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1 詩季という少女

「いらっしゃい!」

あちこちで客を得ようと声を張り上げる店主たち。どの店も「自分の店以外、全部敵」であるがゆえに、必然的に全体の声量は大きくなっていく。


「うーん、石三つだね」

「なんで。二つでしょうが」

自分の品物の価値を上げようと粘る者、それを渋る者。


まさに社会の縮図と言っても過言ではない、というのはちょっと過言だろうか。

少女は腕をだらりと力なく伸ばし、ぼんやりと空を見上げていた。何もない。


一昔前は定住せずにゾウやらイノシシやらを追いかけていたというのだから、ずいぶんと生活は楽になったのだろう。

西の方の、とてつもなく大きな鬼が住んでいるという噂の大陸から稲作が伝わり、日々の飯に困ることも少なくなった。

だがその代わり、店での光景のような地獄が始まったわけである。人々は自給自足で暮らすのを面倒くさがって、「交換」を始めた。物々交換である。そして――



「詩季ちゃーん」

そして、ここに変わった「物々交換」をする者が一人。


「はい。いらっしゃいませ」

先ほどまで無の表情で空を見上げていた少女――詩季(しき)という名だ――は、大事な客を逃すわけには行かないと背筋を伸ばした。そして、本人的には一番の微笑みを浮かべる。引き攣っているようにしか見えない。


「どんな言葉を判定しましょうか」


客はまなじりをつり上げ、そしてずるずると片手で若い男を引きずるように連れてきた。

「それがね、詩季ちゃん。こいつが家に忍び込んで、炊きたての飯を根こそぎ食っていったんだよ」


――*――

そして、「交換」が上手くいかないと貧富の差が生まれる。人々は争いを起こす。争いには強い者が勝利し、その者は自らを「王」と名乗った。

だがそれも所詮腕力。一部の人間にしか備わっていない特別な超能力――『才』を持っていた者だとしても、それは所詮暴力に過ぎない。

よって、王が死んだ後はまた争いが始まる。そして新しい王が生まれる。さらにまた争いが起きる。人間の悪しき習性によって、この連鎖はずっと続くものだと思われていた。


しかしその争いを暴力でなく、いやむしろ清々しいほど圧倒的な暴力で鎮め、王になった人物がいる。

「先読み」の才を持って生を受けた女王、卑弥呼(ひみこ)である。この邪馬台国(やまたいこく)は現在、ずば抜けた才を持つ卑弥呼のおかげで存続している。

――*――


さて、先ほどの怒り心頭のお客様に

「あら、それは大変ですね」

と返す少女は神聖なる女王・卑弥呼――――ではない。卑弥呼の恩恵を受けた邪馬台国で暮らすごく普通の、いやちょっと貧しい少女である。

ただし、『才』持ちの。


「僕じゃ無いっすよ・・。僕はただ、家に穴が開いていて不審に思って覗きに来ただけで」

「あんた以外考えられないんだよ! 怪しすぎるあんたじゃなかったら一体誰だって言うんだい!」

「いやだから怪しい人影は僕――」

「何を言い訳してんだい!」

詩季の店の前で言い争っている二人。だが、詩季には伝えなければならないことが一つ。


「あ、あの奥さんすみません。」

詩季は両手を挙げた。このポーズ、どうにも詩季が降参しているように見える。なんだかいただけない。


「この人、正しいこと言ってます」



詩季は才を持っている。といっても分かる町人はいないだろう。理由は簡単。詩季はその才のことを隠しているからだ。まあ、こんな才を前面に出すような商売をしている時点で隠すも何も・・だが。

