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前編_04(その腕を捨てよ)


   *


 王女は哮り狂っていた。

 が、それを面に出しはしなかった。


 第五の月である彼女は、幼いながらも一国の王女としての役目を理解していた。


 部屋には、女が這いつくばるようしていた。


 王女はそちらを一瞥することもなく坐り、「なんだ」どうしたことか、と侍女に訊ねる。「答えよ」


 其の者、五月王女の名の下に剣客として、都に招じられていた──母、フブキ・イブキの功績と、年の離れた妹である近衛見習いのメブキの憶えもあった。


 ──これを持っていけ。

 旅立ちに際し、母は選んだ一振りを娘に渡した。

 ──場数こそ、剣士の技量だ。


 彼女は、方々で賞金首を狩り、魔物を斬り捨て腹を裂き、用心棒の真似事をしてカネと場数を稼いだ。


 魔王の城に滞在していたこともある(兵も奉公人もいない、不思議な城邑であった)。


 彼を斬る理由はなかった。


 化け物に見えなかったし、たといヒトとしても、脅威になるとは思えなかった。なにより魔物の腹の石を高く買ってくれる上得意である。


 あと、城にはいい湯殿があった。

 あれ? かなりの厚待遇だったのでないか?


 城周りの魔物をひととおり狩り尽くし(感謝された)、彼女としても売る物がなくなり、また方々で賞金首を狩り、魔物を斬り腹を裂き、用心棒の真似事をしてカネと場数を稼いだ。


 何かと慌ただしい日々であった。

 場数。同じ現場はない。

 彼女の刀は変化し続ける。


 小柄な体躯と俊敏な神経。地を蹴り、宙を舞い、間合いを詰め、刃を引く。


 ──猿だ。

 いつか、誰かが、そう評した。


 ──マシラだ。

 その噂は、静かに都へ届く。


 その日、ヤマブキ・イブキは、朝稽古の後、水浴びをし、着替えて休みの妹と連れ立って町に出るつもりであった。


 こうもゆったりした時間は久方ぶりである。


 が、当の妹は、同期の見習い騎士トモエに稽古の相手を申し込まれ、そんなもの(ほう)っておけ(あいつはかなりのバカ者ぞ?)との姉の言に、「いいえ」できません、と苦笑交じりに答え、「申し訳ありません、姉さま」と、「これで何か好きなものを」と、小遣いを握らせた。


 ──ヤマブキは、街衢(がいく)をぶらぶらとひとりで歩き、大道芸に銭を投げ、八文蕎麦を啜り、露天を冷やかし、買った果実の皮を剥き、実を食べ種を懐紙に出して包み、再び懐に仕舞った。


 そこには、匕首と呼ばれる懐剣がしのばされていた。母から譲り受けた刀は、町歩きに相応しくない。


 ──長いし、重いし。可愛くないし。


 とは云え、何よりも長い時間、手に握っているものである。なければないで、腰もなにやら空寒い。お蔭で何度か躓いた。なかにはいい男の腕に支えられた(わりと役得ではあった、と彼女は思う)。冷やかされ、ついカッとなったりした(お蔭でいい男は腰砕けになり、這うようにして逃げ去った)。


 とは云え、必要になるのなら、声を張り上げ呼べば、どこであろうとあっちから飛んでくる。


 母から譲り受けた刀は、妖刀である。

 実に困った一振りである。


 そんなわけで、ヤマブキは、町を行き交う人々の話し声、笑い声を物珍しく楽しみ、喧嘩を見物し、若いのをからかい、年寄りに甘え、城の中とは違う空気に浮かれ──ふと、耳にした言葉に──母から譲り受けた一振りの鞘を払っていた。


 血を流して倒れた男を、その内儀と思われる女が庇い、声を嗄らして(すいません、すいません、すいません──)懇願した(どうか命だけは、どうか、どうか、どうか──)。


(子供のくせに、もうお引き摺りときたもんだ──)


 男は、五月王女について面白可笑しく話していただけである。街衢では、稀に良く見られる光景であり、たいしたことではなかった──妖刀を手にした女が現れなければ。


「それはどんな話であったか」

 王女が訊ねる。

 床の女は答えない。


「おい」王女は汚らわしい物を呼ぶように、声をかけた。「わたしの話は難しいか。おい、ヤマブキ。答えろ、ヤマブキ、難しいか」


 ヤマブキは答えない。


「お前のような躾けのなっていない猿に、わたしの云う事は難しいようだな。何を以ても、民への手出しはならぬ。


「たったそれだけのことだ。


「お前の母の名誉に免じて、事を荒立てることは控えよう。


「されども、喧嘩両成敗は成り立たぬ。訊けば、お前は抜いた剣を手にしてたという。


「王と妃の許可も得ている。その腕を捨てよ。その上で、此の地より追放する」


 控えていた侍女を、手振りで呼び寄せた。

 双子の侍女は、二人で下手人から取り上げた刀を持っていた。


「お待ちを、姫さま」メブキが、震えながら前に出た。「姉は……姫さまにお仕えする──お守りする者です」


「そうだ」と、王女。「そして私を支えるのは誰か?」

「我々──」

「違う!」王女が激高した。「誰か! 私を、国を支えているのは誰か!?」


「民でございます」下手人が、這いつくばったまま答える。


「分かっているなら、なぜ手を上げた、剣を抜いた!」


 ヤマブキは答えない。


「お前の寝床を用意しているのは誰か。お前の食事を用意しているのは誰か。思い上がるな。吸う息の一つも、飲む水の一滴も、此処に何一つ、お前の物はない。


「責任を取れ。その腕だ。私を守るその剣、その腕──いま此処で斬り捨てよ」


「姫さま!」メブキはお止め下さいと、懇願する。

 ならぬ、と王女は撥ね除ける。「メブキ、姉の不始末、お前の腕で始末せよ」


 ヒッ、と若い近衛見習いは息を呑んだ。

 それにヤマブキが応える。「僭越ながら我が不徳、妹に被せるわけにはなりませぬ」


「ならば、同じ指南を受けたその一の友を以て、代わりとする」


 メブキの隣に立つ、同じ年頃の若い騎士見習いは顔の色をなくした。


 この若い騎士見習いが、メブキと同じ門下であったことを、王女は知っている。「連座だ」


「なりません……」ヤマブキは云う。

「ならば、どうする」


「自分で始末します」

 と、彼女は静かに応えた。


「覚悟はあるか」

「もとより自らの行い、責任は自分にあります。どうあれ、我が妹、その友に、なんら責はありません」


 王女は、額を床に擦り付けたままの下手人をジッと見た。


「よろしい」漸く、王女は口を開いた。「ならば、斬れ」

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