第八話 残された想い
墓地での混戦を乗り越え、しばしの休息をとったカイは街へと歩みを進めていた。
「大分体力も回復してきたな。結構ポーションも消耗しちまったし全快とは言えないけど、今はこれで十分だ」
カイが自分の体力を確認しながら、回収した指輪を握りしめる。
「無事に指輪も取り戻せた。あの子からの依頼も大きな問題もなく達成だ!」
街への帰路に付きながら今日の出来事を反芻し、頼まれたことに不足がないことを再確認していく。
「って、普段なら10分くらいで帰れる位置のはずなのにやたら時間かかっちまってるな…。精神的な疲労がでかいから仕方ないか」
いつもより重く感じる体を動かしていく。
そこからまた時間をかけて街へと戻ることができた。
「着いたー……。ようやく完全に安心して休めるな…。いや、まだ終わっていないな。早くこの指輪を届けてあげないと」
気が抜けてそのまま座り込みそうになるが、依頼を完遂していない。
「もう日も落ちてるし、寝てるかもしれないけど…とりあえず訪ねるだけ訪ねてみよう」
今朝に女の子から暮らしている家は教えてもらっていたため、そこに向かう。
やはり夜ということもあり、人通りは少ない。道の通りには飲食店や娯楽施設が忙しなく動いており、それもまた営みを感じさせる。
そんな風景を見ながら、女の子の家の前に到着した。
家のドアを叩き、少し経つと女の子の母親らしき女性が出てきた。
「はい…、どちら様でしょうか?」
「突然すみません。実はこちらのお子さんから物探しを頼まれまして…それが見つかったので届けに来たんです」
女性は「えっ…」という言葉を漏らし、信じられないような視線を向けてくるがそのまま話を続ける。
「時間がかかってしまってすみません。できればこれをあの子に渡してもらっても…「ちょ、ちょっと待ってください!」……ん?」
いつの間にか話し込んでしまっていたカイに、女性は信じられないようなことを口にしてきた。
「確かにうちに娘はいます。けれどあの子は………一年前に亡くなっているんです…」
それはカイから思考力を奪うには十分すぎる内容だった。
少女の名はセルラといった。
彼女は生まれながらに病弱であり、ほとんどの時間をベッドの上で過ごした。
だが彼女は病に屈することなく闘い続け、懸命に治療に励んできた。
少しづつ、しかし確かに回復していく娘に両親も喜びある年の誕生日にはプレゼントとして淡い装飾の施された指輪を送った。
「はやく良くなって、一緒にいろんなところに出掛けましょうね」
周囲から見ればかわいそうな子供だという目を向けられることもあったが、その家族の中には幸福が満ちていた。
だが運命は彼女を逃してはくれなかった。
その一か月後、少女の容態は急変しなんとか命をつなごうとしたが努力も叶わず、亡くなった。
両親は亡くなる直前まで少女の手にあった指輪を彼女の墓場に共に埋めることを決めた。
両親の想いの込められた指輪と共にあることで、寂しくなることがないようにと……。
「…そういうことです。私たちも今まで、あの子のことを忘れたことはありません」
「……そうだったんですね」
母親から話を聞いていたカイは、今日の自分に起こっていたことを思い返しながらその顛末に思いをはせる。
「あの子のためにと置いてきたものでしたが、…こんなものは必要ないと言われてしまったんですかね」
「…それは違うと思います」
苦笑しながらつぶやいた母親の言葉を否定する。
「俺が今日出会ったあの子は、指輪が無かったことにとても悲しんでいた。指輪は墓地にしっかりと置かれていたのにも関わらず…」
「………っ」
あの子の話を聞いてから考えていた。本当に既に亡くなっているのなら、墓地に指輪は添えられていたのに、なぜ彼女は指輪を落としてしまったなんて言ったのか。
「多分、あの子にとっての居場所はこの家なんです。だから大切な指輪を取り戻してほしかった。薄暗い墓地に、一人ぼっちにはなりたくなかったんだ」
「…………セルラを一人にしないようにとしたことが、あの子を孤独にしてしまっていたんですね」
声を震わせる母親に、カイは何も言わなかった。何かを言っても意味はないから。
(セルラ……。あの子を笑顔にしたいと思って受けた依頼だったけど、結局笑顔は見られなかった。…けどなぜか、失敗したとは思えない)
セルラはもういない。しかしそれは俺たちが見えていないだけで、この場にはきっといるのだろう。本当の居場所に戻ってこれた彼女が。
(もしかして…最初に出会えたのは俺がアンデッドを引き寄せる《怨霊の妄執》を持っていたから……? ………いや、そんなわけがないか)
一瞬、自分に話しかけてきたのは自身の呪いに惹かれたからかと思ったがその考えを追い払う。
(あの子は家族の元に戻りたい一心で話しかけてきてくれたんだ。断じて呪いなんて邪なものに引っ張られたわけじゃない)
最初に見えた表情。あれは家族を想う者の顔だった。そこにはカイが介入できる余地など微塵もない。
「それでは、俺はそろそろ行きますね。指輪はしっかりと送り届けられましたので」
「はい、本当にありがとうございました。また私たち家族を引き合わせてくれて…」
カイは彼女の家を後にする。戻っていく道中であの指輪のことを思い出す。
(最後に見た瞬間、指輪が光った気がした…。あの子があそこにいたのかね)
そこまで思って、ログアウトのための操作を進めていく。処理が実行され世界から離脱する瞬間、どこかから「ありがとう」という声が聞こえた気がした。
この世界で魂のみの存在が意思をもって行動することはなくはないです。
職業の中にも〈死霊術士〉や〈霊従者〉といった、死者に触れることのできる者が存在していることからそれは明らかになっています。
アンデッドと魂のみの存在の違いが何かと言われれば、ちょっと説明が難しいのでここでは割愛します。
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