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3.パンケーキとお金と警察と

「これがパンケーキ……」

「どしたの? 食べないなら食べちゃうよ?」

「それはないよ。僕も食べる」


 梢が頼んだスペシャルパンケーキとやらは、灯の頼んだものの倍のサイズだった。さすがにスペシャルと名がつくだけあって、大したボリュームだ。加えてトッピングもたくさんで、元から食が細めな灯は見ているだけでお腹が膨れそうになる。それをぱくぱくと口に運んでゆき、さらに灯の分も食べようとするのだから、梢の胃袋はいったいどうなっているんだろうと灯は心配になった。


「私の一口あげるから、灯のもちょうだい?」

「……いいよ」


 灯は自分のより先に、梢のパンケーキを口に運ぶ。口の中がもったりするほどの甘さ。初めて感じる柔らかさだと、灯は驚く。一口食べるだけで頭の回転が速くなりそうだった。そして何より、幸せな気分になる。


「おいしいでしょ?」

「うん。おいしい」


 続けて灯は自分の頼んだブルーベリーパンケーキを食べる。スペシャルよりは生クリームが控えめということもあって、甘さも抑えられていた。だがパンケーキの生地自体がかなり甘めで、やはり灯の顔がほころんだ。さっきまで考えていた難しいことが、頭の端に追いやられる。

 地下ではこんなにおいしそうなものは食べられない。灯たちの食糧となるものは日々人工的に生み出されているが、新鮮さはかけらもなく、味もよくなかった。それでも見た目を地上にいた頃に食されていたものに近づけるため、涙ぐましい努力が重ねられており、色がくすんでいるくらいしか欠点を指摘できないほどにまでなっている。


「……地下でもこういうものが食べられたら、いいんだけど」

「それは無理だよね……気温が違いすぎるし」

「分かってるよ。でも昔の人間たちがこんなにおいしいものを食べていたんだって思うと、ね」

「じゃあ、これからいっぱい食べていけばいいんだよ。ね?」

「……そうだね」


 梢はいつも楽観的だ。灯はそんな梢のことを呑気すぎるとたしなめたこともあるし、そのお気楽さに救われたこともあった。だからご飯をたかり、すぐにくっついてくる梢のことをむげにできなかった。


「次は何食べたい?」

「甘いもの食べたし、次はしょっぱいものがいいかな」

「賛成。何があるかなあ」


 梢の食生活については、灯もよく分かっていない。普通にご飯を食べるのと、灯の溶岩でエネルギーを補給するのとを両立させている。梢が言うには、どちらかが欠けてしまうと死んでしまうとのことだが、それ以上のことは灯も知らない。溶岩を生成し分け与えるのは体力を消費するが、別に梢が要ると言うのならあげるだけ。対価を要求するつもりはない。梢が行き倒れているのを見つけて一緒に暮らし始めた時から、当たり前のようにやってきたことであり、今さら詳しく知りたいとは思わなかった。聞いてはまずいと灯は何となく思っていた。


「お会計はこちらになります。お支払い方法をご選択ください」


 二人が食べ終わって話をしていると、ふと会話が途切れたタイミングで先ほどの店員がやってきた。


「お会計?」

「あ……そうか。分かってたのに忘れてた。地下とは違うの、灯。食べ物が自動で生産されるシステムは、地上にはないんだった」

「それは分かるけど……何を払えばいいの」

「お金、って言いたいところだけど……あいにく、持ってないね」


 地下では通貨や貨幣といった概念が存在しなかった。一日に生まれる人間の数、死ぬ人間の数が決まっているから、地下人類全員が生きるのに必要な食糧の量は決まっている。それにみんな子孫を残し次の世代につなげることを使命として刻み込まれているから、食糧の奪い合いは発生しない。だから食糧に価値をつける必要はないし、別のものを経由して交換するのも意味がない。灯はお金という存在さえ、あまりよく分かっていなかった。


「どうするの」

「どうしよう。ここで食べた分、働いたらいいってことにしてくれたら、助かるんだけど。そうではなさそう……」


 灯たちが無銭飲食をしたことを知って、先ほどまで天使のように優しかったアンドロイドの店員さんの顔つきが一瞬でおぞましくなった。


「警察を呼びます」

「待って! 違うの、これはちょっと、事情があって」

「詳しくは警察の方にお話ししてください」

「聞いてよ、違うの、」

「詳しくは警察の方にお話ししてください」

「お財布を忘れちゃっただけだから、この子を置いて、取ってくるつもりなの。だから待って」

「詳しくは警察の方にお話ししてください」


 店員さんは一向に話を聞いてくれる様子がない。融通が利かないとはまさにこのこと。梢はあわあわとするばかりで、灯もどうすればいいか分からず、呆然としていた。灯はどうやら今自分たちがしているのが悪いことで、それを裁くなり何なりする人たちが来るのだろう、という程度の理解しかしていなかった。一方で梢はこの状況をそれなりに理解したうえであわあわしているようで、なぜ理解できているのか灯には分からなかった。


「失礼。お二方が困っているようだから、やめてあげなさい」

「詳しくは警察の方にお話ししてください」

「お代はぼくが払っておくよ。だから彼女らを解放してやってほしい」


 そんな二人のもとに、颯爽と男性が現れた。灯や梢よりもずっと背丈の高い、スーツ姿にシルクハットをかぶった、絵に描いたような紳士。相変わらず警察へ突き出すと言い続けるアンドロイドの店員さんを、彼は優しく諭した。そして少し腕をまくり、刻まれた模様のようなものを店員さんにかざした。そこにお金の情報が入っているのか、会計が完了したらしく、店員さんは嘘のように大人しくなった。


「ありがとうございました」


 途端ににこやかになり、灯たちを見送る店員さん。それを尻目に、男性が灯たちに一緒に店の外に出るよう、ジェスチャーで促してきた。

 灯は(いぶか)しみつつ、梢を連れて男性についていった。

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