火炎焱燚【かえんえんいつ】
僕の名前は燎。高校2年生。自宅は駅に近いところで、建物が割と密集している。一人っ子で両親には甘やかされて育てられた。特に反抗期といったものもなく、そもそも両親が僕の意に沿わない事を言ってきた記憶が無い。夏休みも近くなってきた頃、両親に秘密で夜に家をこっそりと抜け出し友達の家へ遊びに行く計画を立てていた。
優しい両親であるので夜でも友達の家に行って良いか?と尋ねればOKが出るであろう事は予想がついた。しかし、こっそりと家を出る事が今回の醍醐味であるのだ。スリルを乗せる事でより、夜の町並みや友達の家でのワクワクが倍増する事だろう。まぁ、たとえ両親にバレた所で叱られたりはしないのだろうが…。
そして予定日となる金曜日、部活が終わり帰宅後にすぐに夕食。そしていつもより早めにお風呂に入る。夜8時半頃。一旦は自室に入る。用意しておいたリュックにライトや財布、お菓子や家の鍵などを入れる。ベッドの布団は教科書や雑誌などで僕が居ると誤認させるべくこんもりさせておく。そして部屋の明かりを薄暗くしてから廊下の様子を確認。リビングに両親がいることを確かめた上で玄関に忍び足で向かい家から脱出する。自転車を持ち上げてゆっくりと家から離した所でガチャンと開錠。そして友達の家に向かう。
お風呂でやや火照った体に夜風が心地よい。駅からそう離れていない事から明かりも十分にある。帰宅する時間は明確には決めていなかったが、両親は大体いつも朝6時過ぎには起きるので、5時ぐらいに家に帰りベッドに潜り込めばバレないだろうと自転車をキコキコと漕ぎながら考える。明日は土曜日。学校は無く、たまたま部活も休み。夜9時~朝5時までぐらいは遊べると考えた時に、小学校の時に朝9時~夕方5時まで友達の家で遊んだ事を思い出し、その時間の長さに感動を覚えた。
友達の家に到着し、友達が僕を迎えてくれる。友達の両親は仕事で2日程家を空けているそうで、それによりこの催しが可能になった訳だ。友達の部屋でリュックの中身を確認した際にスマホを自宅に忘れてしまっている事に気付いた。スマホを学校に持っていき、帰宅した後に学生鞄の中から出し忘れていたのだ。取りに帰ろうかと考えたが、
「まぁバレなかったら問題無いんだからいいんじゃね?」
友達がそう言い、それもそうかと考える。親が部屋に入ってくることはもちろん、夜にスマホに連絡を入れてきた事などこれまで一度も無い。一瞬マズイかなとは思ったが実際には特に不都合は無かった。そしてたわいもない話やゲームをしながら夜は更けていく。特別な事はしていないのだが夜中というだけで楽しさが倍増しているような気がしていた。
ただしやはり昼間に遊ぶ事とは勝手が違い、夜間ではテンションの高さが眠気によって少しずつ落ちていく。朝4時頃になる頃にはふらふらになったので同様に船を漕ぐ友人に帰ると告げる。時間的にはもうしばらくは居ても良かったのだが、もちろん帰りが早ければ早いほど家を抜け出した事が親にバレにくくなる。帰って寝たいという気持ちも強かった。そして外が薄明るくなってくる中、自転車に乗り自宅へと自転車を漕ぎ出した。
家の方角に黒い煙が上がっている。
近づくにつれ焦げ臭い匂いが濃くなってくる。
自宅に着くと家は焼け落ちていた。
家の周りは人でごった返していた。延焼で焼け出された近隣の住人、野次馬、消防車や救急車など。火元はどうも僕の家だったらしく全焼しており、両隣の家が半焼の状態で既に鎮火はしたようだった。
両親が近辺に見当たらなかった。顔馴染みである隣の家のおばちゃんがいたので尋ねる。
「え!?何で?燎君ここにいるの!?2時間くらい前、まだ外が真っ暗な中で火事が起こった時、燎君の両親は一旦外に出てたのよ。でも燎君が家の中にいるからって言って2人ともがもう一度燃え盛る家の中に入っていったのよ!」
自宅の焼け跡から両親の遺体が見つかった。僕が外に出ている事を知らない両親は、僕がいない家の中で僕を死ぬまで探していたのだろう。携帯電話も部屋の学生鞄の中から焼け焦げた状態で発見された。両親が連絡を入れていたかもしれないがその最期のメッセージも今となっては確認できない。警察や保険会社の調査の結果、火災発生が僕の自宅なのは間違いないのだが火元自体は明確にはどこか分からなかった。
僕が両親を殺してしまったようなものだ。火災保険、生命保険に両親は入っていなかったようで、両隣の家への賠償も含め、警察から難しい話を色々とされる。たった数時間で僕の未来は灰のように色が無くなってしまった。
両親の死を悲しむ間も無い程、高校を辞めてがむしゃらに働いた。両隣の家の人は
「ウチは火災保険に入っていたから賠償はいいよ。燎君、両親と家を同時に無くして大変でしょう?高校も辞めちゃって。」
と言ってくれていたがその言葉に甘える訳にはいかない。両隣の家は半焼であるので保険が全額おりない上に、一部の壁や屋根は焼け焦げ、室内も放水でびちゃびちゃ。満足に人が住むことには厳しいと言えた。更に隣家で2人が焼死しているという状況を作りだしてしまったのだ。高校を辞めて必死で働き賠償していくこと。自らが犯してしまった罪への罰としても当然であり他の選択肢はあろうはずが無かった。長く続く後悔と懺悔の日々であった。
40代の中頃にようやく賠償金の支払いも完済させた。あの自宅のあった土地は駅近という好立地にも関わらず30年近く経ったがまだ買い手がついていない。良からぬ噂が一人歩きして、より性質の悪いものになっているからだ。両親の墓前に賠償金を完済させたことや土地がまだ売れていないことの報告に行く。
お寺から帰ろうとしたところでお寺の住職の息子に呼び止められ少し話す事に。その住職の息子は現在高校2年生であり高校卒業後に僧侶の修行をしてこのお寺を継ぐのだそうだ。
この住職の息子は霊感が強いらしく、僕の半生をズバズバと言い当ててくる。恥ずべき過去であったので渋い顔をしていたのだが、息子さんが伝えたかったという事はその先にあるようだ。
「…火事でご両親を亡くされ、その後必死に働かれた事に関してはさぞ大変だったことでしょう。しかし、その火事についてあなたは真実を知っておくべきだと思います。あなたは自身の過失によって両親が死んだと考えているのでしょうが、あれはあなたの両親の心中です。復讐のための自殺といいますか…」
???
