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3-2.ここにいるよ


 吹き抜けの天井ではくるくるとシーリングファンが回り、出窓から差し込む、やわらかな陽がレースカーテンを透かす。

 ここのレースカーテンの柄はいつ見ても不可思議で、透かす影は木漏れ日のように揺れる。

 その下でビーズクッションに身を沈ませて、ダメになりながら惰眠を貪るのもいいなと向けていた視線を戻し、ミルキィはキッチンに立つググへと向き直った。

 ぺたりと倒れていた獣の耳が立ち上がる。

 キッチンカウンターに座るミルキィは、カウンター上にノートと魔法書を広げていた。

 開かれたノートに書かれているのは、ここ『ハグレモノの隠れ家』に向かう際に使用していた陣。


「ググさんは、この陣をどう思う? あれから改良してみた消音魔法」


 ノートの向きを変え、作業の手を止めたググへと差し出す。タオルで手を拭いながら、んー、とググはノートへ視線を落とした。


「前に指摘されたとこを中心に見直してみたんだけど」


「うん、確かに。前に見せてくれた陣より少しだけ小さくなってるね」


「でしょでしょ! 特にここの文字並びとか、うまくいったんじゃないかと思ってんの!」


 ググの言葉に喜色を浮かべたミルキィが、みてみて、と陣の端を指差す。

 ふぁっさふぁっさと、椅子から垂れたミルキィの尾が振れる音が響く。

 指し示された箇所は、人でも読み解ける文字が並ぶも、その間に記号が挟まれている。

 その記号は、まるで欠けた隙間を埋めるように並べられたようで。


「――ジグソーパズルみたいだね」


 ググは顎に手を添え、感嘆の息をもらす。

 陣に用いられている文字は、人の国で扱われる文字と、魔族の国で扱われる文字の二種だ。それを絡め、並べ、複雑に組み合わせられていた。

 欠けた箇所をそれぞれの文字(ピース)で埋める、ジグソーパズルみたいな陣だ。

 埋め方が巧い。そう感嘆してしまうほどに、文字の並びが導く意味はきちんと成している。

 これはその二種の文字を読み取れるググだからこそ、陣の持つ魔法の効力を理解できた――そんな、複雑な陣だった。

 隙が少ないのだ。欠点になりうる箇所を異なる文字で補い合うことで、強固なものにしている。


「前にね、私の陣は耐久がないから、そこを突かれれば脆いよって言われて、確かにそうだなって思った」


「それで、二種の文字を組み合わせようと?」


「それもあるけど、陣に対する私の魔力伝導って、人の文字と相性悪いみたいで。かといって、魔族文字だけだと、私が意味を解すのにも時間かかっちゃって」


「魔法として行使するには、発動までに時間を要し過ぎちゃうのか」


「うん。それで、二種を組み合わせてみようかなって試したら――」


 ミルキィがググを見上げて、にひっ、と歯を見せて笑う。

 とても嬉しそうで楽しそうな、宝物をみつけてはしゃぐ子供みたいな笑顔だった。


「なんかうまく噛み合ったみたいで、私の魔法形態はこっち路線かぁって、攻めてみることにした」


 尾が持ち上がり、大きく振れる。

 そんなミルキィの様子を見ていると、ググも自然と頬が緩んだ。「そっか」と呟くと、ノートの陣の端を指差す。


「でもここと、それにここの単語」


「あ、意味が重複してる」


「そう。あとここの――」


「綴りが一文字多いね、なんで気付かなかったんだろう」


 ググの指摘に素直に頷き、ミルキィはペンを持つと書き直していく。

 飲み込みがとにかく早いなと、ググはまた感嘆の息をもらす。

 間違いはすれども、その箇所を指摘すれば、どこを間違えていて、どう直せばいいのかを瞬時に理解する。

 知識があるからか、頭の回転が早いからなのか。それとも、その両方なのかもしれない。

 さすがは知の一族と謂われる――ミルの一族だ。


「ぼくも教えがいがあるね」


 真剣な姿勢でノートと向き合うミルキィに、ググは楽しそうにふふっと笑った。





 キッチンカウンターの横にある扉が開き、集中していたミルキィは顔を上げた。

 そして、ふと辺りを見回し、本を片手に部屋から戻ってきたググに問いかける。


「そーいえば、ススは?」


 勉強のために『ハグレモノの隠れ家』に通い始めて数日。

 ここ最近はススの姿を見かけない日もあり、今日もまた彼女の姿はどこにもない。

 ググは手に持つ本を確認しながらキッチンカウンターへ入る。本をカウンターに置き、自分は戸棚の方を向く。


「ススは出かけてるよ」


