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後編_07(下着姿)


   *


「城は落ちます」イブキは云った。「脱出を。潮流を見誤ってはなりません」


「貴様ァ!」騎士は息巻いた。「敗北主義者か、相打ちならずとも、負けはない!!」


「この猪に付き合う道理はございません。姫、ご決断を」

 選択を迫るものではなかった。


「姫さま! こんなどこの馬の骨とも分からぬ流れ者に耳を貸してはなりません」


 しかし、イブキは、「何故こうなったか考えたことがあるか。誰かが手引きをしてこうなったと、考えなかったのか」


 そして、「間者なら切り捨ておきました」と、王女に報告した。


「なんだと」騎士は衝撃を隠しきれなかった。「そんなことがあるか、あってたまるか」


「最期に悔いていたようです。なので、それ以上は」


「──貴様、まだ云うか!!」


「四の五の云うな!」イブキは一喝した。「そういうことにしておけ!」


 そして、「このイノシシと姫は、背格好が似ております」


「姫さまは今も昔も、ずっとお若いぞ」むすっと武者。

「どんな比較か、バカ者」


「その通りですね」

「姫さま!?」


「そしてこの双子の侍女とも。なので、イノシシ、お前は二人の服を持ってこい。場所は分かっておろう。同じ物を二着だ」

 有無を云わさぬ口調であった。


 騎士は、王女を見た。

 王女は、頷いた。

 騎士はイブキを睨みつけ、不承々々と部屋を去った。


「姫」イブキは王女を促した。「着替えを。準備を」


 イブキは早速、始末に取り掛かった。


 侍女の死体を裸にすると、綺麗に拭いて、王女の服を着せた。侍女の躰は、ぐにゃりぐにゃりと拒絶するかのようであった。


 悪戦苦闘しつつも、抱きかかえるようにして(それにしてもそっくりだ)、下着から髪の長さも(カツラ)、いっさい同じくした。


 化粧をしても、血色は戻らなかった。

 否、このままでいい。五月王女の遺体なのだから。


「わたしはかって、あなたに似た者を都から追放しました」王女は血濡れた服を脱ぎ、下着姿で立ちすくんだ。


「自分はただの山猿にすぎません」イブキは、再び床の上に侍女を横たえた。


「ならわたしの思い違いなのでしょう」

「ええ。そうでなければ、その者が今度は姫を都から追放するのです」イブキは、乱雑に部屋を荒らした。


「因果応報ですね」

「責めることでもありません。ただただ、時の巡りでしょう」イブキは、脱出に必要な物を探して廻った。


「世継ぎが生れ、一度は八月になった。しかし再び、五月になった」

「そうですか」着替え、肌着、非常持ち出し袋。医療品は何処か。タオル類を重ねてきつく縛った。


「わたしは五月に戻った。叔父と従姉と兄がいなくなって」

「さいですか」イブキは準備の手を休めることなく応えた。


「この容子では一足飛びで朔月の座に付きそう」

「そうですね」


「否定してくれないのですね」

「それには俸給が必要です」


「どうやら、一本取られました」

 王女は悲しげに微笑んだ。

 イブキは黙って支度を続けた。


「あれから何年経ったのでしょうか。あの者は私を恨んでいるのでしょうか」

 イブキは黙って支度を続けた。


「息災であることが分かっただけでも、私は嬉しい」

「姫。お手を。お止めなさるな。もう侍女はいないのです」


「ええ」王女は儚く微笑んだ。「そうですね──」


   *


「他に忘れ物はございませんか」

 荷を包み、イブキは訊ねた。

「これを、」と王女は小箱を取り出した。


「邪魔になるでしょう」

「しかし、必要になるやもしれません」

 イブキは考え、「ならば、中身だけを」


「はい」王女は素直に従った。

「姫のお(しるし)ですね」


「はい」王女は箱を開け、息を飲んだ。

「どうかしましたか?」


 王女が見せたのは、「御璽……」はたしてイブキのつぶやきの通りであった。

「どうして」王女も驚きを隠しきれない。


「姫」イブキは身を固くした。「なんであれ、お持ちなさい」

「いけません」王女は首を振った。「こればかりはなりません」


「いいえ、違います、姫。本来のものが入っておらず、それがあるというのなら──」


「なんですか」

「それが姫の務めになります」


「そうなのでしょうか──?」

「あなたは、これから一足飛びに王座につくのです」


「私に、その覚悟はありません」

 王女は両手で自分の肩を抱いた。「私は、怖い」


「こんな場ですが、不作法をご免なすって」

 イブキは王女の頬を張った。「覚悟は作るものです」


「ごめんなさい」

 五月王女は、消え入りそうな声で云った。


「姫。あなたは帝国の女王となるのです。お覚悟なさいませ。腹をお括りなさいませ」


「……そうですね」


 そしてイブキは、先ほど取り上げた短刀を突き出し、「これをお持ちください」


「……私に?」

「念のためです」

「──分かりました」

 王女は刀を受け取った。


 姫はきゅっと口を結んだ。


(まだ早い、早すぎる)


 イブキの脳裏に、銀の女の影がちらついた。


 ──あの牝狐が。

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