第三十六話 先天の振り抜き
店の横に併設されている扉をくぐり、庭に出る。
そこはかなりの広さが確保された敷地があり、少しばかり無茶をしても問題はなさそうだ。
中央には藁で編まれた的が鎮座しており、武器を試すには絶好のポイントだろう。
「立派な場所じゃないか。こんなスペースまであるのか…」
「もともと余ってた土地にちょっと手を加えただけだけどね。それでも、それなりの見栄えにはなってるだろう?」
ウインクをしながらビリアが補足をしてくる。口ではそれなりなんて言っているが、態度からよほどの自信があることが分かる。
「十分立派だよ。これだけのスペースがあれば武器の確認だけじゃなくていろんなことができそうだ」
少し考えるだけでも仲間内での連携訓練、対人戦の模擬線なんかも余裕でできる。
やはりここは鍛冶屋としての設備が十二分に整えられている。
「早速試してみてもいいかな? もう待ちきれないよ!」
感動しているカイの横では、短剣を手に持ったリンカが今にも飛び出しそうな興奮を全身から溢れさせている。
その様子を見れば、無邪気さを隠しきれない子供のようだ。
子供のようだが………抱えているものがものだ。
刃物を持って興奮している者……。字面では、完全に危ない人である。
彼女へのイメージとして、それでいいのかと思わなくもないが渡したのはカイである。今回に限っては文句を言える立場ではない。
なのであまり気にしないようにして、リンカを見守ることに徹する。
「おう! 存分にやってこい! 何かわかんないことがあったら聞いていいからな」
「よーし! やってくるね!」
的へと近づいていき、短剣の当たる位置まで来ると構えを取る。
「ふー………っ!」
切る方向、振り下ろす位置を定めると、そのまま真っすぐに短剣を振りぬいた。
「へぇ……!」
こうしてリンカが近接武器を振るう姿を見るのは初めてだったが、悪くはない。
センスがあるとでもいうのか、短剣は的の途中で阻まれることなく、最後まで切り裂くことに成功している。
当然、切った断面はガタついている面が大きいし完璧ではないが、初めてでこれならば十分すぎる。
「どうだった? できてたかな?」
「よく振れてたよ。ただ少し腕に力が入りすぎてたかな」
お世辞抜きに、リンカの剣筋は鋭さがあったので褒めていく。
改善点として挙げるならば、振りかぶった瞬間から腕に過剰な力が込められていたので、指摘しておく。
そこさえ治してしまえばさらに良いものになるはずだ。
あくまで護身用にと考えて渡したものだったが、これならより有効な手段として扱えるかもしれない。
まぁ当人のリンカは、戦闘の際には魔法の方を好んでいるので活躍の機会は少ないかもしれないが、備えておいて損もない。
そこから何度か試し切りを繰り返し、改善すべき点は指摘していく。
十分ほどが経過したあたりで一度店内に戻ることになったが、その時点でリンカの腕前は確実に向上していた。
「リンカの嬢ちゃんはすごいね! とても初めて短剣を持った人とは思えなかったよ!」
「そんなことないですよ! あれはカイとビリアさんの教えが上手だっただけですって!」
カイとビリアも助言は与えたが、根本となる資質は確実にリンカ本人が持っていたものだ。
謙遜する必要もないと思うが、やはり褒められて気恥ずかしくなっているのだろう。
「いやー……こんな気持ちのいいお客が来たのは久々だねぇ! 楽しくなるよ!」
「うーん…そのことなんですけど、なんで店の前に張り紙しかしていないんですか?看板とかがあればもっとわかりやすいのに……」
「お、おい。それは……」
カイは何らかの事情でもあるのかと思い、踏み切って聞けなかった話題をリンカが切り出した。
だがそれは正直気になっていた。これだけ武器の種類も品質も、ましてや設備まで整っているのだから、繁盛していない方がおかしい。
原因はひとえに広告不足だと確信しているが、なぜそれをしないのか………
ビリアの口から答えが出るのを待っていると、予想だにしていない言葉が返ってきた。
「え? うち看板つけてなかったっけ?」
「「……え?」」
想像の遥か上をいく回答に、二人はそろえて気の抜けた声を出していた。
「はー、なるほどねぇ。そりゃお客が来ないわけだ。はっはっは!!」
詳しく話を聞いていけば、なんとビリア達はちゃんと看板もつけていたと思っていたらしい。
この店が完成したばかりの時、看板の製作を依頼していた先が何らかのトラブルがあったようで、遅れてしまうと言われていた。
彼らもそれならば仕方がないと連絡し、看板が届くのを待っていた。
だがなんの手違いがあったのか、そこでこの店には看板を届けたというように受理されてしまったようなのだ。
そんなバカなと思ったが、実際に依頼先に確認をしてみれば届けたという記録だけがあり、現物がしっかりと保管されていた。
これに関しては完全に向こうのミスなので、随分とお詫びを言われた様だが特に気にした様子もなく笑っていた。
豪快というべきか不注意というべきか、迷うところである。
「けど何で気が付かなかったんだ? 依頼から相当な期間があっただろうし、おかしいと思わなかったのか?」
「あたしらも看板が遅れるって聞いてから、店前に置かれてない光景に見慣れちゃったからね……全く疑問に思わなかったよ」
両者の奇跡的ともいえる入れ違いによって発生したこの事故。何とか後始末はつきそうだが、それでいいのかとも思う。
「けどこれで、ようやく店らしく見えるんじゃないか? トレードマークともいえる看板が付けられるんだから」
「そうだね! 今まで以上に忙しくなりそうだ!」
これまでの失敗を取り返さんと言わんばかりに全身から熱量が出ている。この様子なら、何も心配はいらなそうだ。
「応援してますよ! こんな素敵なお店なんだから、繁盛するに決まってます!」
「ははは! ありがとね! あんたたちもまた来てくれよ?」
言われずとも、この店には訪れるつもりだ。これだけの店はそうそう見つけられないし、何よりも彼女たちの人柄を気に入っているのだから。
そんなこんなで、謎の閑散とした店の空気感も快方へと向かっていった。
リンカは割と何でも器用にこなせるタイプ。
今でこそ魔法職で定着していますが、近接戦闘の職業を選んでいたとしてもそれなりに戦えていました。
あくまで仮定の話でしかないので、今後も魔法戦闘の技能を伸ばすことに変わりはないですけどね。
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