彼女の言葉
俺は名前も知らない女の子が好きだ。
彼女と出会ったのは情報網の海の世界。何億人の中から彼女が俺を見つけてくれた。
その日からメッセージをやり取りするようになった。
俺は文字だけでなく彼女そのものを知りたいと思うようになった。
やり取りを続けて2ヶ月。
イベントでやっと会えることになったのに。
「ごめんなさい。」
彼女は白い檻に自ら入ることを選んだ。
とある大学病院。
改装中のその地域の主要病院では、今日もたくさんの患者たちが診察に訪れている。
彼女がその病院にいることを彼女自身から説明された俺は、地図とにらめっこしながらため息をついていた。
距離にして315キロ、時間にして夜行バスで7時間25分。
けして気軽には行けない距離。
関東に降り積もった雪は解け、そろそろ早咲きの花が桃色を見せる頃だろうか。
俺は尻込みして・・・。
「着いてしまった。」
頭が先か気持ちが先か。
気づいたときにはバスに飛び乗り、山を登り、彼女の暮らす病院へとたどり着いていた。
平日の真っ昼間、人であふれかえるそこに、ぽつんと無関係なやつが一人。
「ご案内お済みですか?」
「あ、えっと、その。め、面会です!」
「ではこちらにご記入どうぞ。」
ご記入?患者氏名と面会者氏名・・・。
これは困った。俺は君の本名なんて知らない。どこの病棟かもわからない。僕にとって君の名前はネットで呼び合う「君」と「あなた」が全てだから。
困惑する俺に不思議そうな受付嬢が「あの?」と再度訊ねてくる。
「す、すいません!彼女の病棟と漢字忘れちゃって!確認してからまた来ます!」
苦しすぎる言い訳をして逃げた俺は麓から頂上にある病院を眺めていた。
白い檻。
ただの建物に見えるそれの拘束力を俺は知らないけど、彼女はどう思ってるのだろうか。とりあえず力なく垂らした右手に持っているスマホを操作して彼女にメッセージを送る。
「面会きたんだけどどうやって入ったらいい?」
すぐに既読。「外来棟の面会受付まで迎えにいきます。」どうやらもう一回登ってこいとのことらしい。彼女のために労力を惜しむ気持ちは1ミリもなかった。リュックサックを背負うと、とことこと山登りを始めた。
「来てくれたんですね。」
病院着に身を包んだ彼女が、正面玄関で出迎える。
俺はそれを見て一瞬目をそらした。
彼女が戦ってるものから、彼女の努力から。俺は一瞬目をそらした。
すぐに首を左右に振っていつもの笑顔を浮かべる。
「やー俺が会いたくなっちゃって来ちゃった!」
「ふふ、嬉しいです。」
照れ笑いをする俺に彼女が嬉しそうに微笑む。
そうだ彼女はいつだって可愛らしい笑顔(なお今までは妄想)を浮かべる女の子だったことを思い出し、彼女の手を取った。
「はじめまして。」
「はじめまして。」
外のベンチが今日は天気もいいしおすすめですと案内されいくとたしかに日差しが心地良い場所があった。
隣に腰掛け、手が触れるかどうかの距離で話し出す。
「病院生活はどう?慣れた?」
「入院自体は何回もしてるんでもう慣れましたね。友達もできましたよ。」
「すごいなあ、俺と仲良くなったときも君からだもんね。」
「たしかに!あの時はかっこいい!すき!しか考えてなかったなあ。」
「あはは、ネット活動しててよかったよ。」
雑談が弾む。ネットの会話と何も変わらない。いつもの日常、これからの日常がそこにはあって。
ピピピ
だけど、ここは檻の中で。
君のリストバンドから帰宅を促す音がする。
「もうこんな時間かあ。」
彼女がバンドを操作しながら苦笑いした。
言うなら、今だと思った。
「俺、君のことが好き。」
「えっ?」
彼女は驚いた顔をしてから、顔を覆った。
そして。
「ごめんなさい。私、あなたをおいていけない。」
そう言うと、その後は何も言わずしゃがみこんでしまった。
そのまま宿に戻り、彼女が教えてくれた病名を検索する。
その病は治療法がなく。その病は死に至る。
彼女が言った「おいていけない」が「置いて逝けない」だったことに気づくのは時計が真上を指す頃だった。
「そっかあ、そっかぁ。」
そう言うと俺は。
―エンディング分岐を選んでください―
A.パソコンを取り出した。
B.カメラを取り出した。