前編_02(報酬)
*
山道を二頭の馬が、それぞれにヒトを乗せて歩いていく。
この銀の馬、ハガネで出来ているようで、しかし、鞍もなしに、滑り落ちるとか、尻が痛いとか、そういうこともない。
蹄鉄がいらんってのは便利かもな。
などと、呑気なことをイブキは思った。
「なんでか分からん」若者が答える「だが報酬は出る」
「ふム?」
イブキは若者に同行の理由を訊ねたが、どうにも要領を得ない。とどのつまり、自分と変らぬ境遇と云うことか。
「報酬に、もう一丁の拳銃を約束された」若者は腰に吊り下げたホルスターを軽く叩き、にやりと笑った。「その暁には、ペンス・ゴールを名乗ろうと思う。二丁拳銃のペンス・ゴールだ」
何やらいかがわしい響きだな、と思ったが口にしなかった。
名前とは、時として自尊心を傷つけることがあるのだ。自分でなく、他人に呼ばれることにより。
「それは良いな」イブキは応えた。「では、わたしが同行する理由は?」
それには銀の馬が答えた。「あなたのその剣、使いこなせている?」
「何を」イブキは気色ばんだ。馬風情が失礼な。刀は剣士にとって、魂そのものだ。
「あなたの背丈からすれば、長過ぎる嫌いがあると思うわ」
馬に云われて、むぅ、とイブキは唸った。
そうなのだ。指摘されるまでもなく──分かっていた。だがそれを認めるのは業腹である。
「大丈夫だ」キニスルナ。
「それに、その手」と銀の馬。
「手がどうしたって?」青年が訊ねる。
イブキに代わって、「いいのよ」馬が云う。「ちょうど良い長さに鍛え直してあげる、というのはどう? ちょうど二本になるわ」
「断る」
「断れないわ」
なんだ、この馬。その角、切り落としてやろうか。
「想像してご覧なさい」銀の馬が云った。「二振りの刀を自在に操る自分の姿を」
イブキは素直に想像してみた──ありゃ、いけない。カッコいいンじゃないか?
「決まりね」と銀の馬。
「まて」まだ承知したわけでない。
「決まりね」と銀の馬。
「……決まりだ」イブキは観念した。
「ぴよ」
若者の髪から小鳥が飛び出した。
*
「山賊退治?」
山をひとりで歩いてるイブキに問うた若者の疑問は、至極素直なものであった。
「そうだ。──だいぶ片づけたのではないかとは思う」
「すごいな」若者は口笛を吹いた。
「やめろ」
「なにを?」
「口笛。蛇が出る」
「そうなのか」
「そうなのだ」とイブキ。「しかし、喰うものが見つからない時は頼む」
「食うのか」驚く若者に、イブキは「うむ」頷く。「わりと、うまい」頭を落として咥えて皮を剝いてな、火で炙ってな、「なかなか、うまい」
「そうか」
若者の頬が引きつっている。なんじゃ、食わず嫌いか。「味は淡泊でな、すこし脂か塩が欲しいところではある」
「そうか」若者は味を想像してか、「おっと」いけねえ、いけねえ、と口元の涎を大仰に拭ってみせた。
イブキは思った。かわいいやつめ。
「しかし、山賊退治に終わりがあるのか?」若者が問う。
「弱いのが出てきたら上がりだ」
不思議そうな顔をした若者に、イブキは続ける。「腕に憶えのあるやつから出てくるのが道理だろう。それがいなくなったら?」
「なるほど」若者は感心した。「強い奴から順に弱くなっていく、か」
「ウム。たとえば子供が出てきたら、もう上がりだ」
「子供?」
「野伏せり共にも根城はヤマ、山ヶ家だ。男──オスだけの所帯というのは考え難い」
「まさか」
「或る魔術師から訊いた話だ──異種族との婚姻は可能だ」
「まさか」
「その赤ン坊は、馬のように直ぐに立ち上がるものもあれば、六つ子だの八つ子だのと、わらわらと生れることもある。さらには硬い殻に入って生れてくることもあるそうだ。なかなかだろう?」
「……女もいるのか、山賊なのか」
「ああ」イブキは頷く。「出たぞ」
「それで?」
「それを訊くのか?」剣士の目は鋭い。
「いや、いい」察してか、若者は話題を変えた。「報酬にありつけるのか?」
「何人斬ったか、首を持ち帰るには重いのでな」と、イブキ。「化け物の分は、腹を捌いて引っこ抜いた禍珠の数。これは余禄だ、わたしの取り分にしていい。それと、ひとまず安全だ、という一筆でもって話はついている」
「そんなのでいいのか」
「話がついているのに、後からあれこれいうのは行儀が悪いと云うものだ」
「もし──もしもだ、安全がそうでなかったら──?」
「それはわたしの所為なのか? まあ、そうとも云える。だが、それでヨシと相手との取り決めだ。ほうれ、行儀がなっておらん」
「むむむ」
「それ以上の銭は貰っておらん。むこうも期待しているなら相応の対価、或いはそれ以上を用意をするであろう」
「むむむ」
「安く雇うに丁度、ということだ。わたしにヨシ、相手にヨシ。なんの問題があろうか?」
「あんたほどの腕の立つ者が──?」
「そうだな」イブキは自嘲する。「なかなか買いかぶってくれているようだ。わたしは向こうしばらく免状を出してもらえん」
「なんだって?」
「色々あるのだよ、若造。しばらくは自重するさ。さりとて腕が鈍っても困るのでな。やはり損得の問題だ。只で鞘を払うものか──まあ、ついでもある」
「ついで?」若者は、訝しげに訊ねる。
「先の魔術師は、古い知り合いでな」
「へえ」
「若い頃に山ごもりをして、霊感を得たという」
「へえ」
「その日の記憶を石に刻み、祀ってある、と聞いている」
「なんか怪しくなってきたな」
「ああ」イブキは同意した。「折角だ、それを探してみようと思ってな」
「つまり」と若者。「山賊退治とお参りの旅なのか」
「まあ、そうなる」
「山に入ってどのくらいになる?」
「忘れた」
「ずいぶん軽装だ」
「野伏せりを斬らねば、なかなか腹もくちくならん」剣士は笑った。「腹の一物を切り捨て、背の荷物は頂戴する──ねぐらもあちこちと動かし、適当に里に下り、また登ってる」
そして欠伸交じりに、「野掛け程の気構えとは云わんが、わりとそんな気分は否定すまい」
「もう山のことは知り尽くしたか?」
「まさか」イブキは一笑に付した。「まだ、安全を触れるには及ばん」
「邪魔しちまったか」
「どうだろうな──まあ、こちらとて、安いなりに、余り手間をかけず、簡単に済むようしてはいるさ」
二人は、馬の背に揺られ、てくてくと山道を登る。
*
ふいに茂みから、「待ちな」声を掛けたのは、
「──野伏せりか」
イブキの言葉通りであった。
ヒトと、獣人と、喋る生き物だった。