全く意味が分からなかった。僕のせいじゃないと慰めてくれているのかもしれないが、それにしては両親を侮辱しているようにも聞こえ腹も立った。火事があった時にまだ産まれてもいないような高校生だというガキに何が分かるのか。
「失礼に感じられたようでしたら申し訳ないです。当然ですがあなたのご両親からするとあなたに知られたくない事実です。それこそお墓まで持っていくという決意があったのでしょう。あなたへの復讐ですので…。一番あなたが多感な時期に家ごと火に捲かれる。火災保険、生命保険をかけず、最もあなたへと迷惑がかけられるように。命を賭しての事です。」
心の中では信じられないと思いつつ涙がボロボロと流れる。何の涙なのかも分からない。
「発端はあなたの両親が共謀して、あなたの父方の祖父母2人、母方の祖父母2人の計4人を焼き殺した事です。目的は火災保険と生命保険の受け取り、つまり保険金殺人です。おそらく両親から聞いていないでしょうが、あなたは生まれながら難病を抱え、保険適用外の難手術を海外で受ける必要がありました。そこで大金が必要だったのでしょう。今現在あなたが健康でいられるのはその手術が行なわれたからだといえると思います。
あなたが高校生の時に起こった忌まわしい火災。その後にあなたに身寄りが無かったことも残念ながらあなたの両親にとって好都合であったのです。あなたの両親が生きているならば罪を償うべきでしょうが、その息子であるあなたには何の罪もありませんよ。もちろんこれらの事は決して私から他人に吹聴したりはしません。」
住職の息子の言う事が事実であるならば両親がすべての原因となっている。しかし、そうであっても動機が見えてこない。祖父母4人を殺害してまでして僕の命を繋ぐ手術を受けられるようにしたはず。その僕に最も迷惑がかかる形で両親が心中するとは何なのだろう。気が狂ってしまったのだろうか?考え込んでいると住職の息子は言う。
「はい。あなたが混乱するのも無理はないでしょう。今まで話した事は単なる事実。不条理ではありますが現実世界でも起こりうる話です。しかし、ここから話す内容は警告の部分以外は信じていただかなくても構いません。
あなたの両親が4人の祖父母を焼死に至らしめ、その保険金でもって海外であなたの手術が行えるようになりました。そして手術の当日。あなたは術中に体外循環器に繋ぐために10秒間、心肺停止状態になっているのです。その10秒の間にあなたの祖父母4人の霊魂があなたの中に入ってしまいました。手術自体は成功しましたが、あなたの両親がその後にあなたに違和感を持つには十分だったはずです。その日以降、家の中に亡くなった祖父母の気配を感じ続けていたのですから。
4人の祖父母があなたの両親を心中へと誘導したのか…、あなたの両親があなたと4人の祖父母に強い憎悪を抱いたのか…、どちらであると断じることができません。あなたの両親は罪悪感、憎悪に捲かれあの世へ逃げたのだと思います。
更に最悪な事に、祖父母4人。あなたに対する強い憎悪をいまだに感じます。生きている内に僅かでも関わっておけば違ったのかと思いますが、あなたに取り憑いた際の憎悪の炎が燃え盛り続けています。被災された方への賠償金を完済させたこのタイミングが一番危険です。火の無いところにでも煙が立つような事が起こり得るので気を付けて下さい。」
会った事も無い祖父母4人。そう。私も生きている内に関わっておけば気持ちも変わったのだろうが。謝罪をする気持ちも起こらない。
しばらくして家のお墓があったお寺は、不審火で住職とその息子が焼死したと新聞で知った。
産まれた際に僕が抱えていた小さな火は一度も消える事無くその炎を大きくしていき、気付くと四方が逃亡も救助も不可能な程囲まれてしまっていたのだ。