第二十四話 毒と薬
鍋も食べ終わり、後片付けを進める。そこまで大した量でもないのですぐに終わらせられるだろう。
「しばらくあの味は忘れられないな~。ゲームの中とはいえ、あそこまでのものができたらほとんど現実みたいなものだよ!」
今思い返してみても、先ほど食べた鍋の味は鮮明に思い出すことができる。「レコダイ」の技術力の高さは知っているはずだったが、ここでもその圧倒的な完成度を見せつけられた気さえしてくる。
「印象に強く残ったしなぁ……あれを超えるものはそうそうできやしないさ。……っと、片付け終わったぞー」
話していたところでちょうど後片付けも終了し、残った荷物をストレージにしまっていく。
「さて、これで大体済んだかな。あとやることあったか?」
「ないと思うよー。少しゆっくりしよっか」
近くの岩に腰掛け、休憩の態勢に入っていく。しばしの間今さっき食べていた鍋の話題で盛り上がっていたが、カイが自身の体に違和感を感じた。
「……ん? なんだ…?」
そんな様子を不思議に思ったのか、リンカとオルタも会話を中断し視線を向けてくる。
「どうしたの? …どこか具合悪い?」
「……体調不良……?」
カイを案ずるかのように心配をしてくれているが、自身の違和感に気を取られてそちらに注意している暇がない。
(なんだ……さっきまで何ともなかったのに突然………体の感覚が安定しないというか……浮ついている感じだ)
安定しない感覚に戸惑いながらも、二人に不安ばかりかけていられないと何とか言葉を返そうとする。
だが、返せない。口から出るのはかすれた音ばかりであり、意思表示がかなわない。
「……かっ………はぁ……げほっ!」
喉に何かが詰まっているようだ。力を振り絞って吐き出そうとするが、出てきたものは………血の塊だった。
何が起こっているのか理解できない。なぜ吐血をしているのか、このまともに立ち上がることもできない感覚は何なのか。
「カイっ!?」
リンカ達もさすがに異常な事態が起こっていると思ったのか、こちらに駆け寄ってくる。
「大丈夫? 苦しくない?」
「……これは」
リンカは未だに力が入れられないカイに肩を貸して支えてくれている。
オルタは何か思うところでもあったのか、カイの食していた鍋を入れていた容器を見つめている。
「だ、大丈夫だ……これくらい少し休めば問題ない……」
「問題ないわけないでしょ!? ほら、とりあえず横になって…」
一喝され、抵抗する力も残っていないため、簡易的に敷かれたシートの上に素直に横になる。
「でもどうして……こんないきなり……」
「……リンカ、これを見て……」
そう言って見せてきたのは、食事で使った器だ。変わったところがあるようには見えないが、これがどうしたのか。
「器の端……この少しだけ残っている欠片があるでしょ……?」
「うん…これがどうかしたの?」
指をさして示されたのは、本当にごくわずかな量のキノコの破片だ。これがカイを苦しめている原因だというのか。
「……多分これは『カラタケダケ』の有毒部位………少しだけだったから症状は控えめだけど、それでも効果が出てしまってる……」
「なんでそんなものが入ってるの!? ちゃんと全部取り除いたはずなのに……」
調理の際の出来事を思い返してみても、不備はなかったはずだ。オルタのチェックもあったしそこで紛れ込んだとは考えにくい。
「……私も見ていたから取り忘れたとは思えない………考えられるのは取り除いた部位が誤って入ってしまったとか……」
そういうことならば、可能性もなくはないかもしれない。もし除去した破片が作業の途中で紛れ込んでしまっていたとしたら、それを見抜くことはほぼ不可能だ。
「私たちは特に何も起こってないし、カイだけが食べちゃったってことだよね?」
「……そのはず……遅効性の毒であれば、話は別だけど………」
二人が原因を究明している間にも、カイの具合は悪化していく一方だ。次第に呼吸も荒くなっていき、明らかに毒に汚染されている。
(呼吸も苦しくなってきやがった……ここまでリアルにしなくてもいいだろ……!)
