第四十七話 危険性の切除
リンカがそろそろ来る頃合いかと思い、村に戻ってくるとまだ彼女の姿は見えなかった。
「早かったか……もう少しって言ってたし、ここで待ってればいいか」
近くにあった壁にもたれかかりながら、彼女の到着を待つ。
そこまで時間を要することはなく、5分ほどが経ったあたりでリンカはやってきた。
「あっ、ごめんねー! 待った?」
「ちょっとだけな。大した時間でもないから大丈夫だよ」
実際そんな長時間を待ちに徹していたわけではない。そのことを正直に伝えただけなのだが、どうやら気を遣われていると思われてしまったようだ。
「むー……怪しい…本当に待ってないんだよね?」
「だから待ってないって。そこは信じてくれよ」
なぜ俺が問い詰められることになっているのか。こういう時に意地でも聞き出そうとしてくるのは彼女らしいが、今回は嘘でも何でもないのだから弁解のしようもない。
気遣いなどではないと信用してもらうほかないので、無言で訴えかけていく。
するとその誠意が伝わりでもしたのか、観念したかのように目線を下ろした。
「…わかったよ、信じる。でも前にも言ったけど、遠慮はなしだからね!」
「遠慮なんてしてないっての。まぁ納得してくれたなら何よりだ」
無事に話も収まったことだし、場所もちょうどいい。
二人で少し、この休日のことについて語り合うことにした。
「一日空いただけだし、そんな時間が経ったわけでもないのに、久しぶりって感じなんだよな」
「私もそれ思ったよ! ここに馴染んできた証拠なのかなぁ?」
話を聞いてみると分かったが、リンカも昨日はログインしていなかったようだ。
一人だとできることも限られるし、何より面白味が半減する気がするとのことだ。
俺もそれは思うこともあるし、共感できる。
話し相手がいないということも大きいが、パーティだからこそ形成させる雰囲気というものが心地よく考えられるからこそ、そこの落差が強く思えてしまうのだろう。
「そうかもな。俺も現実の方で色々と野暮用を済ませてきたけど、生活リズムが狂わないように気を付けておかないとって思ったよ」
「私も昼夜逆転しがちだからなぁ……最低限は維持しておかないと、後が困っちゃうからね」
うちの母親のようなことを言っているが、そこのラインは重要なラインだ。
どちらかを疎かにしてもいいというわけではないし、両立させようとするならばほどほどの休日はやはり必須だ。
「休みの話題はこれくらいか。そこまで劇的なことがあったわけでもないし」
「むしろ、現実まで劇的なことばっかりだったら嫌じゃない? そんな事件ばっかりだったら身が持たないよ」
リンカの言葉に笑いながら、「そうだな」と返す。
変わらない日常というのは退屈かもしれないが、それだけ平和な状況が続いていることの裏返しでもある。
この世界だからこそ膨大な変化に囲まれた体験に恵まれているが、それはある者にとっては望まない変化なこともあるはずだ。
そこまで考えたところで、あることが思い浮かんできた。
俺は誰かが困っていたり、追い込まれた状況にある時は届く範囲で手を伸ばそうと思っているし、これまでもそれを実践してきたつもりだ。
だがもし……もしも、自分にとっての最善が、誰かの不幸につながっているとしたら。
その時俺は、どんな決断をするのだろうか。
何のつながりもない考えだ。そんな状況に巻き込まれないことが一番だし、そんな選択はしたくもない。
しかし、未来に絶対はない。この先の道でそんな選択をしなければならないことがあるかもしれない。
このことは、俺自身の中で覚悟を決めておかなければならないことだ。
自分の選択を信じるか、他者の幸福をつかみ取るのか。
選べる答えは、二つに一つなんだ。
「オークがいた?」
リンカと話していると、そんなモンスターに関する話題が出てきた。
オルタと共に行動していた頃、俺が毒にやられていた時にオークと遭遇していたというのだ。
あいつらの危険性は俺もよく知っている。モンスターの一覧をまとめた資料なんかを眺めれば必ず出てくる名前だし、特徴も細かく記されている。
それだけ重要視されている証拠でもあるし、何よりもやつらの繁殖力は侮れるものではない。
一匹でもオークの姿を見かけたなら、そこには群れが存在している可能性も高いので、即座に対応しなければ手遅れになることもある。
「遭遇したときは頭に血が上ってたし、それ以外の目的に必死だったから報告を忘れちゃってたんだけど……」
それが本当なら、すぐに手を付けなければまずい。リンカが見かけたのが二日前だとすれば、そこからさらに数を増やしているかもしれない。
「…とにかく今は、パラカさんに伝えよう。少しでも判断が遅れれば致命的なことになってもおかしくない」
たとえ遭遇したのがはぐれのオーク一匹だったとしても、無視はできない。
危険性が残されている限り、この村は安心して暮らすことなどできないし、いつ襲われてしまうのかもわからないなど心理的負担を考えてもそうだ。
俺たちだけで抱えていてもこの問題は解決できない。この場での最善は、村に情報を伝えることだ。
村長のパラカにオーク発生の懸念があることを伝えるため、足早に去っていった。
大多数の幸福に、少数の犠牲。
少数の幸福に、大多数の犠牲。
全てを掬い取ることは、限りなく不可能に近い。
しかし、そんな躊躇に構うことなく世界は進んでいく。
面白いと思っていただけたらブックマークや評価もよろしくお願いします。




