第十三話 強くなるために
今のカイは珍しくリンカとは行動を共にしておらず、ある場所を目指していた。
この前の「堕哭の渓谷」での戦いで、今の自分に足りていないものははっきりした。
それは純粋な技術だ。戦闘における判断力や臨機応変な対応力などはこれから経験を積んで身に着けていけば良い。
だがリアルでは普通の学生のカイは刀剣類の扱いに関しては全くの素人であり、それは経験を積んでいっても容易く身に着けられるものではない。
なのでその弱点を克復するために、大剣の扱いを学べる場を訪れようとしているのだ。
「…ここか」
たどり着いたのは、どこか和風の趣を感じさせる道場だ。呼吸を整えて建物の扉を開く。
「お世話になります。カイと言います!」
「ん? おぉ! お前がカイか、話は聞いている。武器の扱いを学びたいのだったな」
出迎えたのは白髪の老人。だが歩き方ははっきりとしており、立ち振る舞いは隙を感じさせない。
「儂がここの道場の師範のフォイルだ。教えを乞いたいと来たからにはみっちり叩き込んでやるから覚悟しておけ!」
「はい、よろしくお願いします!!」
挨拶を済ませ、早速稽古が始まる。フォイルから木製の大剣を受け取り重みなどを確かめる。切っ先は丸められており間違って切ることもなさそうだ。
「さて、まずはお主の力量を試させてもらう。儂が相手となってやるから好きなようにかかってこい」
「わかりました。…行きます!」
上段の構えにしていた大剣を振り下ろしていく。全力とは言えないがかなりの勢いを乗せた一撃であり、容易に防げるものではないと思った。
だがそんな一撃をフォイルは冷静に見つめて、片手で受け止めた。
「っ!?」
「ふむ……軽いな」
そんな言葉を漏らすと一見乱雑に、しかし力の流れを読み切った動作で投げ飛ばした。
「どうした?もう終わりか?」
「まだ…っいける!」
そこからさらに攻勢に出るが、全てかわされるかいなされてしまう。
(実力に差があることは分かってたけど、ここまで遊ばれるとは……。けど俺は強くならないといけないんだ…! リンカに並び立つために!)
今日カイがここに来たのは、リンカの急成長を間近で見ていたことが大きい。どんな状況でも諦めずに食らいつき、自身の糧として強くなっていく相棒の姿は誇らしいものだ。
しかし、自分がこのままでいいのかという疑問も浮かんできた。彼女と共に戦うためには常に進み続けなければだめだと、そう思った。
だからこそ足りない点を補うために、この場を訪れた。強くなるための一歩を踏み出すために。
「はああっ!!」
「……! ほぅ…!」
そこに放たれた一撃はスピアカイリスとの戦闘を思い出させる一撃。正確に相手の弱点を狙った太刀筋はフォイルをして受けるのは危険と判断したのか回避された直後にカウンターを叩き込まれた。
「がっ…!」
肺から酸素が押し出され苦悶の声を上げるが、決して倒れはしない。
「ここまでだな。少し休んでいろ」
「あ…、ありがとうございます…」
しばしの休息を言い渡されたので体を癒していく。やはり、今の自分ではいくらステータスが高くてもそれが当たらなければ意味がない。それを思い知らされた気分だ。
だからと言って落ち込むことはない。課題が明確になったのならば、それを克復できればもっと上に進めるということなのだから。
反省に集中していたため、カイは自分に近づいてくる者に気づけなかった。
「や、こっぴどくやられてたけど大丈夫かい? その目を見る限り問題はなさそうだけどね」
「ええと、あなたは…」
声をかけてきたのは濃い目の茶髪の男。無精ヒゲが生えていたりと一見だらしなくも思えるが、その男の雰囲気によって大人の男だという印象を受けた。
「俺はバラドロス。一応『プレイヤー』だけど、こんなおっさんのことなんて覚えなくても大丈夫だよ」
「そんなわけにもいきませんよ。ちゃんと覚えておきます。…けどなんで俺に声をかけてきたんですか?」
道場の中には他にも稽古に励んでいる者達が数人いるため、他人がいるのは別に不思議ではない。ただわざわざ話しかけてくるのはどんな意図があったのか…。
「別に大したことでもないんだけどね。若い子が何か一生懸命壁にぶつかっていくのを見てたら気になっちゃっただけさ」
そこには純粋にカイを気にかけている感情が感じられた。特に何かがあったわけではないと分かるとカイも肩の力を抜き、会話に応じる。
「そうだったんですね。……実は最近、仲間と活動をしているんですけどその仲間が成長していくのを感じたら俺が置いて行かれている感じがしたのでここに来たんです」
なぜ初対面の相手にこんなことを話したのかはわからない。ただこの男から感じられる雰囲気は信頼できる相手だと思えたのだ。
「なるほどねぇ……確かに仲間が先に進んでいるなら頑張ろうと思えるのもわかるよ。でもさ、そこまで焦る必要はないんじゃないかな?」
「え?」
バラドロスの言葉に思わず疑問で返してしまう。これまでリンカと対等であるために、強くならなければいけないと思っていたから。だからこそ、その言葉は本当に予想外のものだった。
「強くあろうとすることはいいことだ。でも、君と君の仲間は別に全く同じ人間ではないんだから違いや差が生まれるのは当然のことだ。それに君の仲間は、カイ君が弱いからと言って仲間じゃないなんて言うような人間ではないだろう?」
頭を殴られるかのような衝撃だった。カイは強くあろうとしたが、別にリンカはカイが弱いからと言って見捨てるようなことはしない。逆の立場であれば自分だってそうしているのだから。
そんな単純なことにも気づけないほどに己の視界が狭まっていたのかと、思わず呆れてしまう。
「まあよくわからない他人の声だと思って気軽に流してくれたらいいさ。君がどうしたいのかは結局、君次第だ」
「いえ、おかげで目が覚めました。ありがとうございます!」
この人の声は大きいわけでも、響いてくるわけでもない。ただとても頭になじんでくる。年の功とでも言うのか、そこには確かな説得力が存在した。
「そろそろ稽古が始まるんじゃないか? ほら、行ってきな」
「はい、頑張ってきます!」
最後に礼をして話を終わらせる。既に気の迷いは晴れていた。
「カイ君か…。いい目をしているよ。ああいう子はつい応援したくなっちゃうね」
そこには年月を重ねた男の期待が残されていた。
バラドロスは端的に言えば渋めのイケてる男です。ブランデーとか似合いそうな感じ。
たまにはこういう達観した人もいいですよね。かっこよさがにじみ出てる。
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