第四十六話 理性と速度の天秤
昨日は一日中レコダイにログインすることなく、気分をリフレッシュさせることにしていた。
まさか遊びに行った先で友と遭遇し、そこから一緒に巡ることになるとは思いもしなかったが、こういうのもたまには良いもんだ。
帰宅した直後は疲労のあまり泥のように眠ったが、やはり少し睡眠をとっておいたのが幸いしただったようだ。
夕飯の時にはかなり体力も戻り、ある程度動けるくらいにはなった。
……それでも、体を動かすたびに関節が痛みはしたが、これくらいは許容範囲内だ。
関節の痛みも一晩眠ればなくなったし、これなら普段通りの動きも問題ないはずだ。
たまにこうして、現実との生活リズムも調整していこう。どちらかを疎かにしてもいいってわけじゃないしな。
今日は一日ぶりにレコダイにログインする。リンカが昨日何をしていたのかは聞いていないが、遅れてる可能性もあるしその分は取り戻さなければ。
ハードウェアを装着し、電源を起動する。徐々に意識が飲み込まれていき、気が付いた頃にはアイレンの地に立ちすくんでいた。
「まだリンカは来てないみたいだな……連絡も届いてないし、寝てるのかもな」
メッセージを確認するが、そこにも言伝は残されていない。
待ち合わせの時間を指定していたわけではないし、そもそも今日もログインするのかどうかもわからないのだ。
ひとまずは連絡を逐一見ながら、しばらく単独で行動するとしよう。
「なんかレベリングでもするかぁ……色々あってからできてなかったし、少しでも上げておこう」
少し外に出れば、モンスターが湧き出てくる地点もある。
一人でも問題なく渡り合える程度の強さだし、デスペナルティにだけならないように気を配っていればいい。
「戦いに行こう。この辺に出るのは確か……」
以前耳に挟んだモンスターの情報を思い出していく。
相手の得物や能力を知っているのと知らないのとでは、取れる戦法も大きく変わってくるのでできる限り収集するようにしているが、こういう時には役に立ってくれる。
そんなことを考えている間に狩場にも到着し、準備は整えられた。
「結構湧いてるな。これじゃ村の方にも被害がいくかもしれないし、適当に数は減らしておかないとだめかもな」
見てみればかなりの数のモンスターがこのエリアを徘徊しており、中にはモンスター同士で争っていることもある始末。
どこか違和感を感じなくもないが、俺がやることはモンスターと戦うこと。ただそれだけだ。
「グボアアアアアッ!!」
「っ! いきなりのお出ましだなっ!」
カイの目の前に猛突進してくるモンスター。《鑑定》で見てみれば《エピオ・ゴブリン》という名前が見えてきた。
その手には短剣を携えており、一突きで仕留めようとしているのか一直線に飛び掛かってくる。
「っぶねぇ!」
体をねじり、回避に成功するが相手の攻撃はそれで終わらない。
「ギャアアアア!!」
「はっや……!」
小さな体躯を巧みに扱い、間合いの差を埋めようと接近を試みてくる。
このゴブリン。前にダンジョンで戦ったゴブリンとは違って全身が黒ずんだ色をしているが、その強さも全く違う。
まず素早さがおかしい。ダンジョンのゴブリンはそれほど相手にもならなかったというのに、こいつには翻弄されっぱなしだ。
それも、レベルが上がって強くなったはずの俺に対しての動きでこれなのだ。
目の前のゴブリンとかつての敵はもはや別物と考えてもいいだろう。そのくらい両者の間には決定的な差があるのだ。
「けど、やられっぱなしは嫌だからな……はぁっ!」
「グボアッ!?」
短剣を突き刺すような構えで上からの刺突を迫ってきたゴブリンに対して、カイは大剣を下段からの切り上げで対処し、カウンターを決めた。
いくら素早いこいつといえど、飛び上がった後の滞空時間は回避のしようもない。
ほぼ完璧な体勢から放たれた一撃は、HPを削り切りこそしなかったが、相当のダメージを叩き込めたようだ。
だが、油断はしない。確実に倒すまでどんな手札が出てくるかは分かったものではないし、その隙を突かれる恐れさえある。
なので残ったHPを削り切らんと近づいていくが、そこでゴブリンの目から…光が消えた。
「グ……グオオオオオオッ!!」
「うおっ!? なんだっ!?」
追撃を食らわせようとしたところだったが、様子を急変させたゴブリンの姿を見て踏みとどまる。
唐突に理性を失ってしまったように暴れまくるゴブリンだが、その変化にカイは見覚えがあった。
