

「月の絵?」

「美術の先生で美術部顧問で。でもさぁ生徒からの人気は四天王の中じゃ一番じゃない? 話しやすいしさ、話じっくり聞いてくれるしさ」

「いいではないか」

「でもお母さんが認知症で施設暮らしで、これまた奨学金の返済があと三十万ぐらい残ってて、家事がまともにできない」

「破滅的だ」

「——でも不二子ちゃん、岩田をやたらと気に入ってるっぽいんだよな」

「破滅型に惹かれる女は珍しくないがね」

 というわけで、藤子の現在の恋物語が始まる。

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