第十九話 森のトラウマ
盗賊との戦闘の後始末を衛兵に託し終え、再び出発した俺たちは先ほど盗賊に絡まれた地点まで戻ってくることができた。
「ここまで無事に来れたな。さっきは散々な目にあったけどもうさすがに何もない……と思いたいな」
「まだ心配してるのー? もう何も起こらないって!大丈夫大丈夫!」
盗賊と出会ったのはリンカの建てたフラグが原因だったような気がするが……本人はとうに忘れている。どこまでも気楽だ。
「もしまた何か来るとすればまた草むらから……」
そこまで話したところで不意に背後から草同士がこすれる音がした。
「………うそでしょ?」
「またフラグ建てやがったな…」
さすがに無視して進むこともできず、音の方へ意識を向ける。徐々に近づいてくる存在に警戒度を高めているとそこに現れたのは───一匹のリスだった。
「…え、リス?」
「……か、かわいい………!」
予想の斜め上の存在が出てきたため一瞬思考が止まりかけるが、リンカはその愛らしい容姿に心を奪われたようだ。
「どこから来たの? 迷子になっちゃったのかな?」
「あまり近づくなよ。危険な生物じゃないとも限らない」
いくら可愛らしい見た目でも、危険性が減るわけではない。ゆえに油断せずにリスを見ていたがリンカはすっかり絆された様だ。
「この子がそんなことするわけないって。さすがに警戒しすぎ……ん?」
そんなリンカに寄り添ってくるリス。一見甘えているようにしか見えないが、どこか────噛みついているようにも見える。
「…………」
嫌な予感がしたところで《鑑定》を使ってリスの詳細を確認したところ、こんな説明が出てきた。
《パラリス・テイル》
鋭い前歯を有するリス。臆病な性格であり一見可愛らしい姿だが、その前歯には神経を蝕む毒がある。
「こわっ!?」
その文を読んだ瞬間に自身のそばにいたリスを投げ飛ばす。幸い嚙まれていたのは服だけだったので毒は受けていないと思うが、それでも嫌なものは嫌だ。
「すごい可愛かったのにあんなに残酷な生物だったなんて……鳥肌がすごい」
よほど恐怖を感じたのか全身をさすっているが、カイから見ればリスを一切ためらうことなく全力で投げ飛ばしていたことの方がよほど残酷だったようにも見える。
(まぁこの場でそれは言うまい。俺も投げ飛ばされたくはない)
指摘してところで待っているのは理不尽な暴力だけだ。それをわかっているカイはリンカの気分の持ち直しに注力するのだった。
「やっと落ち着いてきた……。けどしばらくはトラウマ確実だよ…」
何とか気分を持ち直してもらうことはできたが、それでも完全にとはいかなかった。克復するためにはそれなりの時間をかける必要がありそうだ。
「もう忘れたほうがいいって。あまり気にしすぎると余計に思い出しちまうぞ?」
「わかってるけど……、記憶にこびりついてるんだよ。あの光景が………」
青ざめた表情のリンカを見て、思わず苦笑いがこぼれる。これ以上は無理に刺激しても意味はないと思い話を打ち切った。
「そういえ頭から抜けてたけど、盗賊の懸賞金の配分はどうするか。倒した人数でいえばリンカが一番多かったわけだし、その分多く渡すか」
「主犯格を倒したのはカイなんだから、多くもらうのはそっちの方でしょ? 私なんて大した相手してないもん」
気分を変えようと出した話題だったが、互いに多く受け取るのはそっちだと主張するため収拾がつかない。それぞれの功績を評価しているからこそなのだが、それが仇となった。
この瞬間から二人の間で、どちらに報酬を与えさせるかの勝負が始まった。
「…やっぱりリンカが多くもらうべきだって。いくら大したことないって言ってもあれだけの人数と戦うのは相当な労力だったろ?」
先制をかけたのはカイ。戦った人数差というポイントを着実に攻め立て、一気に勝利も取りに行く。
だがそんな手は想定済みだ。リンカはあらかじめ用意していた手札を用いて冷静に切り返す。
「いやいや、今回ボスを倒していたのはカイなんだし、報酬を受け取ってるのもカイでしょ? 私が多くもらうわけにもいかないよ」
そう。この勝負で重要なのは懸賞金がかかっていたのは盗賊のボスだけだったというところだ。わずかにでもそれ以外の者達に懸賞金があれば話は変わってくるが、それもない。
それゆえにリンカは、自分は本来もらえるものではないと主張してきた。できればこの手を使わせる前に攻め切りたかったがその努力も虚しく終わった。
(やるな。だけどこのまま終わるつもりはないぞ!)
「…リンカだって同じパーティメンバーなんだから、受け取ってくれないか? 俺たちは対等な仲間なんだから」
「うっ……」
ここで攻め方を変えてみた。誰が誰を倒したかという話から論点をずらし、パーティとしての立場から切り崩す。
少しずるいような気もするが、その分効果は抜群だ。仲間というワードに弱い彼女の心も大分揺らいだようだ。
しかしそう簡単に譲るつもりはないようで、引き下がることはなく口撃は白熱していく。決着がつかないまま時間だけが過ぎていった───。
「埒が明かないね……。じゃあ、いつも通り金額を三分割して三分の一はカイ。三分の一は私。残りはパーティとして活動するための共同資金にするってことでどう?」
最終的にリンカが提案してきたのは、以前から俺たちの間で行っている分配形式だった。
これならば二人とも対等に受け取れるし、揉める理由もなくなる。
「そうしよう……なんかどっと疲れちまった」
「なんでここまで言い合ってたんだろうね…」
もはやこの言い争いのきっかけすら思い出せないが、くだらないことから始まったことは間違いない。
「なんでかもわからないけど……何だか無性に笑えてくるよ」
「ははは…まぁ無事に済んでよかったよ」
結果としてただの軽いコミュニケーションくらいに収まってたが、エスカレートしていればそれでは終わらなかったかもしれない。負けず嫌いな性格を考えれば十分にありうる。
ともかく話は終わった。カイ自身も覚えていないが、当初の目的であったリスに対するトラウマを忘れさせることも完了できたので良い。
そしてそこから十分ほど進んだ時、目的の村である「アイレン」に到着した。
報酬の押し付け合いとかいうわけのわからない状況。頑固なところは似た者同士。
途中に出てきたパラリス・テイルは神経毒を有しており、噛まれていれば吐き気・幻覚・平衡感覚の消失などの症状が出ます。
ただこいつはモンスターではなく、あくまで普通の動物なので《鑑定》の見え方も少し違います。
そんな気にするほどでもないですけどね。
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