表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

前編_09(菓子でも喰う)


   *


 ちゃかぽこと、蹄が地を蹴り、山道を進む。

 昨日と同じく、よく晴れた日であった。


 雲が音もなく静かに流れていく。


 若者は、遠慮がちに口を開いた。「……昨日のあんたを見て、俺は判らなくなった」

「ふム?」


「正しいのか、あんたは」


「足らぬ頭で、つまらんことでも思いついたか。ほれ、菓子でも喰うか?」

 イブキは懐に手を入れ、懐紙に包んだそれを出した。「うまいぞ。ほれ」


「ガキじゃねぇ」とは云うものの、「なんだ、それは」興味には抗えない。


 包みの中は、やや黄色みがかった固形の菓子である。「見たこともないな……どんなものだ?」


「食わず嫌いか。甘いぞ。少しは血の巡りも良くなるってことだ」


 なにを、と気色ばんだ口にイブキは菓子を放り、自分も口に含んだ。「うまかろう。落雁(らくがん)だ」(原註:干菓子の一種。砂糖を混ぜ、型に入れて固めたもの)。


「うっま!」思わず声が出た。

 女が笑った。

「山賊共も贅沢しておる」


「盗んだのか」ゴールは水を飲んだ。

 甘く、ほろほろと壊れる食感のある菓子であったが、いささか口が渇く。


「盗んだ?」イブキは首を傾げた。「いや、拾った」

「違うだろう」


「そうだな。鹵獲品だの戦利品だの──略奪とも違うよな?」

「……そうなのか?」


「そういうことにしておけ。これもどこかの隊商から分捕ったものであろう。もう名もない品だ」


「持ち主不明、か」

「このくらいの役得はあっていいのだ」と、イブキは菓子の包みを懐に戻した。


 そうだろうか。

 若者は思う。

 悪いヤツが悪さして得たものを打ち倒して懐に納めたところで、問題は変わらない。そうじゃないか?


 彼の倦んだ思いは、糸口の見えない捩れ絡まる網のようであった。

 網に捕まり、絡まった自分がいる。


 この女剣士と共に、旅を続けて良いのだろうか──?


「本当に、お前は良いな」と、イブキは目を細めた。「素直でかわいい」

 剣士の言葉に、「なにを」若者が噛みつく。


「そういうところだ」剣士は笑った。「褒めたのだ。大事にしておけ」

「答えになっていない」

「何を知りたい、何を訊きたい?」


「あんたの、やり方だ」

「そうだな──」イブキは少し考え、「免状の発行と登録の際に、云われなかったか。教えられなかったか。この稼業が卑しいことを」

「いや、そんなことはない」


「いや、そんなことは、ある」イブキは断言した。「とても誇れることでない。ヒトとは元来、地に根付き、そこで生れ、育ち、子を成し、老いて死ぬが道理。


「そうして社会を作っている──作ったのだ。自分たちで手を入れた土地は自分たちのもの。余所様の土地は余所様のもの。


「なぜか? 土地に根付いた者たちが、時間と世代をかけて、そこで、そうなるように作ってきたからだ。一朝一夕のことでなく、全ては土地が憶えている。土地に堆積している。


「そこを訪れる者は、所詮は一時の来訪者。余所者のままでしかない。流浪人だ。


「賞金稼ぎと賞金首。


「自分たちの育てた土地で、流れ者同士がカネで命のやりとりをするなど、はた迷惑にも程がある。こんな稼業、なくなっても良い。そもそも成り立つのがおかしい。


「土地の者が目に見え、触れることのできる損得だけで動くものか。それが土地に根付き、暮らすことの生き様だ」


 若者は黙って聞いていた。


「お前も、わたしの仕留めた得物を腹におさめたでないか。一晩経って尻から()り出せば、なかったことになるのか? 今朝だって、あれは地から湧いたものでもなけなければ、空から降ってきたものでない」


「そうだが、そうでない」若者は顔を歪めた。


「確かに。その通りだ」素直にイブキは認めた。「お前まで、わたしと同じになったと思うことはない」


「いや──いや、」若者は考え込む。「そうなのか?」

「ならば、お前の正義はどこからくる」

「それは、」


「それは」と、イブキは言葉を引き取り、「お前の生き様だろう。違うか?」


「あ、ああ」若者は再び考え込んだ。「そうかもしれない」


「わたしの場合はもっと単純だよ、若造。死にたくなかったのだ」

 剣士は、決然と云い(はな)った。


「相打ちならば負けではない。が、勝ちでもない。


「わたしのように学の足らん者は、往々にして物事を、善悪の二つに、ぱっくりと割る。


「あれこれ思い悩むことも、迷うことのない、至極単純な道理だからだ。


「善いか悪いか、好きか嫌いか。それの外は雑音にすぎん。故に、決めたら、ただ邁進するだけでいい。


「簡単なものだ。


「躰は気力でできている。骨身は気力で保たれる。心を堅く、強くしろ。さすれば誰もがおののく生き汚さを得られる」


 若者は、そっと伺うように剣士を見た。彼女は真っ直ぐ前を向いていた。


「死にたくなければ鬼となれ。ヒトの枠に留まっているうちは、無理だ」

「……」


「まあ、ひとたび鬼になった者が、再びヒトに戻れるとは思わん」

「……」


「それはヒトとは違う、何かであろうな」


 剣士の瞳は澄んだ色を湛え、真っ直ぐ遠くを見据えていた。


 そこに、何の色もなかった。


「あんたは……鬼なのか」


「知らん」イブキは息を吐いた。「だが、そう呼ばれるなら、そうなのだろう」


 ──しばらくふたりは、口をきかぬまま馬の背に揺られ、山道を進んだ。


 ピイッと、甲高い汽笛の音が風を渡って耳に届いた。ふたりは麓に目を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