わたくしはやっと満足のいく愛を手に入れた。
脇役に男に興味のある人がいます。要注意(笑)彼は辺境騎士団のアイドル?
「今日からビレット公爵様の妻になります、イボンヌです」
「娘のメリーナです」
「いらっしゃい。お待ちしておりましたのよ」
大人びた対応で二人を出迎えるアリアーテ。
この二人が公爵家に来ることはあらかじめ聞いている。
アリアーテ・ビレット公爵令嬢12歳。
母は幼い頃に亡くなって、父ビレット公爵はアリアーテ一筋に愛情を注いで育ててくれた。しかし、イボンヌという女性と一月前、結婚すると言い出したのだ。
イボンヌの連れ子のメリーナという女の子。自分より1歳年下で、とても可愛らしい女の子だった。
メリーナはにこやかに、アリアーテに近寄って。
「アリアーテ様。家族になれるだなんてとても嬉しいです」
イボンヌもアリアーテに頭を下げて、
「アリアーテ様。アリアーテ様には恩がありますわ。貴方のお義母様になれて嬉しいですわ」
父ビレット公爵はにこやかに、
「イボンヌとメリーナとお前は知り合いだと聞いた時には驚いたぞ。まさか先読みの力か?」
「お父様がイボンヌと結婚することは見えておりました。だから、わたくしが先にイボンヌとメリーナと仲良くなっておこうと思いまして。だって家族になる方々ですから。
そう、先読みの力。
アリアーテは先を見通せる力があるのだ。
その力でイボンヌとメリーナが、先行き、この公爵家にやって来ることが予知できた。
自分をないがしろにして、虐めるイボンヌ。なんでも盗る妹メリーナ。
そんな未来が見えたから、そうならない為に、手を打っておいた。
市井に時々出かけて、食堂で働くイボンヌと仲良くなるようにし、困ったことがあったらと相談にも乗ってあげていたのだ。メリーナとも仲良くなった。
父がイボンヌと知り合う前に、恩をイボンヌに売っておいたのだ。
危ない未来は回避したい。
だから先読みの力を駆使して、アリアーテは先回り先回りと動く。
イボンヌはアリアーテに恩を感じており、ないがしろにすることは無かった。
「アリアーテ様。公爵様とアリアーテ様のお陰で私は生きることが出来ました。感謝しております」
心からアリアーテに感謝の言葉を述べているようなイボンヌ。メリーナも頭を下げて、
「アリアーテ様。私に色々と教えて下さい。至らないかもしれませんがよろしくお願いします」
アリアーテは満足した。
おっと、先が見えてきた。なんと、自分の婚約者エリックが、メリーナと浮気をすると出た。
エリック・ドヘル伯爵令息とは共に10歳の時に婚約を結んだ。
エリックは不満らしくて、
「お前なんかと婚約解消して、真実の愛に生きるんだ!」
だなんて夢見がちな事ばかり言っていた。
馬鹿ではないか。こいつは。
しっかりと教育することにした。
「エリック様。真実の愛に生きた男がどうなるか知っておりますの?」
婚約を結んですぐにエリックを呼び寄せて、真顔で説教をする。
「へ?どうなるかって。そりゃ、もう愛する人と過ごせるんだ。最高じゃないか」
「馬鹿じゃないの」
「へ?馬鹿?」
「そうよ。これは政略で結ばれた婚約なのよ。貴方はうちに婿入り予定よね」
「ああ。父上の言いつけで婿入りだ。いずれ俺は公爵になるっ」
「公爵になるけれども、貴方にはビレット公爵家の血は引いていないのだから、跡継ぎが出来るまでのあくまで貴方は種馬よ」
「へ?種馬?」
「そう、貴方はわたくしに種を下されば後は用無しなの。わたくしの血を引くものだけが公爵を継ぐことが出来るのよ。貴方は血を引いていないのだから、子が出来るまでの繋ぎの公爵ね」
「繋ぎの公爵……」
「勿論、貴方がわたくしを大事にしてくれるって言うなら、尊重してあげるわ。息子が成人するまで、公爵として持ち上げて差し上げます。成人した後も元公爵として生活を保障するわ」
「尊重しなかったら」
「二年後にビレット公爵家に養女として妹が出来るわ。お父様の子ではないし、市井の、公爵家とは関係ないの。お義母様になる人の連れ子だから。もし、わたくしを捨ててその子と結婚すると言うのなら、市井へ降りる事になるわねぇ。だって養女にはするけれども、公爵家の血は引いていないから。」
