第十四話 修練の成果
「それでは始めようか。ふむ…先ほどより良い目をしているな」
「はい。良い経験が得られましたので」
さっきの言葉はまだ記憶に焼き付いている。あの人には感謝してもしきれない。
「ならば良し…まず先ほどの模擬線で感じたことだが……お前は一撃の重みが足りていない。おそらく武器の、というより体の扱い方に慣れていないのだろう」
「体の扱い…ですか?」
「そうだ。これまでは腕の力を集約させて振るってきたのだろうが、そうではなく足の踏ん張り、重心、筋の支え方を意識するのだ。それができれば今までよりもはるかに高い威力を繰り出せる」
確かに自分の動きを振り返ってみれば、ただがむしゃらに振り回していた覚えがある。
「そもそも大剣というのは機動力を落とす代わりに一撃の重みを重視したものだ。弱点をカバーしようとするのもいいが、それで長所をおざなりにしていては意味がない」
「確かに……ということは、今日は力の入れ方を教えてもらえるということですかね?」
「ああ、時間は限られているがその中でお前に最適な動き方を教えてやろう」
そこから稽古が開始され、カイは大剣を持つ際の構え、振り下ろしのバランス、体全体を使った動き方を学んでいった。
やはり自分でも気づかぬうちに癖が身についてしまっていたようで、そこを修正してもらえたのは非常に助かった。
そして時々、どこかから視線を感じたため、何かと思ってみればバラドロスが温かい目を向けていた。何だか親に見られるような気分だったため少し気恥ずかしさもあったが、悪気はないと分かっているため意識はしないようにして続けた。
そして2時間ほどが経過したとき───
「よし、こんなものだろう。まだまだ教え切れていないこともあるが……時間を考えれば十分だ」
「もう終わりですか…。思ったより早かったですね」
自身の身になった時間はあっという間に過ぎてゆき、どこか物足りなさすら感じられた。
もちろんこれで全てが終わったわけではない。今日教わったことはあくまで付け焼刃でしかなく、これを糧とするためには日々の努力が必須だ。
「では、今日でお前がどれだけ実力を伸ばせたのかを試すとしよう」
そういってフォイルが手合わせの用意を進めていく。
「条件は先ほどと同じだ。儂は素手、お前は武器を使って行う。一度でもまともな攻撃を与えられれば良い」
条件は変わらない。ならばこの手合わせの結果で、カイがどれだけ成長できたのかがはっきりするだろう。
いつもなら、実力を示す場面だと少なからずプレッシャーを感じていた。だがそれはもうない。ここで得られた経験や言葉は、確実に俺の中の何かに変化をもたらしていた。
(気負う必要はない。ただ当てられれば、それでいい)
余計なことは考えない。ここで得たものをぶつけるだけだ。
「では……始めっ!!」
「っ!」
開始の合図がされた瞬間、カイは横なぎで攻撃を仕掛けていく。もちろんフォイルにそんな大振りの攻撃が通じるはずもなくすぐに受け止められてしまう……と思われた時、大剣の向きを切り替えて斜め下からの斬撃に切り替える。
「…! いい判断だ」
勢いを乗せたように見せた初撃はフェイクだ。自重はそこまでかけておらず、すぐに方向を切り替えるように調整していた。
(直線的な軌道だけじゃ見切られて終わる。本命の一撃以外はそこまで威力は出さずに油断したところを叩く!)
その後も何度か意識の隙を狙っていくが、当てられない。フォイルに狙いが感づかれ始めているのか、そこまで深追いはされずに軽いカウンターを返されるのみで反撃する瞬間が生まれない。
「…ひょっとして、気づいてますか?」
「さて、何のことだか」
確実に気づいているだろう相手に苦笑しながら、どうするべきかと考えを練り直す。
この手合わせで認められる条件はまともな攻撃をフォイルに当てること。
だが集中力を途切れさせる気配が見られないので、最大威力の攻撃を繰り出そうとすればその瞬間に止められて終わるだろう。
(どうするかね…。…そういえば、合格条件の攻撃は特に指定されていなかった。だとしたらこれでもいけるか…?)
