跋
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優しい風の吹く、穏やかな日であった。
山暮らしも飽いた。
イブキは、腕を突き上げ、伸びをした。
伸びた背筋がぽきりと鳴った。
すると、何かと充分に感じた。
しばらくは、のんびりしたく思った。
切った張ったは、沢山だ。
タク−さんは、里にいる中年の独り者で、変わり者だが、世話好きの働き者だ。
草鞋を脱いで、厄介になろうかの。
里にはいい湯がある。隊商も通る。珍しい物がまま見られる。
などと、暢気に思えるくらいに、彼女はわりと何かとうんざりしていたのである。
それにしてもなんだ。欠けた指がムズ痒い。
虫にでも刺されたか。
ぼりぼり掻いていると、茂みが、がさっと動き、ひょこっと小さな頭が現れた。
子供か。
二人いた。
ヒトとバケモノの血の混じりが姿に出ていた。
警戒心と好奇心の綯い交ぜになった目をしていた。
「よしよし。親はどうした」
子供は首を横に振った。
「よしよし、こっちへ来い」
イブキは懐から包みを出し、「菓子だ」
差し出された手に渡した。
硬い、小さな包みであった。
子供は彼女を見上げ、
「よいよい」
イブキは、「遠慮するな」
子供は、包みを開け、
(墓石の欠けらだ)
包まれていたのは石であった。
「残念だったの」
イブキは鞘を払って、ふたつの首を刎ねた。
不思議そうな表情を貼り付けたまま首は落ち、ごろりと転がった。
新しい刀の切れ味は、以前の物、それ以上であった。
落ちた首を、路の外へと蹴り飛ばした。
躰も、そうした。
(これにて上がりじゃ)
山を下りて、町に寄って、商人に会って、カネを貰う。
(安い仕事だ)
それにしても手が痒い。まったく、なんだって云うのか。
それを見て、
「はは……」思わず笑いが零れた。
指が生えているではないか。
「はは……」
ヤマブキは笑った。
これが褒美と云うのか。
「ははは!」
ヤマブキは、涙を流して笑った。
息が苦しくなるまで笑った。
(こんな馬鹿げたことが、あっていいものか)
謝礼ではない。施されたのだ。
──あのクズ鉄め。
さりとて、再び切り落とすことは、彼女にはできなかった。
天を仰げば、雲ひとつない空がどこまでも広がっている。
路を、また探さねばならぬ。
山を下りながら、魂は、肉体は、どれほどの荷物を持てるのだろうかと、彼女は思った。
了
1804-06, 1906, 2001, 07, 222.




