第四十四話 地味な特技
「何で……俺の作戦は完璧だったのに……」
「あほ言え。あんなもの作戦なんて言えるわけねぇだろ」
ゲームセンターに来てから30分が経過したあたりで、隆矢は地面に打ちひしがれていた。
「いや、勝算はあったんだぞ? けど今回はその確率を外しただけだ」
「………そもそも、『景品が取れるまで金を投入し続ければいい!』なんて雑すぎる作戦が通用すると思ってたお前の頭を疑うよ…」
隆矢が気になったクレーンゲームに挑戦し始めたところで嫌な予感はしていたが、案の定その予感は的中した。
こいつの腕前が優れていればそれほど心配する要素もなかったのだが、何せ実力は嫌というほど知っている。
結局景品を獲得することは叶わず、かなりの予算を溶かした時点で俺が強制的に終了させた。
「でもよー、お前は簡単そうに取ってたじゃんか…」
どこか拗ねたように言ってくるが、それは事実だ。こいつが苦戦していた台に俺が挑戦し始めた途端、非常にあっさりと景品を取ることができた。
別に隠すようなことでもないので白状してしまうが、俺はクレーンゲームの類がかなり得意だ。
昔からちょこちょことこういった場に通っていたという経験によるところもあるが、一番は直感だ。
ぬいぐるみや箱の押すべきポイント、アームを引っかける位置など、そういった重心となっている箇所がなんとなくの感覚で把握することができるので、それに従えば大体の景品はすぐに取れる。
大した自慢にもならない特技だが、こういう友人と遊びに来た時なんかは意外と役に立つので重宝している。
「ほれ、やるよ。あんまこういうのに金かけすぎんなよ?」
「えっ、いいのか? お前が取ったもんなのに…」
「いいって。お前がどんどん浪費していく様子が見てられなくなっただけだしな……」
今述べた理由は本当だ。さすがに友が湯水のごとく所持金を溶かしていく様など、わざわざ見たいものでもない。
しかし、それだけではない。正直、まどろっこしかったのだ。
ずっと隆矢のプレイを横から見ていたが、幾度も景品獲得のチャンスが訪れていたにも関わらず、それを逃していくような動きばかりするのだ。
何度その機会を教えてやろうかと思ったかわからないが、そんな上からな指示ばかりをされても、指示を受けた方としてはつまらないだけだ。
なので指導することはぐっと我慢し耐え忍び、見守ることに徹し続けた。
だが、時が経つにつれて隆矢が許容量を超えた散財に足を踏み入れそうだったので、割り込みをさせてもらった、というわけだ。
「それより、俺もなんかやりたくなってきたな。ちょうど良さそうなもんはないか?」
「だったらあれとかどうだ? 菓子の箱詰めだけど、少しやる分にはいい感じっぽいぞ」
指さされた先にあったのは、有名メーカーの菓子が詰められた箱が景品になっている台だった。
比較的ゲットしやすそうな設定にされているし、少し遊ぶ分にはもってこいだ。
「んじゃ、それでいこう。えーと、ここの弱点は……」
こういった種類の景品が置かれている台では、四隅を狙う、ないしは押し出すと上手くいくことが多い。
ここもその例外に漏れず、箱の重みが集約している箇所は右斜めの隅といったところだろう。
狙う箇所は定めた。あとは正確にアームを操作し、ずらしていくだけだ。
「よし、こんなとこだろ。この辺りで……うん、まぁまぁだな」
俺と言えど一回の操作でゲットすることはできなかったが、確実に位置をずらすことはできた。
もう少し動かすことができれば落とせそうなので、あと一手をかけるために100円を投入する。
「今度はここだな……そこに引っかけられれば………うっし! 狙い通りだ!」
今度も狙い通り四隅をつかむことができた。そして勘も正しく働いたようで、重さが集中した点をずらされた箱は下に向かって落ちていった。
「はぁー……相変わらず見事なもんだな」
「そうでもねぇって。こんなもんは慣れだ、慣れ」
一部始終の様子を観察していた隆矢は感嘆するように声をかけてくるが、そこまで大それたことはしていない。
こういったものは、どうしても経験による積み重ねがものをいうのだから、年月さえ重ねてしまえば誰だって上達してくる。
………まぁ、こいつに関してはいくら経験を重ねても全く上達しないのだが。そろそろそういった類の呪いでもかけられているのではないかと本気で疑ってしまう。
「景品はこんなもんで十分だろ。あんまり取りすぎても今度は持って帰れなくなる」
「そのレベルの量を取れるお前が羨ましいもんだ。…でも確かに、一度両手に景品を溢れさせてたお前を見てるからな。ここは大人しく引いておこう」
隆矢の言っている景品を溢れさせたというのは、数か月前に共に遊びに行った際に起こったことだ。
その時は、久しぶりに友人と出かけていたというテンションの高まりも相まって、引き際を見誤ってしまい景品を乱獲し続けたのだ。
いざ帰ろうとなってから自分の荷物をふと見返してみれば、とてつもない量が積まれており少しの間思考が停止した。
その後、何とか袋に詰め込むことに成功し、少し余ったものに関しては両手で持ち帰ることにしたのだが………
帰りの道中での周囲から向けられる視線を思い出すと、二度と経験したいものではない。
特に、小さな子供から「あの人すごいいっぱいもってるー!」と言われたことには精神がえぐられた。
悪意があって言ったわけではないというのは分かっているが、無邪気な発言というのは時に明確な悪意よりも心を摩耗させるのだと思い知らされた。
そんなわけで、再び自身の羞恥心を刺激させたくはないので持って帰るものは適切な量を心がける。
「なら次はどうするか。音ゲーなんかもあるし、そっちやりにいくか?」
「いいな、それ! 今度こそ俺の腕前を披露してやるよ!」
先ほどまでの落ち込みようはどこへやら。一気に調子を取り戻した隆矢を適当にやり過ごしながら、クレーンゲームは切り上げることにした。
別のゲームであれば隆矢もそれなりにこなせるだろうし、俺も不得意というほどでもない。
今獲得したものを抱えながら移動することにして、慣れ親しんだゲームを探す。
そうして少し行ったところで、いつも俺たちのプレイしているものが見えてみたので、二人で勝負をすることにした。
「やるか……覚悟はできてるか? 戒斗」
「こっちのセリフだ。今日こそ勝ち越してやるよ!」
互いに闘志をみなぎらせながらにらみ合い、開始の火蓋を切った瞬間に全力でスコアを稼ぎに行く。
事前のクレーンゲームによって集中力が高められていた俺は、今までにないほどの調子の良さを実感し、この対決の結末を予感していた。
その後、無事にゲームも終了し、他にも店を回ってきたが、時間帯もいい具合に過ぎていたためこの辺りで帰ることにした。
……勝敗?俺が地に這いつくばることになったとだけ言っておくよ……
クレーンゲームの才能というよくわからない特技を持っている戒斗。
こういう地味だけど案外役立つっていうものって結構身近にあったりするもんですよね。
あと最後の勝負は必然的な結果だと思ってます。隆矢は多才なんでね(クレーンゲームは例外)。
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