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身代わり結婚させられた商人の娘は花の帝都に戻りたい  作者: 宮前葵
帝都編

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23/23

書籍化記念閑話 ヘスティリア拗ねる

(一巻中盤のお話です)


「いったいどういう事なのですか!」


 ヘスティリアが声を荒げる。その前ではヴェルロイドが大きな背中を丸めて縮こまっていた。


 オルイールの城の、朝の食堂である。ヘスティリアをヴェルロイドは忙しい時でもなるべく朝食は共にするようにしていた。


 二人だけで一日の仕事の打ち合わせをするのに丁度良いという事情もあったし、一応は婚約者同士の二人が、私的に交流する時間がなかなか他に取れなかったという事情もある。


 なので朝食の時間は仕事の話ばかりではなく、生活についての雑談や冗談も飛び交い、和やかな雰囲気であることが多かった。


 のだが、この日は珍しくヘスティリアが怒ってしまった。原因はヴェルロイドのミスである。


「あの隊商の受け入れは最優先だと言ったではありませんか。西の帝国からの重要な荷物を運んでいる大商人なんですよ? 人数は三百人。どこに泊めるつもりなのですか!」


 オルイールの街には西から南から、続々と大規模な隊商が訪れるようになっていた。彼らはオルイールで補給と休息を取り、再び目的地に向かって旅立つ。


 この時の宿泊料と補給物資の買い上げに掛かる費用はオルイールの重要な収入源となっていた。何しろ大きな隊商になれば人数は数百人。ラクダや馬が千頭に及ぶ事も珍しくない。宿泊や購買には税が発生するから、それだけ辺境伯家の懐も温かくなるわけである。


 しかし人数が人数である。発展途上のオルイールにはまだまだまで宿泊施設は少ないし、物資も豊富とは言えない。なのでヘスティリアはオルイールに入ってくる前に、いつ頃に隊商が入ってくるかを把握して宿泊場所や物資の割り振りを調整していたのである。


 今度の隊商はノルレアの街を出た時点でオルイール到着の時期を計算し、他の隊商とバッティングしないように気を付けていた。そしてその旨をヴェルロイドにも伝えておいた筈だったのである。


 ところが、これをヴェルロイドが失念して、うっかり帝都から来る他の大きな隊商に宿を割り振ってしまったのである。


「オルイールの信用問題になってしまうではありませんか! 商人との取引には信用が絶対に必要なんですよ!」


 既にノルレアから来る隊商には宿を確保したと連絡してしまっている。帝都から来る隊商にも同様だ。このまま二つの隊商がオルイールにやってきて、共に宿泊や補給が満足に出来ないとなると、彼らはオルイールに失望することになるだろう。彼らは以降、オルイールと辺境伯家を信用しなくなるに違いない。これから商人たちを巻き込んで街を発展させて行こうと考えているヘスティリアにとって大きな痛手だ。


 それでヘスティリアは怒っているわけだが、ヴェルロイドにも言い分がないわけではない。帝都からの隊商は最初の報告ではもっと小規模なものの筈だったのだ。それが、思ったよりも大規模なものである事が分かり、宿と補給の手配を急遽拡大しなければならず、その手配に忙殺された結果、ヘスティリアとのすり合わせが後回しになってしまったのである。


 しかしヴェルロイドは一言の言い訳もせず、ヘスティリアに頭を下げた。


「すまぬ。私のミスだ。何とかする」


 ヴェルロイドは朴訥で尚武の気風強いオルイールの人間らしく、クドクド言い訳などしない男だ。ただ、ヘスティリアはこの発言を聞いてなぜか腹を立てた。


「なんとかするといって、貴方になんとか出来るのですか? ヴェル!」


 ヴェルロイドの職務は基本的にはオルイールの内政と軍事で、農地や鉱山や街の統治や、兵士たちの育成配置が主な仕事だ。オルイールを出入りする商人の管理は本来の彼の仕事ではない。それはヘスティリアの仕事なのだ。


 ただ、宿泊業者への斡旋や物資の確保などにはヴェルロイドの業務の内に含まれる部分もあるので、話の流れによってはヴェルロイドが手配する場合もある。それで今回のようなダブルブッキングが起こってしまったのである。


