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4.車で連れられて

「すまないね、困っている人を見ると、助けずにはいられなくて」

「ありがとうございました! 助かりました!」


 店を出ると、開口一番男性がそう言った。灯がどう反応するか考える間に、梢がにこにこして答えた。灯の慎重な行動など無意味だ、とあざ笑うかのように。

 灯が怪しいと思うのはいくつか理由がある。もちろん見ず知らずの自分たちを、ただ助けたくなったからという理由で助け、お金まで払う人がいるか、と考えたのもある。灯は地上の知識などほとんどないまま上がってきてしまったが、それでも分からないなりに理解しようとはしていた。男性がどうやら自分たちのパンケーキ代を代わりに払ってくれたらしいというのも、理解した。だが一番怪しいとは思ったのは、助けたのが男性であるということ。


「君たちはチップを持っていないのかい?」

「私たち、地下……ふぐっ」


 地下から来たんです、と言おうとした梢の口を慌てて灯はふさいだ。梢の軽率な言動に、灯は肝を冷やす。

 地下には、男性という概念がそもそもなかった。少なくとも灯は食べ物を買いにシェルターの外に出るが、すれ違う人はみな女性。人間の種類として男性がいることはもちろん知っていたが、自分のいる場所には女性しかいないということを肌でというか、感覚で灯は理解していた。女性どうしで子孫を残すという仕組みも、本能的に知っていた。だから初めて見た『男性』という生き物に、単純に驚いていた。


「いろいろありまして。チップを持っていないんです。すみません」

「ああ、なるほど。埋め込み型ではないのか」

「はい、そうです」


 意味はよく分からなかったが、とりあえず灯は話を合わせる。とにかく、初対面の人間に地下人類であることが知られてはいけない。地上に人類がいること、地上が発展していることを灯たちはさっき知ったばかりなのだから、地上人類側も灯たち地下人類の存在を知らないかもしれない。警戒しておくに越したことはないと、灯は考える。


「せっかくの縁だし、行きたいところに送ろう。最近何かと、物騒だから」

「大丈夫です、そこまでしてもらわなくても」

「いいや、本当に危ないよ。殊に女性はね。最近、埋め込まれたチップを強引に奪い去るとか、家まで後をつけられて襲われるとか、物騒な事件がいくつも起きている。どういう背景があって、君たち年頃の女性二人が外を歩いているのかは聞かないでおくけれど、そのまま二人で出歩くのは危ない」

「見ず知らずの男性に連れられている僕たちも、ですか」

「おっと、それは君たちの言う通りだ。ただ……ぼくが一応、そういうことをできる立場にない人間だということを、見てもらいたいんだ。いいかい」

「……ええ」


 やけに回りくどいと思いつつも、灯は従う。どうやら自分たちが家出少女だと思われているらしいことも、灯は理解した。それはそれで助かる。これでいきなり家まで送ろうと言われていたら、即刻地下から来たということがバレるかもしれなかった。ただ家出中なら家出中で、梢との関係をどういう設定にするか、これからどこに行くのが一番家出っぽいかを考えるので、灯は必死だった。とにかく今地下人類だとバレるのはまずいと、本能が告げていた。


「さあ、乗って」

「……」

「ちゃんとした車だということは、伝わるかい」

「まあ……」


 男性の後について少し歩くと、大通りの端に車が止まっていた。確かに男性の言う通り、往来する車に比べれば立派で、高級そうな感じがした。その昔、地下人類という概念が生まれる前は、座席やエンジン、ボディなんかにこだわった高級車とやらが、金持ちを中心にもてはやされたそうだが、ちょうどその高級車と呼ぶにふさわしい外観だった。そして男性に促されて座った座席も、ベッドと間違うほどにいい座り心地だった。


「君たちが困らされていたあのアンドロイドだけれども。警察を呼ぶと騒いでいたが、実はあの時点で、密かに通報はしているんだ。ああやって騒ぐのは保険だということだね」

「そうなんですか」

「それを聞きつけてぼくが来たわけなんだよ。こんなに明るいうちから食い逃げを企てた女性二人だというから、何かしら事情があるだろうと思ってね」

「それだけだと、本当に食い逃げしようとした可能性もあるのでは?」

「もちろんあるけれど、そこはもう、勘だね。ぼくも伊達にこの仕事をやってきたわけではないから、身についた勘というものがある」


 男性は運転席に座るのかと思いきや、そこにはすでに同じくらいの年代の別の男性が座っていて、灯たちが乗るなり動き出した。しかしその乗り心地は何とも不思議なもので、座りながら空を滑っているような感覚が灯たちを襲った。これが本でしか見たことのなかった、車というものらしい。

 車を降りるまでは比較的すぐだった。十分もしないうちに、着いたよと灯たちは声をかけられた。車を止めるための広大な敷地と、その先にそびえ立つ都会を象徴するかのような建物。ここまで来ると、さすがの灯でも呆然とするしかなかった。梢は車に乗る前からずっと楽しそうにしていた。灯が隣で冷静を装っていたこともあって、はしゃぎはしなかった。男性はそのまま自分の後について、建物の中に入るように言った。


「改めて。警視庁捜査一課、刑事の片岡だ。よろしく」


 梢が首をかしげる。灯も態度にこそ出さなかったが、その肩書きの意味は同じように分からなかった。が、すぐに自分たちがどういう状況に置かれているのか、理解することになった。

 男性――片岡さんが『警察の人』で、今いる場所がその警察だということは分かった。片岡さんはそのまま、灯たちを奥の方へ奥の方へと連れてゆく。そうしてたどり着いたのは、小さな子どもたちが集まって遊んでいる場所だった。


「ここでしばらく待ってもらえないかい」


 入口からそこにやってくる直前まではずっと、片岡さんと同じような背格好で、仏頂面をした男性たちがいる景色が続いていた。灯たちはその建物の一角に着いて初めて、自分たちより小さな子どもたちに出会った。片岡さんが去って、聞こえない距離に行ってしまったのを見届けてから、灯は相変わらず楽しそうにしている梢に声をかけた。


「……梢。ちょっと、話したいことがあるんだ」

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