4 早々の試練
明らかに歓迎されていない。
卑弥呼が不機嫌そうに目をすがめて、眉をしかめている。
「ま、いいわ。梠宇が連れてきたのなら私も従う」
でも、と続ける。
「私はあなたを信じない」
そして、大海原を思わせる深い瞳をゆっくりと瞬かせる。
「まだ私にはあなたが”視え”ない。分かってくれる?」
「はあ・・」
・・・・何だろう、このおかしな空間は。お互いにお互いを望んでいないというどうしようもない状態だ。
詩季も帰る場所がないとはいえ無理やり連れてこられた身、卑弥呼も詩季がこの上なく邪魔。
双方にとって望ましくないのだ、これは。
「まあいいわ」
ふーっと物憂げにため息をこぼした卑弥呼は立ち上がった。
「あの、どちらに・・」
「どこでもいいでしょ」
冷たい声。はっきりと拒絶された。
「あなたはこの部屋で後片付けでもしてなさい」
そのまま出て行ってしまった。
残された詩季も詩季で憤る。
(信じられないのはお互い様よ。それを私が一方的に悪いみたいに・・)
ただ仕方ないのかもしれない、とも思う。
(私を信じない、と言ったときの目。・・・・あれは怯えだった、と思う)
詩季の才は真偽を確かめることなので断言はできないが、あの海のような瞳は間違いなく恐れや怯えを宿していた。
つまり、彼女もまた多くあるのだろう。信じていた人に裏切られたことが。
ふと周りを見渡す。相変わらず汚い部屋である。
(掃除しろって言っていたわね)
確かにこの部屋は片づけ甲斐がありそうだと腕をまくる。
まず、ごみと重要書類を仕分けるところからだ。
*
「ちゃんとやってる・・か・・し・・・・ら!?」
「あれ? 女王様」
それから一刻ほど経ち。まさに足の踏み場もなかった部屋が一気に片付いた。晴れやかな気分だ。
ちなみに仕分けるとき、今まで自分が踏みつけていた竹の書類が超重要な印鑑入りのものだったことに気付いたときには、悲鳴を上げそうになった。
しかしこの布やらお菓子やら、いろいろと混ざっていて詩季はもう半目になりながら片づけていた。無心、これ大事。
「な、なに。まあまあ綺麗になってるじゃない」
「はい。書類とお召し物とごみは分けておきました。ご確認ください」
「え、ええ・・・・って、加未羅ちゃんが捨てられてる!」
(かみら・・・・?)
卑弥呼が半泣きで引っ張り出したのは得体のしれない汚い物体だ。どうやら卑弥呼にはごみに名前を付ける癖があるらしい。
「あ、ご入用のものでしたか? すみません、ほこりまみれで埋もれていたので」
「あなた・・・・」
しれっと言い放つ詩季に卑弥呼がジト目を向ける。ちょっとだけ、意趣返しでもある。ちょっとだけだ。
「ま、とりあえず合格よ」
「えこれ試験だったんですか」
「当たり前じゃない。女王の側仕えなんて信頼できる者でないと」
ツンと顔を背けたまま言う卑弥呼に、詩季は頭を下げた。
「ありがとうございます」
いい人ではないし、というか女王だしうまくやっていける自信は全くないが、何とか頑張りたい。
詩季にはもう帰る場所がない。既に町を出る際に目立ってしまっている。放り出されたら困るのだ。
「雇われたからには精一杯勤めさせていただきます」
臆面もなく言い切る詩季に、卑弥呼もかすかにほほ笑んだ。
「気に入らなかったらすぐに追い出すから。精々頑張って頂戴」
*
そして、主従関係の成立とともに詩季は大量の木簡を渡された。
「・・・・これは?」
「仕事よ。私はいつどこで”視える”か分からない。だからいつでもいいように記しておくのよ」
「分かりました」
・・・・・・・・・・。
そして、そこからは無言。ものすごく居心地が悪い。
「・・・・はぁ」
卑弥呼が大仰にため息をついた。まさか”視え”たのではないかと身体が緊張する。
「ああ、違うわよ。あまりにも暇だから、何か話してあげようかと思って。ほら私、慈悲深い女王様だし?」
「・・・・」
ゆるりと身体が脱力する。何を教えてくれるのかと身構えた。
「神力については聞いたかしら?」
「はい。那斗様から聞きました。
どうやら、才を使うための力だとか」
「そう。あなた神力量はどうだった?」