しかし、目の前の命の危機と遠い未来のそれとを比べたとき、人はみな目の前の命を掴み取るだろう。詩季はもれなく前者を選ぶ派だった。


「え、ホントかい!? じゃあ誰なんだい」

「だから僕がさっきから言っている青い麻布を着た男! その男が穴から出てきて足早に去って行くから、気になって・・」

男の言葉には何一つ“歪み”がない。


「・・本当のようですね。奥様、そのような男に心当たりは?」

「青い麻布・・。・・もしかして・・・・度企(どき)・・」

「ほらぁ! 僕じゃないでしょー」

見事罪は晴らされたようで何よりだ。


「ありがとうね、詩季ちゃん。ハイ、これがお礼の山菜だよ。炒めてお食べ」

度企に怒鳴り込みに行かなきゃと鼻息荒くする客は、冤罪をかけられた男に謝罪するなり去っていった。


「あ、僕からもありがとう。何かあげられるものは……」

「構いませんよ、お客はあの人だったわけですし」

勝手に犯人扱いされた挙句にお礼のものまで払わなければならないのは辛いだろう。


「うーん、でも今度お礼させて!」

青年はどうしても納得がいかないらしい。詩季ははあ、と曖昧に返事した。

「ところでさ、」

青年は目を爛々と輝かせて身を乗り出した。


「君って嘘かどうかの判別がつくの?」

「そうですね。一応それで生計を立てていますし」

詩季は青年の急な圧に慄きながら答えた。

「それは才?」

『どうでしょうか。多分違うでしょうね』

とんだ嘘だ。詩季はこの能力が才であると理解している。

詩季が持つ才はその人物の言っていることの真偽が分かるというものだ。何か上手く表現できないが、嘘の言葉は歪んだ響きになるのだ。


「きっと才だよ! 素敵な力だね」

男は興奮したように話す。

「僕は(あるじ)のお供として来たんだけど、もし良ければ主からお礼を・・――」


那斗(なと)。急にいなくなったかと思えばそこで何をしている」


振り向くとそこには、あきれた表情の男がいた。往来を歩く婦人たちがキャッと黄色い悲鳴をあげているくらい容姿が整っている。

梠宇(りょう)様!」

那斗と呼ばれた男はニコニコと笑う。

「僕が飯泥棒と疑われていたのを、この御仁が助けてくれたんですよ!」

那斗の主らしき男と詩季の目が合う。真正面から見つめられると思ったより顔面の破壊力がある。


「そうか。・・感謝する」

端的に一言。そして那斗に帰るぞ、と告げる。

「あ、待ってくださいよ! ・・それでですね、実は」

那斗が目をキラキラと輝かせながら言った。


「しかもこの方、嘘が分かるっていう才持ちなんですよ!」

・・誤魔化していたのにしっかりとばれていたらしい。


ピシリと男が固まる。そして、いきなり詩季の手を握った。詩季はぎょっと後ずさる。


「ちょっと何・・――」

「俺の側にいてほしい」

「えっ」


横目にあちゃあと那斗が頭を抱えたのを見るが、詩季にそんな余裕はない。

「そ、そんな急に言われても困ります」

「そうですよ、梠宇様。ちゃんと説明してあげてください」

そうか、と男はつぶやき顔を上げた。

「君が必要だから、俺に仕えて欲しい」


「いやそうじゃなく」

全くこの男は性質が悪い。詩季じゃない女に同じことをしていたら、うっかり無意識に落として惚れられるだろう。美醜を気にしない詩季だったから良かったものの。


『・・少し考えさせてください。また今度、お返事をいたしますので』

誘いを断るときの常套句だ。詩季は自分の言葉が“歪む”のを感じた。これで信じ込んで帰ってくれるだろう、この自分の顔の価値も分かっていないようなチョロそうな男は。


「そうか、また今度・・」

顔だけ男は納得したような素振りを見せた。

そして、楽しそうな声音が上から降ってくる。


「だが、俺が今ここで君を才持ちだと吹聴すればその『お返事』もできないかもな」

詩季はサッと血の気が引いた。男を見上げると、それはそれは悪い顔である。

(してやられた・・っ)

心の中で叫ぶも、もう遅い。


「君が才持ちだと分かったら、この治安の悪い街では君自身が『売リ物』になるかもな」

図星だ。そこに詩季が才を使った商売をしておきながら才のことを隠していた所以がある。


「・・・・騙すのは良くないのでは」

「騙す? それならば君の才の力で分かるだろう。いつどこで俺が君を騙していた?」

詩季はきっと唇を噛んだ。だがどうすることもできない。


「再度言うが・・俺に、仕えてくれるか」


詩季にはこの男を睨み付けることしかできなかった。

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