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3 最高権力者

「詩季ちゃんは無意識に才を使っているんだねえ」

あの事件の後、気絶した男をどこかに連れ、再び馬車は動き出した。のほほんとした雰囲気に戻っているのが詩季にとっては恐ろしい。

「え? みなさん普通なのでは」

あっけからんとそう言うと、那斗から引きつった笑みをもらった。


「誰もそんなことできないよ、神力を大量消費してしまう」

どうやら詩季がやったことはすごいらしい。でもやっていることは嘘を発見するというしょぼい代物だ。


「俺に仕えてもらうと言ったが、君の主は俺じゃない」

梠宇が相変わらず眉間にしわを刻みながら言った。

「えっ、そうなのですか」

「何を嬉しそうにしている」

じろりと睨め付けられるも詩季はびくともしない。


「だが言っておくが、その主は俺よりも面倒だ」

「えっ」

覚悟しておくんだなと無表情に言われる。

「まあ、会えば分かるだろう。・・っと着いたか」

ガタンと馬車が揺れる。今度はちゃんと目的地に着いたらしい。


降りろ、と促されて梠宇の手を借りて降りる。

と、そこには。


とてつもなく大きな屋敷があった。とにかく広く、豪華である。

(こんな大きな家、誰のお宅?)

詩季は不審に思う。だが思い当たるのは一人しかいない。――そう、この国における最高権力者の。


「ま、まさか・・」

「そのまさかだ」


梠宇はその屋敷にずかずかと入り込み、とある部屋の前で立ち止まった。

「入るぞ、姉さん」


彼が扉を開けるとそこには、20代前半と見られる若い女性がいた。目元はよく梠宇と似ている。見慣れないのは特殊な化粧と、身にまとう純白の服くらいだろうか。


「詩季といったな」

梠宇がこちらを見据える。

「これがお前の主となる俺の姉の――――女王・卑弥呼だ」



「姉に向かって『これ』ったら酷いわ、梠宇」

女王は軽く眉をひそめながら梠宇を叱っている。神々しいオーラに包まれているまごう事なき美女だ。


「仕方ないだろう、この惨状を見たらそう思う」

梠宇の視線の先には、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

散らばった木簡、たまった埃、得体の知れない怪しげな物体。

要は、とてつもなく部屋が汚いのであった。


「仕方ないでしょう、忙しかったんですもの」

「一瞬で汚れる部屋が可哀想だ」

梠宇は呆れた顔で頭を抱えている。苦労人の一面がうかがえた。


「で、この子は?」

卑弥呼は詩季に気付いていたらしい。改めて相対するが、美人であるとは思うものの、この国の為政者に向き合っていると言う感覚は無い。というのは詩季が図太すぎるだけだろうか。

「姉さんの新しい侍女だ」

詩季を連れてきたのにも合点がいく。梠宇はきっと、この部屋をどうにかしたいのだ。


だが卑弥呼は露骨に嫌そうな顔をした。どうやらこの女王自由気質(マイペース)で他人に口出されるのが我慢ならないタイプだ。


「才持ち? ちゃんと働ける子じゃないと困るのよ」

「ああ。嘘が分かるという才を持っているらしい。」

「嘘が分かる、ねぇ」

卑弥呼も詩季の才を役に立たないと思っている様子だ。


「先ほども御者の嘘を見破ってくれた」

「まあ、御者に裏切り者がいたの!? 無事だった?」

卑弥呼が血相変えて梠宇に詰め寄る。それまでのゆったりとした感じとは大違いだ。

そういえば、と詩季は思い出す。情報が少ない女王だが、弟がいるというのは耳にしたことがあった。だが、両親がいるとは聞いたことがない。もしかしたら、この姉弟は二人きりで生きてきたのかもしれない。