「多いと聞きました」
「そ。もったいないことね」
卑弥呼までにも言われてしまった。だが、彼女は続ける。
「神力というのは生まれつき備わっているものだけど、ある程度の年齢にならないとうまく扱えないの」
「なるほど」
「で、あなたいつから才を使えていたの」
いつからだろう。詩季は考え込む。物心ついた時から使えていた気がする。
「・・・・」
黙り込んでしまった詩季はに、卑弥呼はため息をつく。
「神力を無意識に使えて、しかも覚えていないくらい幼い頃から使っていたのね。ほんっとにもう、うらやましいわ」
「す、すみません・・」
なんだか申し訳なくなってしまう。そうだった、卑弥呼は「先読み」の才を持っているが、その才はコントロールできないのだった。
「あ、そうそう。私が思うままに才を扱えない、ってこと周りに言わないでね。
―ーあなたの首が飛ぶから」
「ヒッ」
冗談ではなさそうだ。
「それといくら役に立たない才持ちでも、周りに言い触らさないように―ーま、あなたなら大丈夫でしょうけど」
そうだった、連れてこられてからけなされてばかりだったから忘れていたけど千人に一人もいないほどの特殊な能力なのだった。
「代々、才持ちは家系で遺伝的に現れるとされているわ」
「つまり・・私も?」
朧げになった父母の顔を思い出す。優しい人たちだったが、才持ちではないはずだ。
才持ちは詩季のように、王の侍女などのそこそこすごい仕事に就ける。まあまあ豊かな暮らしだってできる。
だが、詩季の記憶では心は暖かかったものの貧しかった。
「・・・・しかし、私の父母が才持ちだったとは思えません」
「・・そういうこともあるわ。先祖返りっていうのもあるかもね―ーーー事実、私の両親は才持ちじゃなかった」
「!」
詩季は、卑弥呼がかすかに覗かした切なさのにじんだ顔に驚いた。彼女たちの親がどうだったのかは分からないが、かなり苦労したのだろう。
「才は遺伝的に引き継がれることが多いわ。でも、あなたのように才無しの親から才持ちが生まれてくることがある。・・・・つまり逆もしかり」
・・・・なるほど。詩季は理解した。
「この国の要人はみんな才持ちだけど・・、まあいるのよね。親の才を引き継がなかったどころか、神力すら持たない子供が」
つまり詩季は彼らにとって憎い存在であるというわけか。だが千人に一人しか生まれないと言われているのだから、才持ちになれなくても仕方ないのではないか。その疑問を伝えると卑弥呼は
「ま、でもそういう家に生まれた以上――ってことらしいわ」
と言った。家の重圧とか面目とかそういうものなのだろうか。
「安心して。あなたのことは秘されているわ」
卑弥呼の言葉にふっと力が抜ける。この機会に、と詩季は疑問に思っていたことを尋ねた。
「才とか神力とかって全部、八百万の神が与えるんですよね? なら別に遺伝的な必要は無いのでは・・・・?」
卑弥呼は目をそらした。
「神々に選ばれた者が使えるのなら、才持ちは自由に神々が選んでいるってことで・・」
「そう。そうなのよ。そのはずよ」
卑弥呼がややバツが悪そうな顔になる。
「ただ、八百万の神も面倒くさがってるのか家系的に才を相続させればいいって考えてるのよ」
「それは・・」
「八百万の神が才を与えた最初の人々は、さすが神に選ばれたというべきかみな素晴らしい人々だったのよ。心根も、思考も。だから神々はその子孫も同じような人間だと思ったらしいんだけど・・」
いくら先祖が素晴らしくても子孫はそうじゃないこともある。八百万の神の誤算だろう。
「だから才を代々受け継いできたわけじゃない才持ちは、そういう家柄の者たちから恨まれやすいのよねぇ」
「それは女王様もですか?」
「私は大丈夫よ。なんせ女王だしね。最強の才『先読み』を持っていたら認めざるを得ないでしょ」
ただ、と卑弥呼はその神々しい笑みを崩さずに言い放った。
「私は大丈夫だけど―ーもしあなたの存在が分かってしまったら、ひどく憎まれるでしょうね。
それこそ、命を奪われんばかりに」
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