第五十一話 散漫された痕跡
オークの追跡を開始し、今もそれは続いている。
あいつらの動きにおかしなところはない。時折休むように座ったり、足を止めることはあったが何かを狙っているというわけではなさそうだ。
…狩りに来たという線は消してもいいかもな。この様子だと、ただ拠点近くの見回りに来たものの一つっぽいし。
誰かに危害を加えようとするならば何としてでも討伐に乗り出していたが、そうではない。
これなら、最後まで追跡することも叶うだろう。
(しっかし、スピードはとろいな……。見た目からなんとなく察しはしてたけど、完全に筋力に割り振られた能力だろうな)
見るだけでも重みを感じさせる脂肪の塊。それらを支える筋力も備わっているとは思うが、そこから振るわれる武器の衝撃など、わざわざ受けたいとも思えない。
それにいくら力があったとしても、当てられなければ意味はない。
敵に囲まれたり、対処できないほどの圧倒的な上位モンスターなんかでもなければ、今の俺たちは対応も可能だ。
そんなことを考えている間に、オーク達が動き出した。
(やっとか。リンカ、もう少し近寄って………っ!? いや、だめだ!)
立ち上がる仕草を確認したカイは、リンカにコンタクトを送るため軽く手を振るが……直後の反応によって、その合図を中止する。
先ほどまで何の反応も見せなかったというのに、オーク達は唐突に匂いを嗅ぎだした。
無駄に大きい鼻を鳴らしながら、どこかを探るように辺りを見渡している。
(なんで……!? ばれるような仕草はなかったし、そんなヘマはしてないはずだ!!)
必死に声を出さないように努めているが、内心は困惑の一言だ。
追跡は確実に、順調に進められていた。途中で集中力を少し途切れさせてしまうこともあったが、そこでもミスなどしていない。
だが現実として、あいつらは索敵を始めた。
原因はわからないが、下手に動くわけにもいかない。
今動いてしまえば、そこで生じるわずかな音でバレるかもしれない。
リンカがこちらに近づくことのないように、最小限の動作で意思を伝える。
彼女も緊張した面持ちでこちらを見ているが、自分が近づいても状況が悪化するだけだと察してくれたのか、大人しく従ってくれた。
ひとまずはこれでいい。…あとは、俺とやつらの勝負になる。
隠れたままこの場をやり過ごせれば俺の勝ち。見つかってしまえば偵察は失敗し、強制的に戦闘に突入してしまう。
別に戦闘に入ったからといって負けることもないとは思うが、それでは今まで何のために追跡をしてきたのかわからなくなる。
この先のことも考えれば、こちらの居場所をつかまれるわけにはいかないのだ。
(幸い、リンカの魔法のおかげで姿は見えてない……。あとは気配さえ感じさせなければ大丈夫…なはずだ)
カイとオークのいる場所は草むらによって草むらによって遮られているし、もしこっちの方向を見られたとしても視認することはできない。
…だが、俺の方に向かって移動してきたり、触れられたりすればアウト。
そうなれば、魔法は解除されてカイの存在が明確に認識されることは間違いない。
(息を殺せ……微塵も気配を漏らすな……!)
自分の存在感を極力消すように意識する。気配の扱い方などまともにできるわけではないが、少なくともオーク達が近づいてくるような音は聞こえてこない。
やり過ごせたのだろうか。そう思った安心感から、わずかに気を緩めてしまい……それと目が合った気がした。
(なっ!?)
草むらの隙間から向こうの様子を探ろうと視線を移してみれば、片方のオークがこちらを見つめている……ようにしている。
一体いつ気づかれた? 姿は間違いなく消えているはず……
そんなまとまりのない思考が駆け巡るが、現実は刻刻と迫ってくる。
俺のいる方向を見つめていたオークの個体が、こちらに向かって足を踏み出してきた。
心臓がうるさいほどに鳴り続けている。そうこうしている間に一歩、また一歩とオークは近寄ってくる。
もうこれまでか……。カイが限界を悟りかけた時、オークは唐突に歩みを止めた。
急展開の連続で頭が追い付かないが、どうやら仲間のオークとコミュニケーションを取っているらしい。
鼻を鳴らしながら放たれる鳴き声を俺たちは理解できないが、この窮地にもたらされた突破口であることは確かだ。
二言ほど交わしたオーク達は、カイとは正反対の方向の進路を変え、そのまま進んでいくつもりのようだ。
(あ、危なかった……)
これまでの緊張感から解放された反動か、全身から力が抜けてしまう。
思わず座り込みそうになるが、そんなことをすれば今度こそ居場所がばれてしまうので、根性で耐え抜く。
「カイ! 大丈夫だった?」
…リンカには後方で待機するように言っておいたはずだが、心配の感情が勝ってしまいここまで来てしまったようだ。
状況が状況だ。仕方のないことだろう。
「何とかな……かなりやばかったけど、最悪は回避できた……」
「あんまり心配させないでよ。こっちまでドキドキしちゃったんだから!」
次からはもう少し距離を置いて追いかけたほうがいいかもしれない。
もし俺たちの匂いを嗅ぎ分けているんだとしたら、そこにも注意を払う必要が出てきてしまったな。
「悪かった。今度こそ気づかせるような真似はしない」
「信じてるからね? じゃ、私はまた後ろにいるから!」
後方へと下がっていく様を見ながら、オークの移動先に少し思うところがあった。
(あっちの方向は……森の中心から少しずれてるよな? 拠点は最奥にあるわけじゃないのか?)
まるで来た道を戻るかのように、方角を定めたオーク達。
もしかしたら、これまで通ってきたルートに拠点につながる道があったのかもしれない。
(だとすると、ますます見逃せないな。この機を逃す手はない)
やることは変わらない。最後の最後まで、最大限利用させてもらうとしよう。
間一髪でしたが、ギリギリセーフ。
こういう緊張感って追跡する側としては味わいたくはないものですけど、そこが醍醐味でもあるので。
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