第四十三話 記憶のどこかに
雪華Side
私が朝起きると、カイからメッセージが届いているのが目に入ってきた。
「『今日はログイン控えておく』…か。リアルの方で何かあったのかな?」
いつもは毎日のようにログインをしていたため、唐突にこんな文言を送られると少し勘ぐってしまいそうになる。
実際には生活リズムを崩すことの無いように、リアルの方も疎かにしないようにしているだけなのだが、そんなことは知るべくもない。
「どうしよっかなぁ……一人ならログインしてもすることないし……」
今日もレベル上げに興じるのもいいが、それでは間違いなく途中から単調な作業になる。
二人でやるならいざ知らず、一人ともなるとその流れに耐えられる自信がなかった。
「たまには出かけてみようかな! しばらく動いてなかったし!」
最近はもっぱらゲームに入り浸っており、体を動かすのも自宅で軽いストレッチをこなす程度だった。
これもいい機会だと考えて、外出の準備を整える。
「この辺りだと……あそこで何か新しいお店ができたって言ってたような……」
出かけ先の候補として真っ先に思い浮かんでくるのは、近所のショッピングモールか。
というか近所で栄えているのはあそこくらいなので、必然的に選択肢も絞られてくる。
ちょうど気になっていた店がオープンしたという情報も入っていたので、それを目当てに向かうこととしよう。
「そうと決まれば……早く着替えちゃおう!」
身にまとっていた部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットに収納されているものの中から気に入った服を選んでいく。
朝起きるのは苦手だが、この瞬間だけは楽しいと思える時間だ。
「これじゃないなー……こっちは……さすがに暑いか」
まだ早朝ゆえに気温はそこまで高くないが、さすがに今手に取ったものでは熱中症にもなりかねない。
しっくりくるものがなかなか見つけられず、結局最後に選んだものは着慣れている袖の短いブラウスになった。
「これでいっか。動きやすい方が都合いいしね」
上は決められたのであとは下だが、そこは適当なスカートを合わせればおかしなことにはならないだろう。
「よし、準備できた! 朝ごはんだけ食べたら行こーっと!」
そう言って自室を出てリビングへとつながる扉を開ける。
「おはよー! …ってあれ? 誰もいないじゃん」
てっきり母親がいるものかと思っていたが、リビングには人影一つない。
「おかしいな……ん?これって……」
部屋の中央に置かれている机。その上に何かが置かれていることに気づき、近くで見てみるとメモが残されていた。
「ほうほう……お母さん買い物に行ったのか。まだ朝早いのにすごいね」
メモを読むと、調味料が足らなくなったので買いに行ってくると書かれていた。
それくらいなら後ででも構わないような気がするが、なにぶん我が家の母は凝り性の人間だ。
一度気になってしまったことには解決するまで他に手が付けられないという人なので、今回もそのような経緯があったことは容易に想像できた。
「なら私もご飯だけ食べちゃおっと! お母さんも帰るの遅いだろうし……連絡は後でいいや」
とりあえずやることは決まった。父親は仕事だし、母親は出かけている。雪華に兄妹はいないので、今この家には自分以外誰もいない状況だ。
出かけることを伝える相手もいないし、戸締りだけしっかりしておけば問題ない。
「食べられるものあったかなー……パンでも食べていけばいっか!」
一応朝食になりそうなものを見てみるが、そこまで期待はしていなかった。実は昨日、夜に少しお腹が減ってしまい夜食として色々とあさっていたのだ。
母親に見つかれば大目玉を食らいそうだが、証拠は何も残していない………はずだ。
見つかった時のことなど想像もしたくないので、そういうことにしておこう。
それよりも今は朝食だ。探してみたが大したものは出てこなかったので、諦めてトーストを食べる。
「やっぱり焼き加減はカリカリにしないとね~。このくらいじゃないと食べた気しないよ!」
トースターを使って焼き上げたトーストの表面には若干の焦げ目がついている。少し焼きすぎな気もするが、これも彼女のちょっとしたこだわりだ。
「うん、美味しい! …そういえば髪も整えてなかったね。そこもやらなきゃ」
面倒くささは拭えないが、これも朝の身支度の一環だ。だらしない恰好で外に出ることを考えればしっかりと整えてからの方が良いので、きちんとやっておこう。
「よし、できた! 忘れ物も多分ないと思うし……今度こそ行こう!」
軽く鞄の中身を確かめたが、必要なものは足りていた。入れ忘れたものがあればそれまでだが、そうなった時にはその時に考えればいい。
「行ってきまーす!!」
誰もいない家に向けて出かけの挨拶を残しておく。意味のない行動かもしれないが、これも大切なことだ。
雪華の住んでいる家からショッピングモールまでの道のりは、およそ5分ほどで着ける。
今日は気持ちのいい快晴だし、せっかくだから歩いていくのもいいだろう。
「何か面白いものあるかなー? 楽しんでこよう!」
弾む気分と共に足取りも軽くなる。少し早足になりつつも、目当ての場所へと近づいていくのだった。
「着いたね! お店は二階にあったはずだから……あそこのエスカレーターで登っちゃおっかな」
ショッピングモールのドアをくぐると、夏休み中ということも相まってそれなりに混雑した様子だった。
目指している店舗は新装開店したばかりであり、この混み具合を見るとそこも人が集まっている可能性が高いかもしれない。
「やっぱり人多いねー。これだけいると移動するのも大変そうだけど……まぁ、何とかなるか!」
これくらいの事態は想定内だ。休みのシーズンなのだから、賑わうところに人が集まるのは自然なこと。
その時、時計を見てみると店のオープン時間が迫っていることに気が付いた。
「やばっ!? 急がなきゃ!!」
焦って走り出したため、足をもつれさせそうになるが何とか踏ん張り、人にぶつかることの無いように注意を払いながら足を動かしていく。
そうして駆けていく中で、一人の少年が目に入ってきた。
(……? あの人……誰かに似てる………?)
その男とは面識があるわけでも、話したことがあるわけでもない。
ただ、記憶のどこかに引っ掛かるような面影を感じたのだ。
(いきなり話しかけたりしたら不自然だし………あの人も迷惑でしかないよね。それよりも、今はお店に行かないと!)
だが、そんなことに気を向けている場合ではない。
再び足を早めて人混みの間をかき分けていく。
ようやく到着した頃には、雪華の頭からは先ほどの少年のことは抜け落ちているのだった。
雪華がすれ違った少年。誰なんですかねぇ…。
もうお分かりだと思うので言ってしまうと、戒斗と雪華でした。
お互いにリアルでの情報は教え合っていないので気づきませんが、なんとなくの気配で面影を感じ取っていました。
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