 ただ、今回のような微妙な調整が必要な事態では、商人に顔が広いヘスティリアの方がトラブル解消に動いた方が良いのは間違いない。それなのにヴェルロイドは「何とかする」と言った。それでヘスティリアは怒ったのである。なぜ自分に頼まないのかと。


 しかしヴェルロイドも自分のミスであるという自覚があり、それを婚約者に尻拭いさせるのは申し訳ないと思い、自分で何とかすると言ったのである。それなのにヘスティリアに逆に怒られて彼も少し意固地になった。


「大丈夫だ。私が必ず何とかする」


 これを聞いてヘスティリアが決定的にヘソを曲げてしまった。


「分かりました! なら私はなんにもしませんからね! 後で泣きついてきてもしらないんだから!」


  ◇◇◇


 二人のやりとりを聞いて、ハイネスは頭を抱えた。ヘスティリアが憤然として席を立ち、食堂を出て行くのを見送りながら、ハイネスはジトっとした目つきでヴェルロイドを睨んで言った。


「困りますよヴェル様。リア様を怒らせないでください」


 ヘスティリアは怒ると手に負えないし、何をしでかすか分からない。ヴェルロイドはパンの残りをモグモグと咀嚼しながら、不機嫌そうに言った。


「どうしてリアが怒るのだ。私のミスは私が何とかするのが当たり前ではないか」


 ……ヴェルロイドも大概頑固である事をハイネスは知っている。彼らは子供の頃からの付き合いだ。ヴェルロイドもヘソを曲げるとテコでも動かないタイプだ。これ以上彼の機嫌を損ねるのは避けるべきだろう。


「で、どうするのですか? 五日後には帝都からの隊商はオルイールに入ってきてしまいますでしょう? 一方、ノルレアからの隊商は六日後です。同時に街に入られると大混乱になるでしょう」


「ノルレアの、ガルデルの宿場にもう二、三泊させられないか」


「まだ小さな宿場ですからね。物資が足りませんでしょう」


 三百人と一千頭が何泊もすればそれだけで大量に物資が消費されてしまう。ガルデルの宿場も事前に予定した分だけの物資しか用意してはいないだろう。


「オルイールの空いている建物を急いで整備して泊められないか」


「時間が足りませんし、寝床があればいいというものではありませんよ」


 オルイールには使われていない建物がたくさんあることはある。が、それらは石造りの壁はしっかりしていても、木造である屋根が無かったり扉がなかったりする。当然だかベッドもない。宿泊に使用出来るように整備するには時間も費用も掛かるのだ。


 そして宿泊に伴う物資、補給の不足はどうしようもない。これらは事前に近隣の農村や町から買い付けておかなければならないのである。今から手配したのでは到底間に合わないだろう。


「可能性があるとすれば、オルイール近隣の農村の家々を借り上げてそこに宿泊させることでしょうか」


 農村は越冬のために常時食料をかなり備蓄しているものだ。それを買い上げると同時に家も借りて宿泊場所に充てる。


 ただ、問題はどこの村にそんな事を要請するのか。そんな事を引き受けてくれる村があるのか。そして事後の保証が膨大なものになってしまうだろうことだろう。


「それに補給物資は食べ物だけとは限りませんからね」


 隊商は長い旅路の間に様々な物資を必要とする。衣服、道具、場合によっては馬や牛、ラクダまで。隊商を迎え入れるにはそれらのものもある程度用意しておかなければならないのだ。


 そういう物の手配は簡単ではないし、領主権限があれば集められるというものでもない。普通は補給物資を扱う商人に依頼して手配してもらうものなのである。ところがそういう商人との繋がりはヘスティリアしか持っていないのだ。


 うーむ、とヴェルロイドは考え込む。そしてハイネスに尋ねる。


「リアならどんな手を考えたかな」


「……そう思うなら素直にリア様に頼って下さい」


 ハイネスは主君の質問を跳ねつけた。彼にとって事態の解決よりヴェルロイドとヘスティリアを仲直りさせる方が重大事なのである。


 ヘスティリアから折れる事はあり得ない。自分に落ち度があっても人に頭など下げないヘスティリアである。特に今回ヘスティリアには何の落ち度もないのだ。ならばヴェルロイドから折れてもらうしかない。つまらない意地を張った彼が悪いのだから当然ではある。