あと、と梠宇が付け足す。

「掃除ができるらしい」

「採用」


・・・・もっと粘ってほしかった。

こうしてあっけなく詩季はこの邪馬台国の最高権力者、卑弥呼に仕えることになったのである。昨日までは嘘を見破るとかいう怪しげな商売をしていたというのに。

どうしてこうなった。



「私は卑弥呼。この国の女王よ。好きなことは散らかすこと、嫌いなものはお片付け。よろしくね」

「卑弥呼の弟、梠宇だ。いつもは政治補佐、外交、軍事、穀物管理、視察、才管理、公衆衛生などを司っている」

「ちょっと情報量が多すぎるんですが」

そもそも突っ込みどころがありすぎてどうすれば良いのかもはや分からない。分かったのは梠宇が苦労人だということくらいだ。

詩季は梠宇にほんのわずか、爪の先だけ同情した。詩季を脅すようなやり口と、その巧妙な手段に心の底から腹が立っていたが、姉が強烈すぎて薄れた。

もっと気品があって清廉な感じを想像していたのに、見た目だけは想像と似通っていたものの中身は全く違う。


「し、詩季です。よろしくお願いします」

詩季は頭を下げた。じわじわと実感が湧いてくる。まさかの女王だなんて。そしてその女王がこんな有様だったなんて。


「うまくやってくれよ、姉さん」

「私をなんだと思っているの」

卑弥呼の目には呆れのようなものが浮かんでいるが、これも愛情なのだろう。


(いいな)


「おい、おい・・詩季?」

気が付いたら顔を覗き込まれていてのけ反る。だからその暴力的な顔面はやめてほしいのに。

「なぁに、就職初日からぼんやり? 先が思いやられるわ」

卑弥呼が不機嫌そうな顔を隠さずに言う。


「姉さんもそう仰らず」

梠宇がたしなめる。


「す、すみません・・・・」

詩季の考え事が良くなかったようだ。しっかりしなければと気合を入れなおす。


「で、君。まず君には文字を覚えてもらう」

「文字?」

梠宇がううん、と咳払いして説明してくれる。


「元来、この国には文字というものがなかった。どこの国でもそうだ。まあ大陸の向こう側は文字でにぎわっているらしいがな」

だが、と梠宇は誇らしげに胸を張る。

「だが数年前、最近になってようやく文字が開発された。それからはお触れや重大発表などは文字を使うようになった。」

「は、はい。存じております」

この国の民ならだれでも知っていることだろう。


「君には姉さんの侍女だけでなく、別の仕事もある。姉さんの『先読み』の手伝いだ」

「手伝い・・・・」

正直、嘘が分かるという才は役に立たない気がする。才持ちが連れてこられた意味とは。


「そう。姉さんが”視た”未来を記録する、単純な作業だ。それまでは姉さん一人が全部やっていたが・・」

「私、そんな面倒くさいことできないの」


・・・・なるほど。大体のことは理解できた。だが。

「文字の読み書きはできますよ」

途端、二人とも目を見開く。いくら詩季が貧しく見えたとしても少し舐めすぎではではないか。

自分は一体どう見えていたのかとちょっとだけ悲しくなった。


「そ、そう。教えてくれた人がいたのね」

卑弥呼が晴れやかな笑みを浮かべて言う。文字を教える手間が省けて嬉しいようだ。もちろんそれは、自分が面倒なことをせずに済むから。

「はい。役人だったのでしょうか、その人がお礼にと教えてくれました」


だが、覚えるのはかなり大変だった。文字と、話している言葉が連動しているとは分かっているものの、新たな言語が入ってきたようなものなのだ。あのときは何の意味があるのだろうと思っていたが、今こうして役に立っているらしい。


「まあ、覚えているなら助かった。じゃあ俺は行くから仕事に励め。・・・・姉さん、頼んだよ」

「ええ」

卑弥呼がしっしっ、と追いやるように手を振る。弟に対して雑じゃないかと思うも、こういう姉弟なのだろう。


「さて」

女王がこちらをくるりと振り向いた。神聖なまでに輝かしい美貌だが、

『ようこそ。歓迎するわ、詩季』


酷く歪んだ言葉が聞こえた。



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