 がららと棚の引き戸を開け、カップを二つ取り出して閉めた。


「でも、ここのところ数日ずっとだよね。もしかして、何か忙しい?」


「ん、なんで? とくに忙しくもしてないし、どちらかというと暇してる感じかな」


 カウンターにカップを置くと、今度はポットへ手を伸ばす。

 一度蓋を開け、湯気が立ち上ることを確認すると、ポットのお湯をカップへ注ぎ始めた。


「ハグレモノの隠れ家なんて言ってるけど、実はまだ、ここは準備段階のところなんだよね」


 こぽこぽといい音が室内に響き、もわっと湯気が立ち上る。

 ググはさっと棚からスティックココアを取り出すと、カップにそれを入れてマドラーでかき混ぜる。

 そして、はい、とカップの一つをミルキィの前に差し出した。


「――さて、少し休憩にしようか。今日はココアだよ。ちょっとダマできてるけど」


 柔和な笑みを向けるググに、ミルキィはぱちくりと金の瞳を瞬かせた。彼女の尾が落ち着きなく振れる。

 差し出されたカップを反射で受け取り、ミルキィは改めてググを見上げた。


「……ここって、お店とかそんな感じだったの?」


「店ってわけじゃないよ? なんていうか、サロン的なところ。で、今は開設のための準備期間ってところかな」


 ググはカップに口を付けてちびりとココアを口に含む。

 ふうと一息つくググに対して、ミルキィは自分のカップに視線を落とし、湯気をじっと見つめる。


「それ、初耳なんだけど」


 くっと視線を持ち上げた。


「サロンって、どんな――」


「ぼく達みたいな、ハグレモノの集まる場所。一人じゃないよって、繋がりを感じられるように。それと、もし支援が必要なら、その窓口になれるように。――それが、ハグレモノの隠れ家の役割」


 ググはまた、ちびりとココアを口に含む。

 こくっと喉を小さく鳴らして飲むと、カップをカウンターに置いた。


「ススが出かけてるのは、こんな場所をはじめるよって触れ回るため。つまり、仲間探しってところかな」


「……魔族って、私が知らなかっただけで、私達以外にも周りに居たりするの?」


「うん、いるよ。この地域にもそれなりに。ひっそりとね」


 ググはミルキィに背を向け、カウンターに寄りかかる。

 ミルキィは自身のカップを両の手で包むと、じんわりと手の平に伝わるカップの温度に視線を伏せた。

 視線は揺蕩うココアに落として、ぽつりと言葉を落とす。


「……そっか。私、自分に目を向けてばかりで、そのことに思い至りもしなかった」


 ググがちらりと顔だけでミルキィを振り返る。

 へなりと倒れた彼女の耳を見て、彼は静かに小さく苦笑した。その瞳はやわらかな色を湛える。


「だから、ぼく達は()()()()()なんだ」


 落ちていたミルキィの視線が持ち上がる。


「独りだと思っちゃう。でも、ひっそりとどこかに仲間は居るんだ。どこかで隠れてる」


「あ、だから()()()……?」


「そう、だからここは『ハグレモノの隠れ家』なんだ。――って、名付けはぼくとススの祖だから、由来なんて知らないんだけどね」


 肩をすくめて笑うググに、ミルキィは一瞬きょとりと瞳を瞬かせてから、彼に釣られるようにして笑った。


「でもそっか。ススが私に声をかけたのは、その触れ回り途中でたまたま見つけたお仲間だったからか」


 ふう、と息を吐きだして笑いを落ち着けたミルキィが、納得顔で一人頷く。少しだけ冷めてしまったカップを口まで運んだ。


「ん、それは違うよ」


 ココアを口に含む前に、ミルキィはググを見やった。

 ググは片手で持ったカップに口を付ける。


「ぼくとススは、もともとミルキィちゃんのことは知ってたよ。力になってあげて欲しいって頼まれてたから、ここに誘ったんだ」


「え、誰に……? ルカ?」


 カップを持ち上げたまま硬まるミルキィを、ググは首を傾げて見やった。


「その子のことは知らないけど、ぼく達にミルキィちゃんのことを頼んできたのはティア様だよ」


 ミルキィは今度こそ完全に硬まった。

 なぜここで、かの精霊の名が出てくるのだろうか。

 ググは硬直したミルキィを訝り、だが、そのあとすぐに、ああ、と声をもらす。


「もしかして知らないかな? ティア様は今代のシルフだよ。風のシルフって言えば、聞き馴染みあるかな」


 ――うん、知ってる。会ったことあるもん。

 と言いたかったが、声が絡まってしまったかのように、言葉が出てこなかった。

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