「えええっ?それじゃその子を愛人にして君を正妻にっ」
「許さないわ」
「え?」
「なんで入り婿に愛人を認めるのよ。何も貴方が婚約者でなくてもいいのよ。わたくしを裏切るような行為を平然とするような人と結婚したくはありません。お父様に言って婚約解消しようかしら。婚約したばかりだし、こんなお馬鹿な人と結婚したくないわー」
エリックは地に頭をつけて土下座した。
「ごめんなさい。二度と愛人が欲しいとか真実の愛とか言いません。アリアーテ一筋で頑張ります」
「わたくしを大切にすると約束しますか?」
「するするする。絶対にするっ」
「裏切ったらその時は天罰が下ります」
「解った。解ったから」
これで、エリックは大丈夫かしら。
しっかりと教育しなければならないわね。
アリアーテの先読みは、変えようと思えば変えられる先読みである。
だから、時には王族に頼まれて、国全体を見渡して、災害が起きそうな所を予言する事もあった。
見えることがある。
東の地方で大嵐が起こり、川が氾濫して大きな被害が出る。
そう予言したら、国王陛下が治水工事に力を入れるように命を下した。
そして、大嵐が来るであろう時期に、住民を避難させたのだ。
川は工事の甲斐なく氾濫したが、見えた景色より被害は少なかった。人死には避難しなかった住民が幾人か亡くなっただけで、最小限に抑えられたのだ。
先読みの巫女。
そう、アリアーテはそう呼ばれるようになった。
エリックはあれから馬鹿な事を言わなくなった。
余程、市井で生活するのが嫌なのだろう。
アリアーテに向かって気遣いしてくる。
「綺麗な花を買って来たんだ。桃色の薔薇。よかったら」
薔薇の花束を持って、屋敷にやって来る。
これだけ反省して、アリアーテに擦り寄ってくるのだ。
アリアーテもエリックに愛しさを感じるようになった。
わたくしは完璧な先読みの巫女。
失敗も先読みで回避してきた。これからも回避して見せるわ。
まさか、先読み通りにエリックとメリーナに裏切られるとは思わなかった。
二人が裸でベッドで絡み合っていた。
あれほど、メリーナに恩を売っておいたのに。
あれほど、自分と結婚しなかったら平民になると、教えてあげたのに。
貴族は醜聞を嫌う。エリックはおそらく切り捨てられるだろう。
メイドの報告で、メリーナの部屋に行ってみれば、裸のベッドの上の二人は慌てたように、
エリックはあわあわしながら、
「いやその……遊びなんだ。遊び。ちょっとした独身時代の遊び」
メリーナは涙を流しながら、エリックに縋って、
「私を好きだと言って下さったではありませんか。私もエリック様の事を。お姉様には恩があります。でも、私愛しているんです。エリック様を」
失敗した。自分の対応が悪かったのか……そして悲しかった。
エリックの事を信じていた。あれだけ進言してあげていたのだ。
浮気なんてしないと信じていた。
酷い酷い酷い……涙がこぼれる。
妹のメリーナだってそうだ。
先読みの最悪な事態を避けるために、メリーナと仲良くなった。
とても可愛い妹。最近ではそう思えて。一緒に買い物だって出かけた。
それなのに。自分の婚約者を。愛しているエリックを寝取られたのだ。
「先読みの力も……わたくしはまだまだ駄目ね」
涙がこぼれる。
エリックが裸のまま近づいてきて。
「本当に遊びだったんだから。許してくれ。アリアーテ」
アリアーテはエリックに向かって、
「婚約を破棄します。貴方はわたくしを裏切った。貴方は市井へ下る事になるでしょうね。そうだわ。メリーナを連れていって頂戴。愛するもの同士。仲良く暮らしたら如何」
「遊びだって言っているだろう?」
思いっきり相手の頬を叩いた。
「愛人だって許さないって、言いました。婚約者のわたくしがいるのに、これは不貞でしょう?だから婚約破棄致します。二人とも出て行ってくださらない?」
メリーナも泣きながら、
「ごめんなさい。どうしてもエリック様が好きで好きで」
