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Record of Divergence ~世界の分岐点~  作者: 進道 拓真
第二章 自然の通過点

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第五十六話 悪辣な誘拐


 救出対象の行方が不明。


 その事実に意識が空白になりかけるが、すぐに周辺に目を配りあの子の姿を探す。


「いなくなったって……! さっきまではいたよな!? どうなってんだ…」

「わからない! でも、私もそこにいたのは確認してるから、場所を間違えたなんてことはないんだよ!」


 そう、おかしいのだ。


 あの子は眠らされているのか気を失っているのかはわからないが、自分で動ける様子ではなかった。


 なのに、今に至っては姿が見えなくなっている。



 考えられることとしては………


「…あいつら! 連れ去りやがったな!」



 ……敵の手による拉致だ。


 いくら知能の高くないモンスターといえど、俺たちが少女を救おうとしている様子は既に何度も晒してしまっている。


 だからこそ思い至ってしまったのだろう。彼女に、人質としての価値があると。



 …舐めていた。侮っていた。


 これほどまでに知恵を回してくるはずがないと、そこまでしてくるはずがないと思い込んでいた。


 そんな保証を、やつらがしてくれるはずがないのに。


「カイッ!! あそこ!」


 示された先には、奥に存在していた洞穴。そこに入っていこうとするオークが一体。


 …そして、共に運ばれている少女も同じだった。


「まんまと嵌められたってことか…! 俺たちが戦闘に夢中になってる間に!」


 一時的にではあったが、混戦の最中で少女から意識を逸らしてしまった瞬間は確かに存在していた。


 だがそこを突かれたとしても、そう易々と連れ去られるようなヘマはしないように、敵への警戒は最大限に引き上げていた。


 それなのになぜ……?



「そうか…あいつ、最初に首を刺したやつか!」


 距離があるため確認しづらいが、やつの首元からは血が滴っているのがわずかに見えてくる。


 …ほぼ確定で、俺が最初に倒したと思っていた個体だ。


 あれだけの手傷を負わせれば致命傷に至り、時間経過で死ぬと思っていたからこそ放置していたのだ。


 こちらに向かってくるやつらへの警戒は確実に行っていた。だが、一度戦闘不能に追い込んだと思っていたやつとなると話は変わってくる。


 無意識の内とはいえ、警戒の対象から外してしまったつけがここにきて回ってきやがった…!


「すぐに追うぞ! 今ならまだ…!」


 間に合う。そう告げようとした時、別のオークが立ちふさがってきた。



 やつらにまともな知性など無い。この重ね掛けされたような由々しき事態は、本能から導かれた行動によって招かれたものだ。


 …頭では理解していても、納得ができない。


 これだけ俺たちにとって都合の悪い状況を整えられてしまえば、そんな常識すら疑わしく思えてくる。


「悪いリンカ、下ろすぞ!」


 さすがに彼女を抱えて、全力を発揮できない状態ではこの苦境を突破できるとは思えない。


 短剣を彼女に返し、俺はいつもの大剣に持ち替える。


「はああ!!《円回閃》っ!」


 穿つは《円回閃》。予想通り、生じたノックバック効果はその威力を解放してくれたが、やつらの重量ゆえか多少のけぞる程度で収まってしまった。


 だが、それでいい。


 もともと吹き飛ばそうなんて思ってもいない。目前に立ちはだかっている壁を、わずかにでも崩せればと思って放ったものなのだから。


 この機を逃すわけにはいかない。二人は最短距離で洞穴への道を目指していく。


「この位置なら…《氷盾》!」


 負けじとリンカもこの状況を打開するための一手を講じていく。



 《氷盾》は本来、相手の攻撃を防ぐための盾を出現させる魔法だが、氷という性質上その盾は物理的な質量を有している。


 土属性などもそれと同系統に含まれ、物理的な質量が存在することは不利に働くことが多い。


 明確な形があるということは、破壊されるリスクが常にあるということでもあるのだから。


 それでも、その不利を有利に転換させることは不可能ではない。



 ───まさに、今この時のように。



「ブモアアアアアア!?」


 リンカの手によって展開された《氷盾》。


 それは今もカイ達の後を追っているオーク達の眼前に現れ……追突した。


 オーク達はその巨体ゆえに、唐突にスピードを緩めるということができない。


 ゆえに、すぐ目の前にもたらされた障害物を回避することができず、後続の者達にも挟み込まれていく。



 これが物理的な質量を持っていることへの利点だ。状況に左右されるという面こそあるが、特定の条件さえ達してしまえば有効な妨害手段として機能させることができる。


 場合によっては、何よりも役立つ性質に生まれ変わってくれる。一長一短だが、これのおかげで助けられた。


 …見れば、個体によってはその圧力に耐え切れず押しつぶされている者もいるようだ。


 相棒が打開策としてやってくれたことではあるが、なかなかにえぐい戦法を取ってくる。



 かなりの戦果を挙げてくれた盾だったが、あれだけの質量を支えるには耐久力の方が持たなかったか、ひびが入り始めている。


 ついにその防御力も限界を迎えて粉々に砕け散ってしまったが、この間にやつらとの間に距離を稼げた。


「これならいける…! あそこに飛び込むぞ!」

「うん!」


 一気に駆け出し、背後にいるはずのモンスターの群れには気にも留めない。


 なんとか洞穴の位置までたどり着き、薄暗い光景へと身を沈めていく。


 未だに多くの足音が響き渡っているが、それがこの洞穴まで近づいてくる様子はない。


 …やつらはまだ外でまごついている。やるしかない!


「リンカ! ここを崩落させてくれ!」

「《氷連弾(アイシクルバレット)》!」


 射出される無数の氷の弾丸。それは洞穴の入り口へと向けられ……その周辺を崩壊させていった。



《氷盾》を応用した敵の圧殺法。


耐久力に秀でているわけでもなく、かといって炎や風のような実体がないという特徴を持たない属性だからこそ、できることもあります。


敵が直進してきた時しかできず、かつ飛行能力を持っていれば即座にお釈迦になる作戦ですが、今回は上手くはまってくれました。




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