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5.親という存在

「……梢。ちょっと、話したいことがあるんだ」

「どうしたの」

「僕たちはどうやら、だまされたらしい」

「……え?」


 梢は率直に、目を丸くしていた。同時に灯も、言葉が強すぎたかな、と思い直す。


「あの子どもたちを見て。……みんな、チップとやらが入ってない」

「ほんとだ」

「あとは、みんな……表面には見えなくても、分かる。何らかの要因で心に、身体に傷のついた子たちだ」


 チップは対応する機械にきちんと認識させるためか、だいぶ体表面に近いところに埋め込まれているようだった。それは刑事だという片岡さんを見てもそうだし、そこに来るまでに見てきた大人たちもそうだった。外からそこにチップがあると分かるほど。だから灯は、子どもたちがみなチップを持っていないとすぐに分かった。


「地上人類が抱えていた問題の一つに、児童虐待がある。そうするに至った理由は様々だけれど、親が無責任に子どもを産んで、邪魔になったから粗末に扱うようになった、っていうのが多かったみたいだね」

「うん……そうだね」

「僕はそうやって、不遇に生まれてきた子どもたち、そしてそれをいい大人に見つけてもらえた子たちが、ここに集められているんじゃないかと思うんだ」

「私たちも、そう判断されたってこと?」

「そういうことで、いいと思う」


 世の中には身体にチップを埋め込まれるのを嫌がって、持ち歩いている人もいる。片岡さんはそう取れる言い方をしたが、あれは嘘だった。おそらく今の地上人類にとって、チップを身体に埋め込むというのは義務。埋め込まれていないということは、その子に何か特殊な事情がある証拠になるのだろう。そして初対面の大人に対しては子どもはなかなか本当のことを言わないから、あえて嘘を言うことで、真実を導き出そうとした。


「……心外だよ。カタオカさんには、僕たちが親に虐待されている――いや、そもそもその程度の存在だとしても、僕たちに親というものがいると思ったのかな」

「親がいない子どもなんて、地上人類ではめったにいない……ってことじゃない?」

「ということはやっぱり、今生きている地上人類はおおかた、僕たちの知る昔の人間と同じような生活を送っている、って認識でいいのかな」

「そうじゃない?」


 灯と梢には、親と呼べる存在はいない。いや、二人だけではない。地下人類に親という存在がある話を、灯は聞いたためしがなかった。

 地下人類――もっとも、地上に出るまでの灯たちは、自分たちしかいないと思っていたから、人間そのものなのだが――は、十五歳になるまでカプセルの中で眠って過ごす。何も見えない、真っ暗闇の中で過ごす十五年間だが、本人たちにとってはそれに見合うだけの知識を入れ、身体を大きくする時間であり、また母親の胎内と同じで自ら認識することはできない。知識として、自分たちが十五年そうやって過ごしていることを知っているだけである。


「……しかし、親なんて非効率な存在に、いまだ頼っているとはね。こうして、親に恵まれなかった子どもたちも一定数出るのに」

「もっと、親がいた方がいいって言える理由があるのかも。私には、分からないけど」

「あるのかな? 今僕たちの目の前に広がる光景が、何よりの証拠だと思うけど」


 灯の言い方はとげとげしいものだった。灯の疑念は変わらない。地下人類は、地上人類がいないものだと思っていた。それが実は生きていたのだから、何か裏があるに違いない、というわけである。


「カタオカさんのやり方は分かるけどね。もしも僕たちが虐待されていて、命からがら家を飛び出した子どもなんだとしたら、ああいう現状の聞き出し方は間違いじゃない」

「どうするの? ここにずっといることが、私たちにとっていいとはあまり思えないけど」

「どうしようかな」


 何か裏がある。だからこそ、自分たちが地下人類という、今この状況においては特別な存在であるということを、できるだけ隠さなければならないと灯は思っていた。幸い服はそれほど違和感のないものだから、身ぐるみをはがされることさえなければ問題ない。が、このまま心に傷を負った子どもたちと一緒にいれば、いつかはお風呂に入る時間とやらがやってくるはずだ。身体を溶岩に変化させられるために、汚れをいつでも洗い流せる灯と、身体をスライム状に変形させられるために、身体が汚れるという概念がそもそもない梢。体験したことのない未知の行為である入浴は、恐ろしいものだった。


「まさかこういう形で危機が訪れるとは、思ってもみなかったね。知識でしか知らなかった入浴、か……」

「どうするの」

「できればその時間がやってくる前に、ここを抜け出したいね。今後のこともあるし」

「……地下には帰らない?」

「帰るって言っても、梢は嫌だって言うでしょ」

「そうだね」

「カタオカさんに今後会わないとは言えないし、できれば穏便な方法でここを出たいんだけど」

「何か策はあるの?」

「……ないね」


 そもそも被虐待児だと思われている時点で、まさか抜け出そうと企んでいるとは思わないだろう。それを油断と呼ぶかどうかは疑問だが、その思い込みを利用して上手くいなくなれないだろうか。灯はそう考えていた。

 思えば、地上にやってきてからイレギュラーなこと続きだ。そもそも、梢が地上への行き方を知らなければ。梢が地上に行きたいと言い出さなければ。あるいは、梢と出会うことがなければ。灯は十五歳になってカプセルを出れば、あとは大した意味のない生活を繰り返して、あらかじめ決められている相手との子孫を残して、死ぬ。何の意味があるのかと考えてはいけない。元から灯が灯でなければならない理由はない。たとえ溶岩を操れる人間離れした力を持とうと、人間の遺伝子を残し続けることが唯一の目的であり、それさえ達成できるなら誰でも構わない。最悪人の形を保ってなくともよい。そんな話を、灯は当たり前だと思っていた。

 今こうして地上に出てきたことで、何か変わるのだろうか。灯と子孫を残すはずだった人は今、どこで何をしているのだろうか。あるいはまだ『生まれて』いないかもしれない。そんな『いつもと違うこと』に期待したり、楽しめたりするほど、灯は楽観的ではなかった。


「どうしたの、そこの二人。何だか、他の子とは違うみたい」

「……え?」


 灯はそうして、ついいろいろ考え込んで、周りが見えなくなってしまう癖があった。だから自分たちのことをじっと見つめて、様子をうかがう女の子がいることに気づかなかった。


「もしかして……ここでは言えない?」

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