「この暴れよう……そんなスキルがあったよな。名前は確か……《アクセルオーバー》、だったか」
《アクセルオーバー》。そのスキルには覚えがあった。
効果としては肉体のコントロールを失うことを代償として、HP、STR、END、AGIの数値を1.5倍化するというもの。
汎用スキルに分類されながら、効果が破格だったため印象に残っていたが、俺が取得することはなかったスキルだ。
一覧からこれを発見したときには悩んだものだが、結局戦闘中に技術を捨て去った力のみのスタイルで戦うことはリスクが高すぎると判断し、切り捨てられていたのだ。
その時は代償の方に意識が傾いていたため、あまり重要視することもなかった。しかし、間近で見せつけられると厄介さがよく伝わってくる。
もちろん相手はモンスターだし、所持しているスキルも《アクセルオーバー》ではなく効果の近い別物なのだろうが……効果はそこまで変わらないのだから気にするほどでもない。
ただでさえ高かったAGIは元より、その分控えめだったSTRまで増強されているのだ。これが厄介でなくしてなんだというのか。
「けど……それだけなら、やりようはある!」
誰彼構わず、目の前に存在するもの全てに襲い掛からんとしているゴブリン。
底上げされた能力は強力であり、面倒極まりない。
しかし、この状況でそれは悪手でしかなかった。
「これでも……食らっとけ!」
「グガ!? ギャアアアアアア!!」
力任せに振り下ろされてくる短剣。威力こそ向上しているが、その軌道は単純そのもの。
それに対し、カイは相手の武器が届くことが無く、自分の間合いに収まるギリギリの距離から横なぎの姿勢で斬撃を繰り出す。
先ほどまでのゴブリンであれば、この程度の攻撃をかわすことなど容易だっただろう。
それが今となっては、避けるという選択肢さえ浮かぶことはない。
これがカイが《アクセルオーバー》を取得しなかった理由の全容だ。いくらステータスが増すとしても、その差を技術によって埋められてしまえば容易に優位は覆される。
既に争いの主導権は、完全に逆転した。
(こいつの強みは、速度を活かしきった動きと俺の隙を正確に穿とうとする知能だ。考える理性がなくなってしまえば………怖いもんじゃ、ない!)
体力の消費の配分すら考えず、ただ闇雲に刃を振るうモンスターなど、怯えるほどのものではない。
「じゃあな………おらぁっ!!」
カイから放たれる一撃。確かな技量が込められ、積み重ねてきた強さが乗せられた一閃。
今のゴブリンに防げるような代物ではなく、その刃は肩から先を切り裂いていった。
「グ、グボアアアアア……」
「やっと倒れたか………でも、スキルなしでやれたのはでかいな」
実はこのレベリングでは確かめたかったことがあった。現在の自分が、スキルを使わずにどれだけ戦えるのかを実証することだ。
言わずもがなスキルは強力だが、それに頼り切りになってしまうのはまずい気がする。考えたくはないが、もしもスキルが使えないという状況に陥った時に、戦力が激減するようではだめだと思ったのだ。
スキルを主軸にしたごり押しではなく、とどめのダメ押しの手札として残しておく。
安定した強さを求めるのであれば、そういったスタイルを目指していく方がいいと判断した。
なのでこの戦いは、そのための指標にもしていたのだが……結果は上々。
最後に敵の理性をなくした暴走という想定外もあったが、異常事態にも落ち着いた対処ができた。
「もう少し戦っていこうかな……お? リンカからメッセージが…」
検証に夢中になりすぎて気が付かなかったが、いつの間にか彼女から連絡が来ていた。
「『もう少ししたら入る』、ね。なら俺もあと二体くらい狩ったら戻るか」
今起きてきたのか、そんな言葉だけが綴られていた。
この後に来るというのなら、俺もそれに合わせて予定を調整しておこう。
その後、十分ほど狩りを続けていたが、なんとなくリンカがログインしてくる予感がしたので中断し、一度戻ることにした。
ステータスが相手よりも上回っているからといって、必ず勝てるとは限らない。
重要なのはそこに上乗せされる技量であり、スキル性能の多寡になる。
自分の肉体を乱雑に振り回すだけでは、よほどの化け物でもない限り戦力を半減させるだけということです。
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