公子の憤懣
「可笑しいとおは思わぬか。あのような場所にあのようなものが幅を利かせていようとは。」
宮殿に帰り着くなり、金英は傅役の香宣明に愚痴をこぼした。
宣明は溜息を吐く。
いくら明国侯の嫡子とはいえ、金英はまだ十一歳である。
東街は確かに、龍王国でも有数の色街ではある。東街の有り様を嘆くのは悪いことではないが、些か時期尚早に過ぎよう。
「殿下はその様なことを考えずとも、父上がきちんと考えてくださいますよ。」
とは流石に言えないが、毎日愚痴を聞かされれば辟易もする。
「殿下、世の中には不要と見えるものでも、実はそうでないものもあります。もう少し大人になれば、見えて来るものもあるはず。」
その言葉に、金英は宣明を睨みつける。
「ではそなたは、父上が母上を顧みられず、あのような場所にお通いになるのを正しいと言うのか。」
「それは…その…」
宣明は口ごもる。確かに、一国の国主が遊郭に通うというのは外聞が悪い。
「父上の側近は何をしているのだ。何のための後宮ぞ。」
国侯は、龍王宮の規模とまでは言わずとも、後宮を持つ。現に、明侯宮の後宮には百人を超える女がいる。
「父上に申し上げる。」
そもそも、父が遊郭などに通うということは、金英の母である明侯妃・香蘭桂の立場がない。父は母に後宮も揃えられぬ女と恥をかかせていることになる。
明侯・香明英には金英以外の息子がいないのだ。それが、母の責任になるではないか。
「公子、閣下のお叱りを受けますぞ。」
「構わぬ。」
抑えようとする宣明を払い除け、金英は父のいる正殿に向かった。