ふと思いついたことは、少しグレーゾーンでもありそうだが明確に違反しているというわけでもない。やってみる価値はありそうだ。
(ならあとは……タイミングだ…!)
「何か企んでいる顔だな…。果たして儂に通じる代物か?」
「当ててみせますよ…! じゃなきゃ今日の経験が無駄になる!」
そういって大振りの横なぎで大剣を振るう。最初とは違い見せかけの一撃ではなく確かな威力が込められている。
「明らかな大振り…。かわしてくれと言っているようなものだ!」
当然、軌道は見切られ回避された。次の瞬間にはカイは強烈な反撃を食らい終了するだろう。
だがカイの攻撃はまだ終わっていない。自身のつかんでいた大剣をフォイルが回避した先に投擲していく。
「なっ!」
フォイルは予想外の方向からの襲撃に狼狽するが、大剣が届く直前に何とか弾くことに成功し、カイは大剣を失っただけで終わってしまった。
しかしフォイルも万全ではない。不意の攻撃を防ぐことに注力して体勢をわずかに崩してしまった。
それこそがカイが待ち望んだ瞬間だ。この機を逃すまいと先ほどの横なぎの攻撃によって生まれた勢いを利用して、渾身の回し蹴りを叩き込む。
「はあああああああっ!!」
「ぐぁぁっ!!」
防御の姿勢を整えようとするも間に合わず、フォイルはカイの攻撃を受けて吹き飛ばされた。
手合わせで無事に合格とみなされ、時間も遅くなってきたため帰ることとなった。
「今日お前に教えたことは、あくまで基礎の一部でしかない。それを身にするためには地道な積み重ねが不可欠だ。そのことを忘れるな」
「はい。今日ここで学んだことは忘れません。ありがとうございました!」
最後に礼をし、行くかと思ったとき聞き覚えのある声に呼び止められた。
「合格おめでとう、カイ君。もうお別れかと思うと寂しいけどこれが最後ってわけでもないからね。またどこかで会おう」
「バラドロスさん! あの時の言葉で焦りもなくなりました。これから強くなってみせるので、楽しみにしててください!」
「頼もしいね。そんなこと言われちゃったら楽しみにせざるをえないよ」
世話になった二人にそれぞれ言葉をかけられ、不思議と力がみなぎってくる。
「では行きますね。二人もまたどこかで!」
「気を引き締めてゆけよ!」
「またね。今度は一緒にご飯でも食べよう」
ここで紡がれた縁はどのように交わってゆくのかは、まだわからない。
「また強くなれた…。今度はどこに向かおうかな」
それでも、その時はそう遠くはないだろう。
「ところでお前、自分のことは話さなかったのか」
「ん? ああ、話していませんよ。彼のプレッシャーになったりしたら嫌ですからね」
カイが立ち去った後、フォイルはカイに話しかけていたバラドロスに語り掛ける。
「別に問題はないじゃろう。あの小僧ならばお前を上に見すぎることもあるまいて」
「それでも、ですよ。俺は若者が頑張ってる姿が見たいだけなんでね。それに……彼にはどうしても期待してしまいますから」
自分でも相当な立ち位置にいることを理解しているバラドロスは、普段からそれを吹聴することはない。
他者から聞かれれば話は別だが、自慢するような趣味はないのだ。
「第六段階まで至っておきながら、なんでそんなに引きたがるのか…。つかみづらい男だな、お前は」
『到達者』の一人である男は、そんな言葉に肩をすくめて返していた。
バラドロスの正体が判明。彼も『到達者』の一人でした。
彼の職業に関しては追々明らかになっていきますので、それまでお待ちください。
そしてここで、カイも成長のための糧を得ることができました。やっぱ技術って大事だよね。
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