前編_06(長風呂)
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「ああ、随分と長風呂となってしまった」
イブキは伸びをして、脇と乳房を拭う。
「お先に失礼する」
湯から上がり、尻を振り、躰を拭きながら長々と屁を放って、刀を手に取った。
「おい、まて」裸の男たちが立ち上がる。「ここではご法度だ」
「ああ、そうだな」
「手前は、丸腰を相手にしようって腹か」
「ああ、そうだな」
「そりゃあ、あんまりだ」
「ああ、そうだな」ヤマブキ・イブキは、刀を鞘から抜き、「わたしは云ったぞ、山猿の土産話だと」
その一言で、野伏せりたちは理解し、そして観念した。
「せめて、湯を血で汚すことのないように」
「もちろんだ」
みっつの首が落ち、みっつの胴が河原に並んだ。
(安い仕事だ)
暮れようとする日が、彼女の裸身を焼いていた。
着替えたイブキは、若者の尻を蹴り飛ばし、野伏せりたちの顔を潰す手伝いをさせ、荷物を漁って、往来手形や書きつけがあれば目を通し、得物は石に打ち付け鈍らにし、無用なものを火にかけた。
軀は茂みの奥に捨て置いた(獺祭魚のようにするでない、と彼女は云った)。
「おい、若造。行くぞ」
ゴールは顔を上げた。
「な?」イブキは云った。「簡単なものだ」
荷を担ぎ、イブキは銀の馬を従え歩き出した。若者はしばしためらい、しかしやがて後を追う。
(やつらは戦おうともしなかった)
死とは平等であれども、不公平なものである。
*
下手人ヤマブキ・イブキは、片手の指が二本足りない。
王都の目抜き通りを、そうと分かるように上げた腕に手枷を嵌められ、歩かされた。
後ろを王女側近近衛見習いの若い娘が二人ついていた。両者の顔は硬く強ばったままであった。
彼女は、指二本を置いて、王都から放逐された。
これで剣士としての道は断たれた──筈だった。
しかし、母から譲り受けた刀は違った。
何故、もう一度、刀を持つことを選んだのか。
欠いた指では、今まで通りに刀を握ることは出来ない。柄を絞るようにして、力を込めることが出来ない。
自分はもう刀を握れぬ、握らぬと思っていた。
欠けた指が主張する。失ったはずの指先が、痒くてならない夜がある。刀が握れと囁き続ける。
妖刀──彼女は呪われたのだと悟る。
よかろう。
そちらがその気ならば、こちらもその気になってやろうではないか。
どれほど生き汚くなれるか、見せてやろうではないか。
彼女は新たに刀を握る術を模索した。
細工をし、足りない指で柄を絞る。身を搾る。知恵は絞るほど持ち合わせていない──そして、安い仕事を請け負い、足りぬ指で刀を握り、日銭を稼ぎ、実地と稽古を兼ねて浪人とし、化け物を斬り賞金首を捕らえ、細工を直し、ねぐらを転々とし、やがて山賊退治の話に乗った。
やはり、安い仕事であった。