第三十四話 受注と長話
ようやく整備を依頼することができた鍛冶屋で、俺たちは一時待機させてもらっていた。
最初はとりあえず店主と会わせてもらおう、くらいの心持ちだったのだが接客を担当している女性がとにかく話しかけてくるのだ。
彼女の名はビリアというらしく、ひたすらに話好きな性格だった。
はじめは俺たちの出会いから聞きたいというので話していたのだが、どうやら何かが彼女の琴線に触れたらしくそれはもう根掘り葉掘り聞きだされた。
「それでそれで? そこからどうなったんだい?」
「…別にたいしたことじゃないよ。ただ二人であの化け物を倒そうって誓っただけだ」
今も俺たちの中で、最初にして原点の誓いに関する話題を要所をかいつまんで話しているのだが……
さすがに、このおしゃべり好きに付き合っているのも疲れてきてしまった。
リンカも補足をしながら付き合ってはくれているが、それでもこっちの身が持たない。
言葉を交わしている間に気づいたが、ビリアは見かけによらずかなりの恋愛脳のようだ。
大方、俺たち二人が男女で行動しているのを見て恋愛関係と結びつけているのだろう。
その証拠に先ほどから黄色い悲鳴を上げているのだから、わかりやすい。
「やるじゃないか! あんたら良いパートナーになるよ!」
パートナーという言葉が嬉しかったのか、リンカは頬を緩ませているが、ビリアは間違いなく別の意味で言っているとカイは確信している。
(こういう反応が勘違いを引き起こしてるんだろうな……ただリンカも、好意で喜んでいることは合ってるから否定もしにくい…)
両者の間による認識の齟齬は、恋愛感情か友情かのどちらかというものだけだ。
それもなかなか区別する基準は曖昧なものだからこそ、無闇に否定することも難しいことが理解できてしまう。
(まぁいいや……特に困ることでもないし…)
カイは考えることをやめた。厄介な現実から目を逸らしたくなったわけではない。本当に。
そこからもビリアの追求が留まることはなく、おかしな勘違いが加速していくのを見ていることしかできなかったカイは、思わず溜め息を漏らすのだった。
大体30分ほどが経過した頃だろうか。ようやく話題が終わりそうだという時に、奥の扉が開いた。
「おーい、終わったぞー…ってお客か? いらっしゃい!」
現れたのは全体的に細身だが、体つきはしっかりとした男。頭にはゴーグルのようなものを着けており、作業着姿だったため何か鍛冶に取り組んでいたのだろう。
「久しぶりのお客さんだよ! 今まで私のおしゃべりに付き合ってもらってたのさ。あ、紹介するね? こいつが夫のアンギラさ」
「そうか、あんたらすまんかったな。こいつ話長かったろ? 昔っから話し出すと止まらなくてなぁ…」
夫婦であり、古い間柄ということがこの少しの間に伝わってくる。そして互いに信頼し合っているということも。
「別に構わないよ。なんだかんだで楽しかったしな。それで、整備を頼みたいんだが…」
「整備だな? 任せとけ! ちょうど雑用も終わったところで暇だったしな!」
頼もしい返事だ。武器を預けるためにカイの大剣とリンカの杖をカウンターの上に並べていく。
「こいつらを頼みたい。長いこと戦いっぱなしで消耗してると思うんだ」
「あー、こりゃ確かに損耗してるな。かなり耐久力も減ってるだろ」
やはり職人といったところか。一目見ただけで武器の状態を見抜いていく。
「可能なら、こいつらを回復させてやりたいんだがいけるか?」
「もちろんできるが……これなら手を加えるよりも、打ち直した方が早いかもな」
カイ達から見れば、そこまで目立った傷はないがアンギラ曰く、大剣は内部にダメージが集中しておりそれを改善するには全体を打ち直した方が良いらしい。
リンカの杖は、こちらはそこまで消耗はしていないが少し手を加えれば、付与効果を引き上げられるとのことだ。
それならば願ったり叶ったりだ。多少値は上がるかもしれないが、それで性能の向上が期待できるのなら文句もない。
それに今は、以前に倒した盗賊の報奨金でかなりの金額も持っている。特段払えないということもないはずだ。
「そうだな……なら打ち直しをお願いしたい」
「私の方もお願いします! ガンガン改造しちゃってください!」
「おう、最高の出来でやってやるよ! 少し時間はかかるから待っててもらってもいいか?」
無事に話もまとまり、ようやく話も進んでいく。
時間に関しては問題ない。もともとある程度、余裕をもってスケジュールを組んでいたのだ。
それでもここを見つけるまでに相当な時間をつぎ込んでしまったため、予定通りというわけではないが……
それは記憶の片隅に置いておくことにしよう。結果さえよければオッケーなのだ。
「待つのは大丈夫だ。どのくらいかかりそうだ?」
「そうだな……二つで二時間って感じか?」
それだけの時間ならば少し村で休憩していれば過ぎる程度だ。そこらでゆっくりと待っていれば良い。
「よし、それで頼む。俺たちは時間になったらまた来るよ」
「俺は作業に取り掛かるとするかな。ビリア、ここ任せてもいいか?」
「いいわよ。しっかりやってきな!」
とんとん拍子で作業完了の時間まで決まり、あとは待つだけとなった。
アンギラは武器を携えて奥のスペースに戻っていくのを見送った俺たちは、店を出ようとする…………が、なぜかビリアに力強く肩をつかまれている。
「えーと…ビリアさん? なんで肩をつかむんだ?」
「うふふ、早々に出ようとしたところ悪いけど……私も暇なんでね。少し話に付き合ってくれない?」
この時、ようやく俺は先ほどアンギラが言っていた「話が長い」という言葉の意味を理解した。
完全に逃げ場を失った俺たちは、作業完了の時間まで会話に付き合わされるのだった。
活きの良い話し相手と認識されたが最後、キリが付くまで終えられることはない。
普通のボリュームであれば特に嫌とも思わない、ただの会話です。…普通ならね。
彼女の放つオーラのようなものが嫌とは言わせないので、断ることは不可能。これ詰んでない?
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