表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

前編_02(報酬)


   *


 山道を二頭の馬が、それぞれにヒトを乗せて歩いていく。


 この銀の馬、ハガネで出来ているようで、しかし、鞍もなしに、滑り落ちるとか、尻が痛いとか、そういうこともない。


 蹄鉄がいらんってのは便利かもな。

 などと、呑気なことをイブキは思った。


「なんでか分からん」若者が答える「だが報酬は出る」

「ふム?」


 イブキは若者に同行の理由を訊ねたが、どうにも要領を得ない。とどのつまり、自分と変らぬ境遇と云うことか。


「報酬に、もう一丁の拳銃を約束された」若者は腰に吊り下げたホルスターを軽く叩き、にやりと笑った。「その暁には、ペンス・ゴールを名乗ろうと思う。二丁拳銃のペンス・ゴールだ」


 何やらいかがわしい響きだな、と思ったが口にしなかった。


 名前とは、時として自尊心を傷つけることがあるのだ。自分でなく、他人に呼ばれることにより。


「それは良いな」イブキは応えた。「では、わたしが同行する理由は?」

 それには銀の馬が答えた。「あなたのその剣、使いこなせている?」


「何を」イブキは気色ばんだ。馬風情が失礼な。刀は剣士にとって、魂そのものだ。


「あなたの背丈からすれば、長過ぎる嫌いがあると思うわ」

 馬に云われて、むぅ、とイブキは唸った。


 そうなのだ。指摘されるまでもなく──分かっていた。だがそれを認めるのは業腹である。


「大丈夫だ」キニスルナ。

「それに、その手」と銀の馬。

「手がどうしたって?」青年が訊ねる。


 イブキに代わって、「いいのよ」馬が云う。「ちょうど良い長さに鍛え直してあげる、というのはどう? ちょうど二本になるわ」


「断る」

「断れないわ」

 なんだ、この馬。その角、切り落としてやろうか。


「想像してご覧なさい」銀の馬が云った。「二振りの刀を自在に操る自分の姿を」


 イブキは素直に想像してみた──ありゃ、いけない。カッコいいンじゃないか?


「決まりね」と銀の馬。

「まて」まだ承知したわけでない。


「決まりね」と銀の馬。

「……決まりだ」イブキは観念した。


「ぴよ」

 若者の髪から小鳥が飛び出した。


   *


「山賊退治?」

 山をひとりで歩いてるイブキに問うた若者の疑問は、至極素直なものであった。


「そうだ。──だいぶ片づけたのではないかとは思う」

「すごいな」若者は口笛を吹いた。


「やめろ」

「なにを?」

「口笛。蛇が出る」

「そうなのか」


「そうなのだ」とイブキ。「しかし、喰うものが見つからない時は頼む」


「食うのか」驚く若者に、イブキは「うむ」頷く。「わりと、うまい」頭を落として咥えて皮を剝いてな、火で炙ってな、「なかなか、うまい」


「そうか」

 若者の頬が引きつっている。なんじゃ、食わず嫌いか。「味は淡泊でな、すこし脂か塩が欲しいところではある」


「そうか」若者は味を想像してか、「おっと」いけねえ、いけねえ、と口元の涎を大仰に拭ってみせた。

 イブキは思った。かわいいやつめ。


「しかし、山賊退治に終わりがあるのか?」若者が問う。


「弱いのが出てきたら上がりだ」

 不思議そうな顔をした若者に、イブキは続ける。「腕に憶えのあるやつから出てくるのが道理だろう。それがいなくなったら?」


「なるほど」若者は感心した。「強い奴から順に弱くなっていく、か」

「ウム。たとえば子供が出てきたら、もう上がりだ」


「子供?」

「野伏せり共にも根城(ヤサ)はヤマ、山ヶ家だ。男──オスだけの所帯というのは考え難い」


「まさか」

「或る魔術師から訊いた話だ──異種族との婚姻は可能だ」


「まさか」

「その赤ン坊は、馬のように直ぐに立ち上がるものもあれば、六つ子だの八つ子だのと、わらわらと生れることもある。さらには硬い殻に入って生れてくることもあるそうだ。なかなかだろう?」


「……女もいるのか、山賊なのか」

「ああ」イブキは頷く。「出たぞ」

「それで?」


「それを訊くのか?」剣士の目は鋭い。

「いや、いい」察してか、若者は話題を変えた。「報酬にありつけるのか?」


「何人斬ったか、首を持ち帰るには重いのでな」と、イブキ。「化け物の分は、腹を捌いて引っこ抜いた禍珠(マガタマ)の数。これは余禄だ、わたしの取り分にしていい。それと、ひとまず安全だ、という一筆でもって話はついている」


「そんなのでいいのか」


「話がついているのに、後からあれこれいうのは行儀が悪いと云うものだ」


「もし──もしもだ、安全がそうでなかったら──?」


「それはわたしの所為なのか? まあ、そうとも云える。だが、それでヨシと相手との取り決めだ。ほうれ、行儀がなっておらん」

「むむむ」


「それ以上の銭は貰っておらん。むこうも期待しているなら相応の対価、或いはそれ以上を用意をするであろう」

「むむむ」


「安く雇うに丁度、ということだ。わたしにヨシ、相手にヨシ。なんの問題があろうか?」

「あんたほどの腕の立つ者が──?」


「そうだな」イブキは自嘲する。「なかなか買いかぶってくれているようだ。わたしは向こうしばらく免状を出してもらえん」


「なんだって?」

「色々あるのだよ、若造。しばらくは自重するさ。さりとて腕が鈍っても困るのでな。やはり損得の問題だ。只で鞘を払うものか──まあ、ついでもある」


「ついで?」若者は、訝しげに訊ねる。

「先の魔術師は、古い知り合いでな」

「へえ」


「若い頃に山ごもりをして、霊感を得たという」

「へえ」


「その日の記憶を石に刻み、祀ってある、と聞いている」

「なんか怪しくなってきたな」


「ああ」イブキは同意した。「折角だ、それを探してみようと思ってな」


「つまり」と若者。「山賊退治とお参りの旅なのか」

「まあ、そうなる」


「山に入ってどのくらいになる?」

「忘れた」


「ずいぶん軽装だ」

「野伏せりを斬らねば、なかなか腹もくちくならん」剣士は笑った。「腹の一物を切り捨て、背の荷物は頂戴する──ねぐらもあちこちと動かし、適当に里に下り、また登ってる」


 そして欠伸交じりに、「野掛け程の気構えとは云わんが、わりとそんな気分は否定すまい」


「もう山のことは知り尽くしたか?」

「まさか」イブキは一笑に付した。「まだ、安全を触れるには及ばん」


「邪魔しちまったか」

「どうだろうな──まあ、こちらとて、安いなりに、余り手間をかけず、簡単に済むようしてはいるさ」


 二人は、馬の背に揺られ、てくてくと山道を登る。


   *


 ふいに茂みから、「待ちな」声を掛けたのは、

「──野伏せりか」

 イブキの言葉通りであった。


 ヒトと、獣人(パラソン)と、喋る生き物(ナルニアン)だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