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海の王  作者: 鳳紫苑
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海を渡れなくなった世界の物語

「退屈だなあ。」

店先の番台に座って欠伸をしたのは森俊良(しんしゅんりょう)

歳は十五で、明国最大の港町・明渡(めいと)で宿屋を営む森俊貞(しゅんてい)の一人息子である。


俊貞は老舗の宿屋として有名な森亭(しんてい)を営んでいる、と言えば聞こえはいいが、裏では遊郭の集まる明渡東街の顔役でもあるのだ。


俊良はその、東街の中央にある、明燈楼(めいとうろう)という店の店番をさせられている。

昼間から女を買う男はいないではないが、やはり暇には違いない。


あまりに退屈なので、軒先で木刀を振ってみた。


父・俊貞は苦い顔をするが、俊良は武人になりたい。商人が馬鹿げたこと、と皆は言うが、なりたいものはなりたいのだ。


俊良には武人に憧れがある。それは明渡・警邏庁(けいらちょう)の長官、儀栄育(ぎえいいく)に憧れているからだ。


明渡には賊が多い。東街は特に襲われることも多いのだが、奪われるのは金だけではない。時には女まで奪ってゆく。


海に近い街は、特に畢鼠(ひっそ)が出る。彼ら海の賊で、異国から来るという。


その賊を取締まるのが巡士で、その長である栄育は明渡の英雄である。もとは、龍軍にも属していたことがあるという剛の者で、明渡東街のような裏町にも気を配ってくれる。


俊良がえい、えいと気合をつけて木刀を一心に振っていると、明燈楼の二階の窓の一つが開いて、のそりと男が顔を出した。明らかに酔いの冷めぬ、どこか呆けたような顔で俊良を怒鳴る。


「おい、糞餓鬼。朝から煩いぞ。」


俊良はまたか、と二階を睨む。男は客ではある。しかもかなり長く、滞在している。

昨日も、人を集めて夜中まで宴会をしていたから、午前にもなってこの有様なのであろう。


客なのだから俊良が悪しく思う道理はない。しかし、俊良はこの男が嫌いである。


見た目の年はまだ、若い。が、その若い男が、毎日女を買い、呑んだくれる日々の、何が良いのであろうと思う。


そんな男を無視して、俊良は木刀を振り続ける。


「最近の餓鬼は客に対する礼儀も知らん。」


男はブツブツと文句を言っている。

そんな男を背後で女が呼んでいる声が聞こえる。昨日買った女であろう。


まったく、陽が昇ってから妓楼の女と戯れるなど愚の骨頂だ。俊良は呆れて、溜息をついた。


「嫌なら出ていけよ。」


敢えて聞こえるように言う俊良に、男はふふん、と鼻を鳴らした。


「お前の親父が聞いたら泣くぞ。」


男はにやにやと笑う。確かに金を払えば誰でも客。客は神だと父は言う。しかし、そういう、矜持の低い生き方が俊良は嫌いだ。


「お前も栄育様を少しは見習えよ。」


俊良は吐き捨てるように言って男を睨む。


「栄育?」


男は、少し考えて、ああ、と言った。


「警邏庁の長官か。」


明渡の若者にとって、儀栄育は英雄である。さすがに、この怠慢な男でも聞いたことはあるようだった。


「この前も鼠を捕まえたんだ。俺は見たぞ。鬼みたいな厳つい畢鼠を鮮やかな剣技で捕まえるのを。」


俊良はうっとりと語る。


いつだったか、俊良は栄育に直接頼み込んだ。警邏庁の雑兵にして欲しいと。


雑兵は正規の兵卒ではなく、下働のようなものだ。つまりは卑賤の下男と変わらぬ。それなりの商人である森家の息子が雑兵などあり得ぬ、と一喝されたが、それほど、俊良は武人になりたかった。金を払えばどんな人間も神のように扱う父の如くにはなりたくなかった。


男はにた、と笑った。


今まで俊良はこの男に数々罵声を浴びせて来たが、男が嫌な顔をしたところを見たことはない。いつも薄ら笑いを浮かべ俊良を見る。それが、俊良には癪に触る。小馬鹿にされているような心持ちがするのだ。


この男がどこから来たのか、俊良は知らぬ。ぼさぼさの髪に、うだつの上がらない風体。いつもにやにや笑っているような表情。そして、取り留めのない、躱すような口調。とりわけ印象に残るのは、藍色の瞳。


このような瞳の色は珍しい。


もしかしたら、この男は異国から来たのかもしれぬ、とふと俊良は思うことがある。

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