メイド達に命じて、二人を素っ裸のまま、外へ追い出した。
後から服を投げて、門を閉める。
ビレット公爵と義母のイボンヌが慌てて外へ出てきた。
「何事だ?」
父の問いにアリアーテは、
「不貞をしました。あの二人。わたくしが婚約者のはずなのに。ですから叩きだしたまでです」
イボンヌが頭を下げて、
「娘が不始末を。どうか、私に免じて許してくれませんか」
「わたくしはメリーナの顔を見るのも嫌です。メリーナは市井でエリックと暮らしたいそうですよ。望みをかなえて差し上げるつもりですわ」
エリックとメリーナは服を着て、よろよろと出て行った。
エリックの両親、ドヘル伯爵家を頼るのだろう。
ドヘル伯爵家に慰謝料を請求する?でも、不貞相手は我が公爵家に養女に入ったメリーナだ。
ドヘル伯爵に二人の事を任せる事にした。
ドヘル伯爵はエリックを廃籍し平民に落とした。
ただそのままでは死んでしまうので、金を持たせたらしい。
メリーナもエリックについて行ったとの事。
何だかとてもむなしい。
アリアーテ16歳。彼の代わりになる婿を探さなければならない。
王家から勧められたのは第三王子オルディスだった。
父と共に第三王子オルディスに会いに行く。
彼とお茶の席に座って、顔を合わせれば、先読みの力が働いて、未来の光景が見えた。
これは無いわ……
オルディス第三王子は凄い美形である。
歳は20歳。
今までどうして結婚出来なかったのだろうか。望む令嬢は多かったのに。
囁かれた噂は、彼は女性に興味がない だった。
いや……ちょっと。
辺境騎士団と言うところがある。そこは素行に問題があった美しい男達が送られる場所なのであるが、彼はそこで一番可愛がられるアイドルに……
その前に誰と浮気するのよ。このオルディス第三王子っ。
え?王宮騎士団の副団長と?逞しい筋肉の彼が……その先読みも見たくはなかった。
オルディス第三王子がにこやかに、
「私は婿の行く場がなくてね。なんせ、変な噂を立てられて。この美しさだろう?男に興味があるのかと」
心の中で毒づく。
もしかして既に副団長と出来ている?男の恋人がいるでしょう。貴方っーーー。
「白い結婚は嫌ですわ。オルディス第三王子殿下」
「いやその……私はちゃんと女性が好きで」
目が泳いでいるわ。絶対に違うでしょう。
国王陛下と父ビレット公爵が談笑しながらこちらに来る。
アリアーテは立ち上がり、カーテシーをし国王陛下に挨拶をする。
国王陛下はにこやかに、
「オルディスはいい男だろう?どうだね」
「誠に申し訳ないですが、先読みの力が発動しました。辺境騎士団のアイドルになる定めでございます。ですから、そうならないためにもわたくし、全力でお断りさせて頂きます」
国王陛下は額を抑えて、
「あああああっーー。お前っ。男とは切れろといっただろうがっ」
「仕方がないだろうっ。私は男が好きなんだーーー」
オルディス第三王子だっていくらなんでも、辺境騎士団へ行きたくないだろう。
いやアイドルになっていたわね。どうでもいいけど。
この婚約は成立せず、安堵した。
もう、結婚しなくていいか。自分が女公爵になればいいんだし……
すっかり諦めていたとある日、先読みの力が発動した。
柔らかな黒髪の優しそうな男性。
あの男性は見覚えがない。
その男性に手を引かれて、幸せそうに微笑む自分。
今まで見えた先読みは、ろくなものではなかった。
だが、初めて幸せな光景が見えたのだ。
あの人に会いたい。
あの人にどこへ行けば会えるのだろうか。
どこかの貴族の令息だ。
16歳になったアリアーテは、王立学園に近々通う。もしかしたらそこで彼に会えるかもしれない。
王立学園の入学式の日、胸を高鳴らせながら、アリアーテは入学式に臨んだ。
先読みの光景に出てきた男性を探す。
大勢の生徒の中で、その男性はすぐに見つかった。
アリアーテが近づくと、その男性もこちらを見た。
「初めまして。わたくしはアリアーテ・ビレット。ビレット公爵家の娘よ。貴方の名前を聞きたいわ」
「シェルド・ペンシルト。ペンシルト男爵家の次男です。ビレット公爵令嬢にお声をかけて頂けるなんて光栄です」
