前編_09(菓子でも喰う)
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ちゃかぽこと、蹄が地を蹴り、山道を進む。
昨日と同じく、よく晴れた日であった。
雲が音もなく静かに流れていく。
若者は、遠慮がちに口を開いた。「……昨日のあんたを見て、俺は判らなくなった」
「ふム?」
「正しいのか、あんたは」
「足らぬ頭で、つまらんことでも思いついたか。ほれ、菓子でも喰うか?」
イブキは懐に手を入れ、懐紙に包んだそれを出した。「うまいぞ。ほれ」
「ガキじゃねぇ」とは云うものの、「なんだ、それは」興味には抗えない。
包みの中は、やや黄色みがかった固形の菓子である。「見たこともないな……どんなものだ?」
「食わず嫌いか。甘いぞ。少しは血の巡りも良くなるってことだ」
なにを、と気色ばんだ口にイブキは菓子を放り、自分も口に含んだ。「うまかろう。落雁だ」(原註:干菓子の一種。砂糖を混ぜ、型に入れて固めたもの)。
「うっま!」思わず声が出た。
女が笑った。
「山賊共も贅沢しておる」
「盗んだのか」ゴールは水を飲んだ。
甘く、ほろほろと壊れる食感のある菓子であったが、いささか口が渇く。
「盗んだ?」イブキは首を傾げた。「いや、拾った」
「違うだろう」
「そうだな。鹵獲品だの戦利品だの──略奪とも違うよな?」
「……そうなのか?」
「そういうことにしておけ。これもどこかの隊商から分捕ったものであろう。もう名もない品だ」
「持ち主不明、か」
「このくらいの役得はあっていいのだ」と、イブキは菓子の包みを懐に戻した。
そうだろうか。
若者は思う。
悪いヤツが悪さして得たものを打ち倒して懐に納めたところで、問題は変わらない。そうじゃないか?
彼の倦んだ思いは、糸口の見えない捩れ絡まる網のようであった。
網に捕まり、絡まった自分がいる。
この女剣士と共に、旅を続けて良いのだろうか──?
「本当に、お前は良いな」と、イブキは目を細めた。「素直でかわいい」
剣士の言葉に、「なにを」若者が噛みつく。
「そういうところだ」剣士は笑った。「褒めたのだ。大事にしておけ」
「答えになっていない」
「何を知りたい、何を訊きたい?」
「あんたの、やり方だ」
「そうだな──」イブキは少し考え、「免状の発行と登録の際に、云われなかったか。教えられなかったか。この稼業が卑しいことを」
「いや、そんなことはない」
「いや、そんなことは、ある」イブキは断言した。「とても誇れることでない。ヒトとは元来、地に根付き、そこで生れ、育ち、子を成し、老いて死ぬが道理。
「そうして社会を作っている──作ったのだ。自分たちで手を入れた土地は自分たちのもの。余所様の土地は余所様のもの。
「なぜか? 土地に根付いた者たちが、時間と世代をかけて、そこで、そうなるように作ってきたからだ。一朝一夕のことでなく、全ては土地が憶えている。土地に堆積している。
「そこを訪れる者は、所詮は一時の来訪者。余所者のままでしかない。流浪人だ。
「賞金稼ぎと賞金首。
「自分たちの育てた土地で、流れ者同士がカネで命のやりとりをするなど、はた迷惑にも程がある。こんな稼業、なくなっても良い。そもそも成り立つのがおかしい。
「土地の者が目に見え、触れることのできる損得だけで動くものか。それが土地に根付き、暮らすことの生き様だ」
若者は黙って聞いていた。
「お前も、わたしの仕留めた得物を腹におさめたでないか。一晩経って尻から放り出せば、なかったことになるのか? 今朝だって、あれは地から湧いたものでもなけなければ、空から降ってきたものでない」
「そうだが、そうでない」若者は顔を歪めた。
「確かに。その通りだ」素直にイブキは認めた。「お前まで、わたしと同じになったと思うことはない」
「いや──いや、」若者は考え込む。「そうなのか?」
「ならば、お前の正義はどこからくる」
「それは、」
「それは」と、イブキは言葉を引き取り、「お前の生き様だろう。違うか?」
「あ、ああ」若者は再び考え込んだ。「そうかもしれない」
「わたしの場合はもっと単純だよ、若造。死にたくなかったのだ」
剣士は、決然と云い放った。
「相打ちならば負けではない。が、勝ちでもない。
「わたしのように学の足らん者は、往々にして物事を、善悪の二つに、ぱっくりと割る。
「あれこれ思い悩むことも、迷うことのない、至極単純な道理だからだ。
「善いか悪いか、好きか嫌いか。それの外は雑音にすぎん。故に、決めたら、ただ邁進するだけでいい。
「簡単なものだ。
「躰は気力でできている。骨身は気力で保たれる。心を堅く、強くしろ。さすれば誰もがおののく生き汚さを得られる」
若者は、そっと伺うように剣士を見た。彼女は真っ直ぐ前を向いていた。
「死にたくなければ鬼となれ。ヒトの枠に留まっているうちは、無理だ」
「……」
「まあ、ひとたび鬼になった者が、再びヒトに戻れるとは思わん」
「……」
「それはヒトとは違う、何かであろうな」
剣士の瞳は澄んだ色を湛え、真っ直ぐ遠くを見据えていた。
そこに、何の色もなかった。
「あんたは……鬼なのか」
「知らん」イブキは息を吐いた。「だが、そう呼ばれるなら、そうなのだろう」
──しばらくふたりは、口をきかぬまま馬の背に揺られ、山道を進んだ。
ピイッと、甲高い汽笛の音が風を渡って耳に届いた。ふたりは麓に目を向けた。




