前編_07(狼煙)
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翌朝、ゴールが目覚めると、イブキはすでに起きて朝食の準備をしていた。
「おう」起きたか。イブキは云った。「おはよう」
「……おはよう」彼は、朝が弱かった。
「昨日の余り物と、いい食材が手に入った」
「そうか」
パチパチと薪が爆ぜる。鍋から湯気が立ち上る。
煮炊きをして、狼煙のようになってはどうなのか、と若者は訝った。
「その通り」イブキは青年の胸中を読み取った。「警告だよ、此処にいるとな。今日も狩りをするとな」
それでも青年は、腑に落ちないといった容子。
「いい食事は、いい仕事に比肩する」
ぐう、とゴールの腹が返事した。
「欲しいか」
ぐう、とゴールの腹が返事した。
「やらんぞ」
「そこをなんとか」
「そこに這いつくばって、懇願するのなら考えんこともない」
「お断りだ」腹は素直であっても、意地がある。もとより荷物のなかに携行食がある。うまくはないが腹に溜まる。「意地悪には屈しない」それでも若い躰はぐうぐうと訴え鳴るのであった。
イブキは、ははは、と笑い、「冗談だ。すぐにできる、待っていろ」と、適当な薪になりそうなものを拾ってこいと命じた。
米と肉を煮て、薬味を加えたものであった。
素朴な見た目に反して深い味わいと確かな食感で、旅の山中で食すには贅沢な感があった。
「うまい」若者はやはりがつがつと喰らった。「米に肉が染みてうまい」
「そうか」イブキは微笑む。「朝も早くから仕事済ませた甲斐があるな」
若者の箸が止まった。
「報酬の分け前と思え。感謝しろ」
「そうか」若者は食事に戻った。
「狙ってたねぐらを襲ったまでだ」
当たりだったぞ、と剣士は笑う。「近々、戻るのではないかと思ってな。夜明け前の一仕事だ」
「なぜ、ひとりで」
「銀馬もいっしょだったぞ」
銀の馬はぷいっと横を向いた。
「……そうか」
「まあ、別に何かするわけでもない。邪魔をすればわたしとて、菩薩でないからな」
彼奴ら、結構、貯め込んでたぞ。
そう云って、イブキは、満足の笑みを見せた。「見張りのひとりも立てておらん。もう、だいぶ狩った、というところか」
「山賊たちは、」
「死体は喋らん、文句も云わん。無口なもんだ」だから、寝床にうるさくもない。
と、云う次第で、「崖から突き落としといた」
「そうか。──俺の手伝いはいらないか」
「時と場合による」
「必要な時は云ってくれ」
「云わなくても駆けつける気概はないのか」
「もちろん、」ある、とは断言できないが。この場で相応しい答えは、「もちろんだ」
ゴールは、器に残った米粒を指に乗せると、頭の髪の巣から顔を出した黄色い鳥に与えた。
「なあ」イブキが訊ねる。「その鳥は何だ?」
「ピヨちゃんだ」
「ピヨちゃんは何だ?」
「俺たちの郷土では、十五になると髪を伸ばし、一人前になるために膨らませる」
「ふム?」
「髪の中でタマゴを温め、孵化させ育て、旅立たせたら、一人前と認められる」
「ふム」
「ピヨちゃんが巣立つまで俺は半人前さ」
「そうか」イブキは納得した。「そちの通過儀礼か。良い男になれ」
「そのつもりだ」
「ぴよ」
青年とひな鳥が、同時に応える。
──わたしには、まだ世界よく分からんでありまする。
いろいろな人々がいて、さまざまな文化がある。
世界は、まだまだ発見を待っている。
その思いはイブキの心を弾ませる。
「さて、」と、食事を片づけると、イブキは腹を叩き、「うむ」具合を確かめる。「おい、若造。出かける前に、もう一仕事だ、どちらが先か、後にするか」
「……もしかして、と思うが」と、恐る恐る訊ねる若者に、「野雪隠だ」こともなげに剣士は口にした。「同行者がいると、案外と助かる」ほうっと、心からの安堵を見せた。
「ええっ」
「見張りがいれば心置きなく腹のものを放り出せるだろうが」
「ええっ」
「エエイ、もういい」剣士は怒った。「先に左捩りを置いてくる。しっかと見張っとれ!」
「ええっ」
若者の返事を待たずに、荷物から二枚の貝を手に持ち(原註:用途不明。なんらかの衛生用品か)、草陰に隠れ、斜面にちょうどよい窪みを見つけると、尻を端折ってしゃがみ込んだ。