胸に迫ってくる圧迫感、それに付随する三半規管の異常。ここにきてこのゲームの高い完成度が裏目に出てくるとは思ってもみなかった。
「大丈夫、カイ!? 本当に辛そうだけど……」
「さすがにきついな……ごほっ! ごほっ!」
途切れ途切れになりそうな声を絞り出すが、同時にせき込んでしまう。ステータスを見ればいくつかの状態異常が表記されており軽くHPも減少しているようで、状況が全く改善していないことを伝えてきた。
「HPも減ってる……すまんリンカ、俺はここまでだ…」
「やだよっ! なんでそんなことを言うの!?」
涙目になりながらカイを見つめるが、どことなく生気が薄い気がしてくる。
「絶対治してみせるから…! だからもう少しだけ頑張って!」
「リンカ…あぁ分かった。あと少し、耐えてみせる…!」
互いに決意を固め、全員が無事に生きて帰るための行動を開始する。ここから自然の脅威との戦いが始まった。
そして時は現在へと巻き戻る───
「まずは体内の毒をどうにかしないと……でも解毒薬はちょうど切らしちゃってる…!」
ここで最優先になるのはまず毒の分解。体力の回復を先に行ったとしても毒が進行してくれば意味がなくなってくる。
だが今はポーションの在庫がない。直前の盗賊の襲撃も重なって、補充する暇がなかったのが原因だが痛すぎる。
「ねぇオルタ、今ってポーションの予備は……ってどうしたの?」
この場にいるもう一人の『プレイヤー』に声をかけ、現状を打開しようとしたが彼女はその腰から下げていた鞄を下ろし、何やら荷物をあさっている。
「……これじゃない……これでも…………あった…」
ようやく目当ての品を見つけられたようで、自慢げに荷物を取り出した。掲げられたその手には、液体が入った小瓶が握られている。
「それはなに?」
「……これは自作したポーション……私の職業は第四段階の〈薬調師〉だから………ポーションも作れる……」
今まで聞いていなかったオルタの職業。〈薬調師〉は薬の生産に長けた職業であり、素材によってさまざまな効能を有するポーションが自作できる。
「……普段から常備しているポーション……あらゆる状態異常に効果があるから、多分治る……」
それは現状で何よりも欲しかった手札だ。いきなり解決のための突破口が見つかったかと思ったが、少し歯切れが悪そうにオルタが告げてくる。
「ただ………これは効果が出るまでの時間がランダム……完全な万能薬を作るためには…まだ私の実力では足りなかった……」
「ランダムって…どれくらいの差があるの?」
効果が発揮されるまでの間隔にもよるだろうが、そこまで使い勝手の悪いようには聞こえてこない。
「わからない……すぐに作用するときもあるし……一日経っても何も起こらないこともあった……」
それは確かに扱いが難しい。薬を処方される者からすれば、いつ治るのかもわからない治療薬を飲まされるのだ。結果によっては余計な期待を抱かせてしまうことにもなりえる。
「……ただ今回は……それでも必要な時だと判断した………そうでしょ…?」
「うん。可能性が少しでもあるなら、それに賭けてみたい」
リンカにとってはカイを治すことが最優先。それを叶えられる可能性があるなら、試さないなんて選択肢はない。
「だと思った……これはあげる……見返りも必要ない………」
「見返りはいらないって…でもそれじゃ…」
彼女の好意に甘える形になってしまうことがわずかな申し訳なさを感じさせる。もちろんそんなことを言っている状況ではないことは理解しているが、それでも感情は抑えきれない。
「…気にしなくていい……私もカイに死んでほしいなんて思っていないから……それに、リンカにもそんな悲しい顔をされたくはない…」
どうやら彼女はカイだけでなく、リンカの心も案じてくれていたようだ。そんな優しい心根に感謝しつつ、小瓶を受け取った。
「ありがとう…絶対治して、また三人でご飯食べようね!」
「……ん」
カイの近くまで駆け寄り、ポーションを飲ませるために一度起き上がらせる。見れば毒の巡りが早まっているのか、《鑑定》を使って確認してみてもHPはさらに減っている。
「これを飲んでくれる? 状態異常に効果のあるポーションだから…」
「あぁ…悪いな」
リンカからポーションを受け取り、飲み干そうとする。だがその直前でオルタが何かを思い出したのか、忠告を挟んできた。
「……そういえば……言ってなかったけどそれ…かなり苦いから……あまり一気に飲まない方が……」
そんなことを言っていたが時すでに遅し。瓶の中身を全て飲み干したカイは、そのあまりの苦みに悶絶していた。
「…! が、がはぁっ!? うおえぇ……」
「カ、カイーっ!?」
毒とはまた別の要因で死にかけることになったカイだったが、その元凶ともいえるオルタはどこ吹く風で佇んでいた。
いきなりピンチに追い込まれるカイ。果たして無事に治療ができるのか。
あと今回オルタの飲ませたポーションは、あらゆる状態異常に効力を発揮しますが〈怨霊の妄執〉には効果がありません。
一応ちゃんと理由もありますが、それはまた別の機会に話そうと思います。
面白いと思っていただけたらブックマークや評価もよろしくお願いします。




