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2 馬車での受難

ガタゴトと馬車に揺られている。

正直、帰りたい気持ちでいっぱいだ。

(こうなったのも全部、この男のせいなのに・・!)

キッと睨み付けてもこちらを見ようともしない。その余裕さもまた鼻につく。

(とはいえ、してやられたのは事実)

まんまと脅された。本当に悪い笑みで。しかし完膚なまでにやられたので、詩季は認めるほかないのだ。


あれから、梠宇と名乗った男は他の部下らしき人々の前に詩季を連れて行った。

「梠宇様! 那斗を探しに行ったきり戻られないので心配しておりました」

「すまない。・・ところで長老、この娘を見てくれないか」

そう言って詩季を老人の前に押し出した。梠宇の部下たちはみんな「え、こんな心配したのに謝罪は一言だけ??」という顔をしている気がする。


「ん? こんな小娘、一体・・・・って才持ちですな」

おおと周りがざわめく。そして、長老と呼ばれた男は詩季に手をかざして目をすがめた。


「へえ、ほうほう。初めて見る才ですが、言葉を司るものかと」

「言葉か」

確かに、嘘を見破るというのは言葉に関わるものだ。

長老はひげを手でなぞりながら言った。

「ただ神力は多いですな」

「そうか。・・神力が・・」

「まあ割とありふれていますが、才持ちがいて良かったですのお」

あ、ありふれてる・・。ここまで脅迫拉致誘拐で連れてこられたというのに・・。

詩季は声にならない声を出す。那斗が笑いながら話しかけた。


「才持ちは珍しいからね。人口の一厘(0.1パーセント)もいないと言われている。みんな喉から手が出るほど欲しいんだ」

梠宇が詩季に言ったのも理解できる。才持ちはそれはそれは高値で売れるのだ。だからこそ、詩季はついてきたのだ。あの屈辱的な脅迫に。



そもそも『才』とは、選ばれた者にしか現れない特殊な能力である。

元来、この大地に八百万(やおよろず)の神がいたという。八百万の神は名前の通り、あらゆるところにいた。花から排泄物まで。人々はそれらに、「花の神」「排せつ物の神」と名付けて敬ってきた。


そして、才はその神々に選ばれた者に与えられるのだ。神から与えられた力、「神力」を使って才を発揮させることができる。だがその神力も量が少なければ才をうまく扱えない。


そして詩季は、神力は多いものの才が雑魚、という宝の持ち腐れ状態らしい。


「で、その娘を一体どうなさるので?」

「連れて帰る」

尋ねた長老に対して即答で答えた梠宇に、長老がギョッとする。

「梠宇様、確かに才持ちは珍しいですが何もこんな庶民の女・・」

(いいぞ、もっとやれ)

詩季は心の中でひっそり、いや大胆に長老を応援した。

梠宇に従うようになるなんて、詩季には屈辱だったのだ。


「いや、これは決定事項だ」

だが梠宇は手強かった。詩季をちらりと見、ふっと笑う。お前の思う通りにはさせないと言わんばかりの腹が立つ顔だ。だが、詩季はそれに歯噛みすることしかできない。

「お前、掃除はできるか」

もしこの唐突な質問の意味をよく理解していれば、詩季は間違いなく“歪んだ”言葉を言っただろう。

「・・? ええ、人並みには」

「そうか。なら問題は無い」


そうだろう? と梠宇が長老を見た。長老は呆気にとられていたが、やがてうなずいた。

「それに、俺の顔に何も反応しなかった。そういう者はめったにいない」

「ほぉ・・。この国の至宝とも言われる梠宇様のお顔に・・・・!? まあ、それなら・・」

詩季の最後の砦であった長老はあっけなく詩季を認めてしまった。だが、それよりも。

(それ、わざとやっていたのか・・・・!)

あの()()()()女全員を落としてそうな仕草も、全て詩季を試すものだったらしい。



確かに詩季は顔で全てを決めるわけではない。むしろ顔がいい奴は人格に問題があると思っている。そして今回も例外では無かったというだけだ。

(顔がいい奴には裏がある。もう二度と忘れない・・)

ふと憎々しい梠宇から視線をずらすと、那斗が屈託ない笑みで手を振ってきた。那斗もまた、小動物を思わせる幼い顔立ちだ。だが十分に整っている。

(まさか、那斗も・・)

梠宇の部下たちはなぜか、美形ぞろいだ。つまりは全員裏があるということか。

そんな詩季を知ってか知らずか、この集団の中でも上を行く男が言った。

「さあ、新たな職場に行くぞ」



そして、今に至る。

馬車の中では那斗が一方的に喋り、詩季が梠宇をにらみ、梠宇がむっすり黙るという光景が繰り広がっていた。


「それで梠宇様ってば、実は脳筋でさぁ、クマを殴り殺しちゃったりするの」

「・・止めろ、那斗」

(歪んでいない。ってことは本当のことなのね)

正直少し、いやかなりドン引きである。


「それでこの前は飛んでいた蜂を――」

梠宇の話をなおも続けようとする那斗を外からの振動が止めた。

「まだ目的地には着いていないはずだぞ」

梠宇が怪訝そうに眉を顰める。扉を開けると、御者の男が顔をのぞかせた。


「失礼いたします、道が今混んでいるようなので、迂回しても良いでしょうか」

ひょっこり外から中に顔を出した状態で御者が話す。

「・・混んでいる? この道が?」

「はい。でもご安心を」


『必ず、目的地には着きますので』


声が、歪む。

この男は、嘘をついている。

詩季は息をのんだ。


「そうか、ならば好きに・・――」

御者の口元も一緒に歪む。


「なぜですか?」


「なぜ、あなたは嘘をついているのですか?」


「・・は?」

馬車内に沈黙の時が流れる。


「あなた、私たちを送り届ける気がありませんね、」

”歪んで”いる。”歪む”言葉は聞いていて心地いいものではない。

「は、何を」


「! くそっ」


瞬間、御者の男が何かを持って突き刺そうとしてくる。きらりと輝くそれは、刃物だ。ひゅっと詩季は息を飲む。


「余計なことを喋りやがって・・・・!」

と男は詩季に刃物を振りかぶり、そのまま心臓に一突き・・


とはならなかった。


ゴスッという鈍い音が鳴ったかと思うと、詩季を襲おうとした男は沈んでいった。

詩季はその音の根源を見上げる。


「あーあ、またやっちゃった。梠宇様、相手は一応武器を持ってるってこと忘れないでくださいね」

「・・大丈夫だ」


この男、本当に脳筋だったらしい。


「・・・・それにしても、誰の差し金だ」

「まあ、候補は山ほどいますけどね。帰ったらこれの黒幕捜しからですか」


とそこで梠宇は思い出したかのように詩季に目をやった。

「ありがとう、君がいなければ俺たちは死んでいたかもしれない」

(いや、あなたがいれば死ななそうでしたけど)


無愛想な彼が、出会って初めて笑顔を見せた。

「これでますます働いてもらいたくなった」

「暗殺者候補が山ほどいる人のもとで働きたくはありませんが」


詩季のその発言はさりげなく無視された。



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