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第三話 アイラブユーがなんのその/みんなたいへん・1

 影響力。それは人間の証明。


「“ただしイケメンに限る”。それを悪しきことと思う人はいっぱいいるけどね。おれはそれの何が悪いのって言いたいね。何だかんだ言って人は他人を外見で判断するものだよ、多かれ少なかれ。そしてAさんに対する対応とBさんに対する対応とCさんに対する対応は違うのが当たり前だろ?」

「そもそも女は外見だけ見て性格を見ないって言うけど、それっておれは性格がいいんだぞって言ってるわけでしょ。そんなナルシストな自意識の人間をまともな人間はまず選ばないぜ」

「しかもしかも、そういうことを言う人の思う性格の良さって具体的に何って言うと、人を殴らないとか浮気をしないとか人として当たり前のことばっかり。あなたは所詮最低限のラインを超えているに過ぎないんですよってことを、少なくとも大人の男としてはいい加減自覚しなければならないと思うね」

 などと持論をペラペラと喋りまくる隆起の話を、晴翔はふうむふうむと興味深そうに相槌を打ちながら聞いていたが、横で聞いている紗夏としてはどうでもいいの一言だった。言っていることはごもっともなところもあるとは思うが、少なくとも現時点でとりあえずはうまくいっているカップルである自分と晴翔には関係のない話だし、隆起にもどうやら特定の人はいないようなのでこれまた関係のない話である。世間様のルッキズムについて逆説的に言いたいことがあるのはわかるがそんなことを権力差のある高校生男女に語って彼には何のメリットがあるのだろうと紗夏は半ば呆れるばかりであった。大体今この場でこの話をしたところで何の展望も生産性もないわけで、これだから中年のおっさんは蘊蓄を語るのが好きで役に立たない正論を語るのが好きな人種なのだからと紗夏は親戚の集まりで父や叔父など男性陣の偉そうな話を聞きながら思うことをまさに隆起にも思っていた。もっとも隆起の場合は“あえて空気を読まない”男であることはわかるので、その点では楽なのだが。

 こんな人が“高位の影響力を抹消する”なんて特殊な力を持っているなんて本当なのかしらと紗夏はつくづく思う。そもそも“特殊な力”なんてこと自体が妄想に支配されているだけなんじゃないのかとすら思うし、それを言えば相棒の司も自分からそれに巻き込まれに行っている変わり者だと思う。この人たちと関わってしばらく経つが、相変わらず自分の身の回りでは何の事件も起きていなければ事故も起きていない。結構な話ではあるが、それならそれでいよいよこの人の精神状態がやや気になるところであった。全く、晴翔はこんな変人のどこがいいのか。確かにファンタジー小説を読むのが好きな彼氏であるのは付き合う前からわかっているのだが。

 ふう、と、紗夏はため息をつく。

「おやどうした紗夏ちゃん」

「話が長いなって」

 最近になって紗夏は隆起に対して明け透けなものの言い方をするようになっていた。どうせこのおっさんは正面突破しようとしても無理なのだし、それなら配慮したり搦手を使うだけ無駄な努力だと思うようになっていた。

 そんな紗夏を隆起は目を細めてニコニコ笑っている。

「何ですか?」

「努力は徒労に終わることもあるのだぜ」

「は」

 一瞬呆けた顔になった。これだからこのおっさんは……。

「まあまあ紗夏。ツーちゃんさんもおれたちのためを思って喋ってくれてるんだからさ」

 という晴翔に、紗夏は怪訝そうな顔をした。

「わたしたち今のところ危機には陥ってないんだし、“ただしイケメンに限る”の話なんてどうでも良くない?」

「それはそうだけど。でも、おれたちはいいとして、おれたちの周りでルッキズムに支配されている人がいたらその人にアドバイスぐらいできるしさ」

「アドバイスって求められたときにするものだと思うけど」

「みんな大変なんだから。そんなにカッカしないで」

「みんな大変っていうけど、今、誰が大変な目に遭ってるのかって話をしているのかってことを無視されたらイライラしちゃうわよ」

「そ。例えば今まさに大変なのはハルだね」

 と言って隆起は晴翔の頭に手をやって“高位の影響力”を抹消した。

 その電撃の様子を見て紗夏は「こいつまたかよ」という表情を隠さずにいた。一瞬の気絶の後、最近ではもう慣れたかのように晴翔は言う。

「いつもあざっす」

「いやはや。君はまるで避雷針だ。おれたちの店に来てくれるようになったのも運命だろうね。処理が早くて楽だよ〜」

 と、隆起はちょっとだけ晴翔の頭を撫でて、さて、と姿勢を正した。

「今回の発生源はどこだろう。ここ最近で“みんな大変”って言い始めたのは誰だかわかるかい」

「そんなあるあるの言葉、みんな言ってる言葉なんだから発生源も何もないんじゃないですか」

 と訊く紗夏に、隆起は、いやいや、と首を振った。

「紗夏ちゃんもそうだけど、ハルもこれだけしょっちゅう影響されるってことは何らかの力を持っている可能性がある」

「おれにもそんな力が……」

「ときめかないの」と、紗夏は一蹴する。「どうせ何の事件も起こらないんだから」

「ま、とにかくだ。宿命的にハルが高位の影響力の避雷針の役割を担っているのだとしたら、ハルの直感が訴えし者こそ発生源であり本体だ」

「ふーんそうなんだ」

 宿命ねぇ。運命にも通じる言葉だが、全ての物事を因果関係も相関関係も取っ払って都合よく説明できる便利なワードだと紗夏は昔から冷ややかだった。

「ほうほう……おれの直感が訴えし者……」

「と、言われたら誰?」

 しばし脳内を旅し、やがて、あ、と晴翔は口を開いた。

「——不二子ちゃんだな」

「不二子ちゃん?」と、隆起は目を丸くする。「それは誰だい。生徒?」

 紗夏は、もし晴翔にも高位の影響力絡みの特殊能力があるのだとして、その“直感が訴えし者”というキーパーソンを発見する力を持っているのだとして、だとしたら、今のこの答えを聞いて、その説明に納得がいかないわけでもないと割と素直に思うのだった。

月形つきがた先生……それはそうだけど」

「お、先生か」と、隆起。「おれたちの仕事の可能性がある」

「確かに月形先生、よくそう言ってるけど。『みんな大変なんだから』って言って愚痴とかに一気にケリつけちゃう人だけど」

「月形先生っていうのはどんな人?」

「そりゃあもう、グラマラスな美女でね〜何で先生なんかになったんだろ? って感じの。スリーサイズがルパンの峰不二子と一緒なのよっていうのが自慢みたいでね」

「就職ができなかったんじゃないのかい」

「夢が、夢が」

「最近の月形先生の状況は?」

「今度は岩田いわたと付き合ってるみたいだよな」

 む、と隆起は首を傾げた。

「今度は?」

 えーとと考えている晴翔よりも先に紗夏が答えた。

「最初は三村みむら先生で、次は石沢いしざわ先生で、次は庄野しょうの先生で、で今は岩田先生。我が校のイケメン四天王だよね」

「じゃ差し当たり。三村先生とはどんな男だね」

 ふむ、と、二人はちょっと考える。

 やがて晴翔が答えた。

「三村先生はわかりやすくイケメン。誰もがイケメンだと思う顔」

「いいではないか」

「でも話がつまらない」

「致命的だ」

 そこでこの場の説明は一旦終わり、この物語は若き教師たちの四つの恋物語を描いていく……。

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