前編_08(のぞくな)
「おい」足下を確かにしながら、イブキは云った。「のぞくなよ」
「そんな趣味はない」
「おい」下腹に力を入れながら、イブキは云った。「しっかり見張っているか」
「当たり前だ」
「そうか」気張りながら、イブキは云った。「こちらの用が終わったら、今度はわたしがお前の面倒を見てやろうぞ」
「断る」
なぜにこの剣士は黙ってられないのか。若者は訝しんだ。
──音か。
だから彼女は、喋り続けているのだ。
──わりと、女らしいところがあるンだな。
若者は、少しほろりとした。女には女の都合がある。男勝りに見えて、やはり女性なのだと、彼は思った。
ああしかし、このにおいは……。
「風下じゃねえか!」
若者は、足音を立てて風上に移動した。
「おい」尻を突き出し、イブキは訊ねた。「銃弾は、どの程度持っている?」
やっぱり、うるさいな!?
いきんでいる時に何を訊くのか、この剣士。とは思ったが、「いつも通りだ。少し多めにとは思ったが──まだ出るか?」
「知らん。しかし多く持つにしても邪魔だろうにな」
「刀も欠けたら同じじゃないか?」
「そうだな」
用を済ませ立ち上がり、着付けを正しながらイブキは素直に認めた。だが、「わたしの一振りは尋常でない。常識にはかからんよ」
少し悲しげに見えたのは気のせいだろうか。
彼女は「次はお前の番だ」と、若者を送り出した。
ゴールはそれに従い──イブキのしたであろう場所から離れたところに腰を落とした。
「心置きなくするがいい」そして、呵々と笑った。「昨夜といい、今朝といい、よく喰うた。心を起きなく米の異となる、でっかい捩りを作るのだ!」
本当にうるさい女だな!?
ぷすぅ、と尻が小さく抗議をした。
「ハハハ! しっかと腹の底に力を入れんか。ハハハ!」
しばらくの沈黙があり、山の朝の涼しげな爽やかさの中で尻をさらして、ため息交じりに時を待っていると──再びイブキが口を切った。
「ところで、こんな話は知っているか」
……本当にうるさい女だな……。
「雉を撃ってるオナゴを襲う輩は変態である」
「おう」げんなりした。
「その変態はオナゴより、放り出したモノが狙いだ」
「おう」うんざりした。
「変態の間では、それを金になぞらえられるらしい」
「おう……」へこたれた。
「だから黄金を放り出してる間は、気にせんでいい。しっかり産み落とすことに専念しろ」
「お、……おう」嫌になった。
「ちなみに男の場合は容赦なく後ろから切られるぞ」
「おぉう!?」
「わたしが変態だとしても、野郎のケツから生まれたものなど嬉しくなんぞない」
「変態なのか!?」
「誰が変態じゃ。この洟垂れ莫迦たれ。口で垂れるな。黙ってしっかり尻から垂れよ」
専念させて欲しい。
若者はわりと本気で願った。
願いはどこにも届かなかった。
「ところで昨日、ウシの躰から弾をほじって戻してないよな? 火薬を入れて詰め直さないのか?」
「ああ、」若者は肯定した。「つぶれていなければ、そうすることもある」
「──あるが?」
「おれはルーシィから──一角獣から、報酬の一部を先に貰っている」
「ホウ」となると、あの銀馬は依怙贔屓しやがったということか。イブキは鼻にしわを寄せた。くさい。風下か。
若者の繊細な性根を慮って、そうっと風上に移動した。
「弾切れにならないんだ」
「なんだと?」
「撃った瞬間と、相手に当たった瞬間の両方に弾が存在するとか……なんとか……」
「なんだそれは」
イブキは不得心に身を強ばらせた。「気色の悪い」
「しかし、実際にそうなんだ」
「ますますもって、気味が悪い」
「確かに理解できないが、実際使えてるんだ!」
「……若造、それでいいのか」自分の得物だぞ、と妖刀を佩いた剣士がのたまう。
「どうしろってんだ!」若者が気色ばんだ。
「ぴよ!」黄色い鳥が呼応する。
「わたしの知ったことでない……が、そんなものに背中を預けるとなると、やはりぞっとしないな」
「黙ってれば良かったか」
「そんなことがあるか。一時とはいえ、同行しているのだ、事情は知っておきたい」
「そうだな!」
「ああ、そうだ……」とは認めるものの、イブキは渋りながら語を継いだ。「必ずしも手札のすべてを見せることもあるまいに……」
「だから!」若者は声を荒らげた。「なんだって云うんだ!」
「知るか!」
憤懣やる方ない思いで若者は立ち上がり、シャツの裾を直しながら、つま先で蹴って砂をかぶせた。そのままにしては動物と変わらない。ヒトならば、隠してこそだ。
そうして朝の始末を終えると、「さて、」行くとするか、と、イブキは荷物をまとめ、ふと、「おお」
「どうした」
「帰ってきた」と、角笛を見せた。
「それが、」
イブキは頷いた。「時折、消える。そして然有らぬ体で戻ってくる。さすが、といったところか」
「なんでそんな物を!?」若者は脅えた。「どうして普通にできる!?」
「しかし、捨て置くものでもないしな……」イブキは困惑した。「どうしろというのだ」
「知らねえよ……」
「どうも誰かが呼んでいるのではないか、と云う節がある」
「ますます嫌だ!」
「なんじゃい」イブキはぷいっとむくれた。「このケッタイな銀の馬は良くて、これがダメなのか──成程、そうか、分かった。笛の中に相手が誰だか訊ねる手紙を入れておこう。消えた先で、相手が見るって寸法だ」
さらりと出された提案に、若者は震える。「どうしてそうなるの!」
「知らぬところを行き来されるよりマシだろうが!!」イブキは切れた。「返事があれば、在り処も分かる!」
「もうやだ!」
半泣きの若者の頭から、黄色い鳥が顔出す。
「ぴよ!」
黄色の鳥も、嫌がった。