「シェルドね。わたくしは貴方とお話がしたいわ。後で時間を作って下さらない?」
「喜んで」
入学式が終わり、その日は解散という事で、シェルドを学園近くにあるビレット公爵家に招待した。
「あの、私なんかが、一緒にお茶をしてよろしいのですか?」
シェルドはあたふたしたように、テラスに用意された席でこちらを見ている。
なんて可愛らしい方。この人ならばわたくしを裏切らない。
「わたくしは貴方と親しくなりたいと思いますわ。いずれ婚約したいと思っておりますの」
「先読みの力?貴方様の先読みは有名ですから」
「そうね。貴方との未来が見えたの。わたくしは貴方となら幸せになれる」
「光栄です。アリアーテ様。アリアーテ様のご期待に添えるような、男になれるよう精進したいです」
「期待しているわ」
それからの日々はとても楽しかった。
シェルドは男爵家の令息だけども、勉学は優秀で、ビレット公爵家で行われる領地経営の勉強も、アリアーテと共に頑張ってくれた。
勉強の他に、街でこっそりデートしたり、色々な事を楽しんだ。
シェルドは優しい。彼となら幸せになれる。
そんなとある日、部屋で、シェルドと紅茶を飲んでいた。アリアーテの部屋に招き入れるほどに仲良くなっていたのだ。淫らな事は一切しない。結婚まで、シェルドは紳士だった。
貴族の令嬢を結婚前に妊娠させるだなんて醜聞になるからだ。
エリックとは大違いだわ。
今、市井に落ちてどうしているのか、エリックの事を思い出した。
エリックはメリーナと裸で部屋で絡み合っていたのだ。
その時、バンと窓が開いて、一人の男が顔を覗かせた。
頭にネジくれた角を生やして、長い黒髪の男性である。いや、人ではない。
物語の悪魔のような姿をしていた。
「人に魔の力を与えてはいけない。そう教わったはずだ。シェルド」
何者?何故、悪魔がっ……誰か呼ばなきゃ。
身体が動かない。シェルドが立ち上がり、アリアーテを抱き締めて庇うようにして。
「せっかく上手くいっていたのに、邪魔をするなっ」
悪魔に向かってシェルドが叫ぶ。
上手くいっていたってどういうこと?
悪魔は邪悪に笑いながら、
「この男はな。お前を手に入れる為に、先読みの力を与えた。お前は男運が悪かっただろう?それをあらかじめ知ることが出来た。それはこいつが先読みの力を与えた為」
アリアーテは驚いた。
良くない事が見える先読みの力。それはシェルドが与えた力だと言うの?
シェルドはアリアーテに向かって、悲し気に。
「私はアリアーテ様の事をずううっと昔から知っているよ。その光り輝く魂が欲しくて仕方なかった。だから、先読みの力を与えた。傍にいれば、その魂を手にいれることが出来るかもしれない。そうさ、私は悪魔だ。邪悪な悪魔なんだよ」
アリアーテはシェルドの顔を見つめた。涙は出ていないけれども、
彼は泣いている。傍にいたから解る。彼は悲しんでいるんだわ。
「シェルド。貴方はわたくしに愛をくれた。わたくしはとても幸せよ。わたくしの魂が欲しいなら喜んで差し上げるわ。愛している。愛しているわ」
彼が何者だろうと愛している……
窓から顔を出している悪魔がせせら笑って、
「全く。仕方ねぇな。見逃してやるよ。こいつはお嬢さんの魂に惚れたが為に、お嬢さんを守る為に先読みの力を与えたんだろう。邪魔者は消えるよ。」
そして悪魔は消えてしまった。
シェルドは抱き締めてくれた。
「私はただ、アリアーテ様の傍にいられればいい。アリアーテ様が愛しくてたまらない。愛することを許して貰えないだろうか」
「ええ、わたくしの為に先読みの力を与えてくれたのね。有難う。シェルド。愛しているわ」
シェルドとアリアーテは婚約期間を経て、学園を卒業後結婚した。
先読みの力は失わせてしまったけれども、彼が絶対に不幸にしないと、領地経営を頑張ってくれて、わたくしに沢山の愛を注いでくれるわ。
そして、いつか楽しみに待っているの。
遠い先にわたくしの魂を彼が持っていってくれることでしょう。
愛しているわ。わたくしはやっと満足いく愛を手にいれた。




