第二十話 鍛冶の村
「アイレン」にたどり着いてから、すぐに感じたのは想像との違和感だった。
俺は最初、リンカがキノコ狩りに行きたいと言うくらいだから自然に覆われた神秘的な村をイメージしていた。
だが実際にはそんなイメージからは程遠く、村のあちこちから金属を叩くような音が聞こえてくる。鍛冶で有名な場所だということは知っていたから納得はできるが、やはりおかしさも感じてしまうのは俺が妙な先入観を抱いていたからだろう。
「とりあえず着いたけど、ここでキノコ狩りなんてできるのか? 明らかに別目的で来るようなところにしか見えないんだが……」
「間違いなくあってるって! ここの村長さんに聞いてみればわかるよ!」
念願の場所に来れたことでリンカの気分も高まっている。
どこか訝しげに思いながらもここで立ち止まっていても仕方ないのでリンカについてゆき移動する。
向かってきたのは他よりも少し大きめの家だった。全体的に金属で設えられた家は、エンリーフで見慣れた自然との乖離を思わせて面白い。
「じゃあ声かけるね? すみませーん、誰かいませんかー?」
ドアを叩き呼びかける。少しの間が空いてから中から応答があったため、無人ではないと知り安心した。
家から出てきたのはどこか気品を感じられる老婆。服装や身なりをそこまで着飾っているわけではないが所作の優雅さに感心してしまう。
「どうも初めまして。この村の村長を務めておりますパラカと申します。こんな辺鄙な村までわざわざ出向いてくださってありがとうございます」
深々と頭を下げて歓迎の意を示してくる。こっちも何も言わないのは失礼だと思い挨拶を返す。
「初めまして、自分はカイと言います。こっちはパーティメンバーのリンカです」
「初めまして、リンカです!」
軽く自己紹介を済ませてから少し意外だと感じていたことを尋ねてみた。
「えぇっと……失礼ですが、村長さんは女性の方だったんですね。勝手にこの村の雰囲気から男性が務めているものだと思ったので……」
実際ここに来るまでにも、見かけたのは槌を振るう男ばかりだったし女子供も見かけたが、この村は鍛冶を行う男を中心に回っているように見えた。
「あぁ、そのことですね。別に失礼でもありませんよ。ここに来られる方々は私が村長であることを不思議に思っていましたから」
聞かれることには慣れているのだろう。上品に笑いながらその理由も話してくれた。
「ご存じの通り、ここは鍛冶で広く知られている村です。その話題が広がるごとに村の者達もより良い物を作ろうと奮起して、技術を高めていったんですが……」
そこから先は少し話すのを躊躇っているようにも見えた。しかし秘密だから離せないというより、情けない点を見せるのが恥ずかしいといった感じだ。
「…村の男たちの技術は確かなものなんですが、なにぶん金勘定が疎かすぎたんです。品質に見合わない価格で卸したり、悪徳な商人から利益を奪われることもしょっちゅうだったんです」
重いため息を吐きながらパラカさんは語ってくれた。
確かにここで見てきた人たちは鍛冶一筋といった感じで、金に関しては無頓着そうだった。こう言っては何だが、経理といった細かい手順が得意そうには思えない。
「そんなわけで、鍛冶師に代わって作られた武器や作品の取引は私が請け負っているんです。情けない話ですけどね」
そういった経緯があったのかと腑に落ちた。パラカさんは見た限りしっかりしていそうな人だし、そういったお金に関する話にも厳しく対応できる人だ。こちらとしてもそういった人の方が信頼が置ける。
「ないとは思いますが、もし鍛冶師の誰かがご迷惑をおかけしてしまったら私にお知らせください。彼らは私には頭が上がりませんから、その時はしっかり反省をしてもらいます」
その一言を語る際のパラカさんの表情はとてもいい笑みだったが、体から溢れるオーラから逆らってはいけない気配を漂わせている。
「そ、そうなんですね。万が一そうなった時は頼らせてもらいます…」
「はい、遠慮なんてしないでくださいね。本当にあの人達ときたらわざわざ来てくださった人にも失礼な態度を取ったりと、迷惑ばかりかけてきて……」
これまでにも大変な苦労があったことが伝わってくる。そしてそのたびにこの人の怒りが下されていただろうことも。
とにかくあまり怒らせていけないことを理解したカイは当初の目的に関して触れていく。
「ええと、ここって鍛冶で有名だということは知っているんですが、周辺でキノコ狩りもできるというのは本当ですかね? うちの仲間がそう聞いたらしいんですが…」
「近くにキノコってありますかね!? ずっと楽しみにしてたのにトラブルに巻き込まれ続けてやっと来れたんです!」
リンカも息を切るかのように話す。よほど楽しみにしていたのか、道中ではそのような様子を見せなかったが、ここにたどり着いてから抑えきれなくなっている。
「キノコ狩りですか? もちろんありますよ。ただここに訪ねてくる人は鍛冶を目的とする人が多いですから、少し驚いてしまいました」
ここまで鍛冶を前面に押し出していれば、キノコ狩りに来る人もそうそう出てこないことは予想できる。
「…実はキノコ狩りができるという噂を流し始めたのは私なんです。この村にも鍛冶以外の魅力があるということを知ってほしかったんですが、上手くいかなくて……」
「えぇっ! そうだったんですか!?」
ここで、まさかの事実を告げられた。鍛冶で売り出している村の村長が、鍛冶以外の点を推しているなど想像もできないので当然だが、驚きは大きい。
「鍛冶だけではいずれ限界が来るのではないかと思い、いろいろと試してみたんですが……やはり鍛冶の村という印象が強すぎるのでしょう。…けれど今日、あなた達が来てくれたおかげで希望が持てました。ありがとう」
この人は本当に、自分の暮らしている場所を大切に思っているんだということが伝わってくる。そうでなければこんな行動は取れない。
「それならなおさら、期待が持てますね! これだけ村を大切にしている人が売りに出すキノコ狩りなんて楽しくないわけないですから!」
明るく言い放ったその言葉は、少し湿っぽくなってしまった雰囲気を入れ替えようという考えもあったのだろう。だがリンカのその声に勇気づけられたようで、パラカは最初と同じような笑顔を浮かべた。
「そう言っていただけると嬉しいです。…さて、こんなところで話ばかりしているわけにはいきませんね! 早速キノコが採れる場所に行きましょうか!」
すっかり気分も戻ったパラカは、案内を開始してくれた。ここまで来るまでに予想外の出来事が多すぎたが、その分期待値は高まっている。存分に楽しもうと考えてカイもついていく。
目指すは採取場所となる近場の森林だ。あの場で体感できることを思い、心を弾ませていった。
村を大切に思うからこそ、新たな糸口を見つけ出そうとする。
口で言うのは簡単でもそうやすやすとできることではないです。
パラカは村の経理の大半を担ってはいますが、全てではないです。
あくまで希望者の分を担当するって感じですね。
それゆえに職人たちはパラカに頭が上がらないし、それこそ問題でも落とせば恐ろしい事態になることは目に見えているので反抗することは少ないのです。
女性は強いんですねぇ。
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