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魔術学園

なにか止まらなくなってしまって…

この世界は、もう少しで戦争になる。

 










「はいっ! これ、『魔術基礎概論』。これを読めば、ど素人の貴方も、少しは魔術のことを理解できると思うわっ」


でん、と机に置かれる大きくて分厚い本。


「それからこれは、基礎概論の中に登場する単語を調べるための辞書!」


どん、と机に置かれる厚い辞書。軽く千ページを超えている。


「そしてその辞書に載っている単語を調べるための辞書!」


でん、と机に置かれる(以下省略)。


魔術はからっきしなクレスに施しを与えてくれた少女は、ふんすと鼻息荒く、得意げな顔をしていた。 


「いーい? この『魔術基礎概論』を一日二ページ読み進めなさい。そうすれば、貴方を馬鹿にした連中の背中ぐらいは、追いつけるはずよ」

「ありがとう、コルトさん。助かるよ」


クレスがにっこり笑うと、少女は顔を赤らめた。クレスから視線を逸らす。


「ふ、ふんっ。別に、貴方のためじゃないんだからねっ!? これは、学校の名誉を落とさないためなんだからっ」

「うん。足を引っ張らないように頑張るよ」

「……」


クレスが意気込みもあらわに頷くと、少女は何かを言いたげな顔をして、クレスの前から去ってしまった。 






真剣な眼差しで、つい先程、イーシェが渡した資料を読み込むクレス。その様子を、おつきの生徒たちと一緒に柱の影から観察するイーシェ。


その様子を戦々恐々と見守る、図書館に来ている他生徒たち。


実に不思議な構図が完成していた。


「ラウ、私、またクレス君にひどいこと言っちゃったぁ……本当は学校のこととかどうでも良いのにぃ」

「姫様、どうでも良いという発言はどうかと思われますが。でも、良かったではないですか。クレス殿は、姫様がお渡しなさった資料を読み込んでおられます」

「感無量……!」


イーシェの目には、涙すら浮かんでいた。ラウと呼ばれた男子生徒は、イーシェの奇行に、それこそ涙を流したかった。


公国の秘宝。イーシェ・コルトともあろうお方が、今や一般男子生徒の追っかけをしているとは。


しかも、王侯貴族ですらない、ただの落ちこぼれ一般生徒である。


中立国グレナの学園都市は、政治の舞台裏。留学に来ている各国の王侯貴族と親交を結び、卒業後もそれを生かさなければならないというのに。

あろうことか、イーシェは、王侯貴族ではなく、親交を結んでも得にならないクレスと関わっているのである。頭の痛い話。


「あのう、姫様。そろそろ、グレディアス王子や、セレティナ王女と親交をしてみては……?」


おそらく仲良くしておいて損はない、有力生徒の名前を挙げてみるが。


「嫌よ。クレス君といちゃいちゃする時間が減るじゃない」


イーシェは真顔だった。ラウは、頭を抱えた。


「それよりほらっ、見て! クレス君ったら、あっという間に二ページを読み切っちゃった! 三ページ目突入! 魔術の素質あり!」

「『はじめに』を読みきっただけでしょうが」


もはや主への敬意も忘れて、悪態をつくラウであった。


一体、公国の未来はどこに行くのだろうか。






一方、『はじめに』を読みきったクレスは、著者の言葉に心を打たれていた。


現代魔術は古代魔術の借り物であり、一度途絶えた分、古代魔術には及ぶべくもない。だが、現代人は、古代人と違い、理性を獲得している。魔術が占有されていた時代は終わり、今は、あまねく人々に魔術が拓かれている……そんな内容だ。


「すごい、魔術って、すごい……!」


この魔術学園に入学してはや一ヶ月。実技でも座学でもぶっちぎりで最下位のクレスだが、魔術への敬意は人一倍強かった。


「こ、これって借りれるのかな、辞書って、借りれないイメージだけど」




あっさり借りることができた。図書館の受付の人が話してくれたことによると、この辞書に書いてあることは基礎中の基礎で、こんなもの、借りる生徒なんかいないのだとか。


軽くディスられた気分のクレスは、寮の自室で、ぺらぺらと辞書を捲り、どうにか『魔術基礎概論』を読み進めていった。


片手に基礎概論、片手に辞書を持ち、わからないことがあれば片っ端から調べていく。クレスは、目を輝かせながらそれを読み……やがて、沈んだ表情になった。


「古代人は魔術を戦争に使ったけど、現代人は、魔術を生活のために使う、か」


たとえば、今、読書をするために使っている燭台。そこで燃えているのは、魔術の炎だ。この炎は、燭台を倒しても燃え移ることがなく、危険性のない炎である。


クレスは、燭台の炎に触れてみた。何も熱くなかった。一気に、部屋に暗闇が訪れた。こうして、触れるだけで消えてしまう。こんなにも、部屋を明るく照らしてくれるのに。


再度、火打ち石で、燭台に炎を灯す。部屋には、元の明るさが戻った。


「すごいよなぁ、魔術ってやつは」


感嘆し、クレスは、秘密のメモ帳を取り出した。このメモ帳は、書いた端から文字が消えていくメモ帳だ。クレスがこの学園に来る前に、姉がくれたものである。もちろん、魔術の賜物。


万年筆を使って、クレスは、秘密のメモ帳に、心やさしきクラスメートの女の子のことを書いた。その瞳は、炎に照らされていてもなお、ぞっとするような冷たさを帯びている。


やがて、メモ帳に必要なことを書いたクレスは、うーんと伸びをした。 


「さて、そろそろ寝よっかなぁ」











この世界は、もう少しで戦争になる。


『公国のイーシェ姫が殺される。それが、戦争のきっかけだ』


学園都市は、来るものを拒まない。異なった国籍の王侯貴族が、政治の練習をするのにもってこいの、腐った社交場である。


『馬鹿な連中だ。のこのこ殺されにくるなんて』


その腐った社交場には、リスクが存在している。国際問題、戦争の火種。二十歳にも満たない子供を一人殺すだけで、容易く世界を戦火に包むことができるのだ。


『だから、お前の役目はただ一つだよクレス。ちゃんと戦争が起こるように』


灰色の瞳が、歪んでいる。


『学園都市に潜む暗殺者が、ちゃんとイーシェ姫を殺せるように、サポートしてやるんだ』

『はい、わかりました……グレディアス王子』


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