前編_05(道化にとれる責任)
そこへ、
「今暫く、姫さま」と、侍女のメアリ。
「お待ち下さい、姫さま」と、侍女のボニー。
双子の侍女が割り入った。
「よせ」振り絞るように、ヤマブキ。
王女は取り合わず、「よい、なんだ?」
「慈悲を」侍女は云う。「士気にかかわります」
「ならぬ」
「ご再考を。腕は重すぎます」
王女は侍女を睨め付けた。
「わたしのことはいい」ヤマブキは首を振った。「気にかけてくれたことはありがたい。だが、もうやめてくれ」
「なりません」と、メアリ。
「なりません」と、ボニー。
「そうだな」と、王女。「すでにこの場で存分に恥辱を味わっているようだ」
「そうです。この者、とんだ道化者」と、メアリ。「与太者を厳しく罰したところで道化は誰になりましょう」
「所詮は余所者。猿に、我が国の法は妥当でしょうか」と、ボニー。
「何が云いたい?」と王女が訊ねれば、「道化にとれる責任は」双子の侍女は声を揃え、「精々、腕と爪の間です」と、進言した。
「なるほど」姫は頷く。「よろしい、腕は撤回する。指のひとつを落とせ」
「腕で構いません」下手人は云った。
「ならぬ。指だ。指を置け」
下手人は顔を上げた。「わたしの覚悟は! 指一本ではありません!!」
「何が覚悟か、莫迦者!」王女は立ち上がり、心火を燃やした鬼の形相で、「お前に選ぶ権利などない。二本だ! それでもう剣を握ることは叶うまい」
頭を垂れ、「……承知いたしました」
ヤマブキは声を絞った。
そして双子の侍女が差し出す刀を押し戻し、床に置いた指を、町歩きの際に懐に忍ばせていた匕首で落とした(大切な城の床を汚すことをお許し下さい)。
額に玉のような汗を浮かべ、ヤマブキは、切り離した指を差し出した。赤い雫が、ぽたりぽたりと滴った。
すぐさま妹が切り口を縛って手当てした。
手当てを受けながら、慈悲だ、とヤマブキは理解した。腕ではなく指として、ひとりでも生きていけるようにとのことだ。王女は追放される者へ慈悲をかけたのだ。
双子の侍女は、血を絞った二本の指を黒漆の盆に並べて乗せて、坐る王女の傍に控える。
指は死んだ小魚のようであった。
「他の者も良く見ておけ。そしてこの場に居ない者たちへ広く伝えよ」
──幕引きであった。
「ところで、姫さま」侍女が訊ねる。「件の怪我をした者はいかがいたしましょうか」
「勅使に見舞いを持たせる」
「陛下からですか」
「いや、私の名で」
「さいですか」侍女は頭を下げた。「仰せの通りに」
「多く与えると、衛兵にちょっかいを出す与太者が出ないとも限らんしな」王女は顔を曇らせた。
「姫さま」
「なんだ」
「泣いてますか」
「与太を飛ばすな」と、王女は立ち上がった。
「さいですか」と、侍女は下がった。
「余計な智恵と慈愛をつけたな」姫は云う。「二度とするな」
「はい」双子の侍女は頭を垂れた。
「次はお前たちの首が飛ぶ」
「はい」双子の侍女は、従順に答える。