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前編_07(狼煙)


   *


 翌朝、ゴールが目覚めると、イブキはすでに起きて朝食の準備をしていた。


「おう」起きたか。イブキは云った。「おはよう」

「……おはよう」彼は、朝が弱かった。


「昨日の余り物と、いい食材が手に入った」

「そうか」


 パチパチと(たきぎ)が爆ぜる。鍋から湯気が立ち上る。


 煮炊きをして、狼煙のようになってはどうなのか、と若者は訝った。


「その通り」イブキは青年の胸中を読み取った。「警告だよ、此処にいるとな。今日も狩りをするとな」


 それでも青年は、腑に落ちないといった容子。


「いい食事は、いい仕事に比肩する」


 ぐう、とゴールの腹が返事した。

「欲しいか」

 ぐう、とゴールの腹が返事した。


「やらんぞ」

「そこをなんとか」


「そこに這いつくばって、懇願するのなら考えんこともない」


「お断りだ」腹は素直であっても、意地がある。もとより荷物のなかに携行食がある。うまくはないが腹に溜まる。「意地悪には屈しない」それでも若い躰はぐうぐうと訴え鳴るのであった。


 イブキは、ははは、と笑い、「冗談だ。すぐにできる、待っていろ」と、適当な薪になりそうなものを拾ってこいと命じた。


 米と肉を煮て、薬味を加えたものであった。

 素朴な見た目に反して深い味わいと確かな食感で、旅の山中で食すには贅沢な感があった。


「うまい」若者はやはりがつがつと喰らった。「米に肉が染みてうまい」


「そうか」イブキは微笑む。「朝も早くから仕事済ませた甲斐があるな」


 若者の箸が止まった。


「報酬の分け前と思え。感謝しろ」

「そうか」若者は食事に戻った。


「狙ってたねぐらを襲ったまでだ」

 当たりだったぞ、と剣士は笑う。「近々、戻るのではないかと思ってな。夜明け前の一仕事だ」


「なぜ、ひとりで」

「銀馬もいっしょだったぞ」


 銀の馬はぷいっと横を向いた。

「……そうか」


「まあ、別に何かするわけでもない。邪魔をすればわたしとて、菩薩でないからな」


 彼奴(きゃつ)ら、結構、貯め込んでたぞ。

 そう云って、イブキは、満足の笑みを見せた。「見張りのひとりも立てておらん。もう、だいぶ狩った、というところか」


「山賊たちは、」

「死体は喋らん、文句も云わん。無口なもんだ」だから、寝床にうるさくもない。


 と、云う次第で、「崖から突き落としといた」


「そうか。──俺の手伝いはいらないか」

「時と場合による」


「必要な時は云ってくれ」

「云わなくても駆けつける気概はないのか」


「もちろん、」ある、とは断言できないが。この場で相応しい答えは、「もちろんだ」


 ゴールは、器に残った米粒を指に乗せると、頭の髪の巣から顔を出した黄色い鳥に与えた。


「なあ」イブキが訊ねる。「その鳥は何だ?」

「ピヨちゃんだ」


「ピヨちゃんは何だ?」

「俺たちの郷土では、十五になると髪を伸ばし、一人前になるために膨らませる」


「ふム?」

「髪の中でタマゴを温め、孵化させ育て、旅立たせたら、一人前と認められる」


「ふム」

「ピヨちゃんが巣立つまで俺は半人前さ」


「そうか」イブキは納得した。「そちの通過儀礼か。良い男になれ」


「そのつもりだ」

「ぴよ」

 青年とひな鳥が、同時に応える。


 ──わたしには、まだ世界よく分からんでありまする。


 いろいろな人々がいて、さまざまな文化がある。


 世界は、まだまだ発見を待っている。

 その思いはイブキの心を弾ませる。


「さて、」と、食事を片づけると、イブキは腹を叩き、「うむ」具合を確かめる。「おい、若造。出かける前に、もう一仕事だ、どちらが先か、後にするか」


「……もしかして、と思うが」と、恐る恐る訊ねる若者に、「野雪隠だ」こともなげに剣士は口にした。「同行者がいると、案外と助かる」ほうっと、心からの安堵を見せた。


「ええっ」

「見張りがいれば心置きなく腹のものを放り出せるだろうが」


「ええっ」

「エエイ、もういい」剣士は怒った。「先に左捩りを置いてくる。しっかと見張っとれ!」


「ええっ」

 若者の返事を待たずに、荷物から二枚の貝を手に持ち(原註:用途不明。なんらかの衛生用品か)、草陰に隠れ、斜面にちょうどよい窪みを見つけると、尻を端折ってしゃがみ込んだ。

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