「……分かった。ヘスティリアに謝ってなんとかしてもらおう」


 ヴェルロイドの言葉にハイネスはホッと息を吐いた。彼の主君が自分の意地のために大局を見失うような男ではなかった事に安心したのである。


 ……ところが翌日、ヘスティリアに謝ろうとヴェルロイドが待ち構える朝食の席に、ヘスティリアは出てこなかった。ヴェルロイドもハイネスも唖然とする。なぜかケーラだけがやってきて、困ったような顔でヴェルロイドに告げた。


「あのー、今日はお部屋で食べると、リア様は仰っています」


 ヴェルロイドと顔を合わせたくないという事だろう。予想以上にヘスティリアは怒っているようだった。


 そしてケーラは続ける。


「今日はお部屋に引き篭もる! って叫んでました」


 あのいつも領地を飛び回っている、仕事人間のヘスティリアが、なんと仕事も放り投げて部屋に引き篭もると宣言したというのだ。これは……。


 ヴェルロイドは苦笑する。ハイネスは頭を抱えた。


「それは……。期待に応えなければなるまいな」


「殿下。これ以上ヘスティリア様のご機嫌を損ねると洒落になりませんよ? 大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。ちゃんとしっかりと謝ってくるからな」


 というわけで、ヴェルロイドは一人でヘスティリアの部屋に向かい、平身低頭して拗ねたヘスティリアの機嫌を取る事になったのである。ヘスティリアが謝罪に応じるにあたって、一体どんな交換条件をヴェルロイドに要求したものか、ハイネスには分からない。


 ヴェルロイドの頑張りの甲斐あってヘスティリアの機嫌は回復し、部屋から出てきたヘスティリアは開口一番こう叫んだ。


「城に泊めましょう!」


「城に?」


 ハイネスは目を丸くする。


「そう。このお城。戦時には兵士が立てこもれるようになっているし、馬も収容出来るようになっているでしょう? 三百人くらいなら余裕よね」


 確かにこのオルイールの城は数千人の兵士を収容して籠城戦を行う事が想定されている。兵舎は継続的に整備されていていつでも使えるようになっていた。しかしそれは……。


「他に方法があるとでも? 戦争が近いわけじゃないんだからいいじゃない」


 そういう問題ではなく、領地防衛の要である城に、他国人の商人を入れる事がそもそもの大問題なのである。しかし、その事に目を瞑りさえすれば妙案ではあった。今回ばかりは緊急事態なのだからやむを得ないとすべきだろう。


「物資も城に集積されている分を売りましょう」


 これは戦時や飢饉に向けて備蓄していた食糧の他に、ヘスティリアが命じて購入していた様々な物資があったのだった。ヘスティリアは予めいつかこのような事態が起こることを想定して準備をしていたのである。城の兵舎を宿舎として使う案も既に考えてあったのだろう。


 ……用意周到。これでは敵わないとハイネスは脱帽するしかなかった。


 もちろん、兵舎に泊めるにしても準備は必要で、ハイネスはその手配に大忙しになった。ヘスティリアもヴェルロイドも協力して準備を進めた結果、商人たちをつつがなく宿泊させる事が出来たのだった。


 ヘスティリアはちゃっかり隊商から城への宿泊料を取り、しっかり物資の販売代金も徴収していた。商人を城で接待して帝国の西部北部の情報を得てもいた。転んでもタダでは起きないのがヘスティリアである。


 この件でヴェルロイドはヘスティリアに意地を張る愚を悟り、彼女に素直に頼るようになった。そうなればヘスティリアの方もヴェルロイドに対してヘソを曲げる事もしなくなった。


 その結果、ヘスティリアが子供のように拗ねて部屋に閉じ篭もるような事は、二度と起こらなかったのである。


二月十四日! 書籍版一巻が発売しております! 二巻も出ますよ! よろしくお願いいたします! 

買ってねーヽ(´▽`)/

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