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九.エンディングまで、止まるんじゃねえぞ

「し、死ぬかと思いました……」


 街の外壁、見張場の屋根の上でミラがへたり込んでいる。魔導フックを使ったときの着地は通常の落下判定とは異なるので、たとえ4階の高さから飛び降りたとしてもノーダメージだ。


「怪我してないから大丈夫」


「むしろ何で無事なんですか!」


 抗議の声をあげるミラを抱えて、俺はもう一度フックを構えた。


「また飛ぶぞ」


「待ってくださ、あああああ!」


 外壁の上から、今度は街の外の大木に向かって飛び降りた。ヘヴィサイドの街は出入り口が東側にしかないのだが、外壁を超えて北から出ることで次の目的地までの距離を短縮できる。

木に飛び移った俺達はさらに地面に飛び降り、ようやく地に足がついた。


「はあ、はあ、私、これほんとに駄目かもしれないです……あの、ちょっと手を貸してもらっていいですか?」


 ミラはもうすっかり腰が抜けて、一人で立てなくなっている。


「頑張れミラ。このフックは今後アホほど使う。というかこれを使い倒すために正規ルートを無視してここまで来たんだ。慣れてくれ」


「うぅ、ハルキ様がそう言うのなら、それはもう決定事項なのですよね。気が重いです……」


 俺はミラを連れてまた走り出した。


 時刻は夜。空気の冷たい山道を粛々と進む。人が立ち入ることは滅多に無い険しい岩山で、かすかな星あかりを頼りに足場の悪い道を進まなければならなかった。道中なんどか魔導フックが必要になる場面があって、高い岩に登ったり、崖を越えたり、急な下り坂を飛び降りたりするたびに、閑静な山奥にミラの悲鳴が響いた。


土と、岩と、たまにほっそりとした低木が見られる程度の枯れた土地だが、西側の海に向かって進んでいるので、次第に湿った空気と潮の匂いが感じられるようになった。

 

「ふう、ふう、もうだいぶ遠くまで来ましたね」


 俺の後ろでミラが少し疲れた様子を見せた。まあ、夜通し走っているので当然なのだが、このゲームは数日くらい睡眠を取らなくても運動能力に支障は出ない。俺もミラも、疲労はあるものの最初からずっと変わらないペースで進んでいる。


「ハルキ様は、ずっと走り続けて大変じゃないのですか?」


 ミラが至極まっとうな疑問を投げかける。当たり前だが、もとの世界では俺はこんなに動き回る体力はない。モンスターと戦う筋力もないし、ミラのような美人を連れ回せるような器量もない。

ゲームだから。

その一言で全て済ませて良いのかわからないが、そうでもしないと説明がつかないのも事実だ。


「そろそろ半分くらいかな。マラソン地帯は退屈になりがちだけど、RTA的には休憩ポイントだよ」


「走っているのに休憩……」


 RTAとしての進行度の話をしているから、ミラに通じないのは当たり前なのだが、真剣に考え込んでしまうあたり真面目なシスターらしい。


「休憩する?」


 俺はなんとなしに聞いてしまった。仮に頼まれても足を止めるきはサラサラないのだが……。


「いえいえ! 大丈夫です! どこまでも着いていきます!」


 ミラは慌てて否定した。このゲームのフォロワーは本当にどこまでも着いてきてくれるから頼もしい。


 話しながら進んでいると、上空から金切り声が聞こえてきた。見上げると、人の姿に翼を付けたような、薄気味悪いシルエットが群れを成して、こちらに向かってきている。


「きたか」


「な、なんですかあれは。不気味な……鳥? 人?」


「あれはハルピュイア。この山に生息してる鳥人型モンスターだ。群れで行動する習性があって、人を見かけると空から襲いかかってくる」


 後半の敵だけあって、ハルピュイアは普通に戦うと厄介な相手だ。基本的に空中にいるから弓か魔法がないと攻撃が当たらないし、足場が悪いから身動きも取りづらい。慣れてくると攻撃に合わせてカウンターを決めることもできるが、今回は低レベルでここまで来てることもあり、別の攻略方法を採用する。


「うわあ、近づいてきますよ、ハルキ様」


「山頂の方にあいつらの巣があるんだよ。こっちだ、ミラ。一旦隠れるぞ」


 俺はミラの手を引いて岩陰に身を潜めた。敵の影が山頂の方へ向かっていく。

俺は弓を構えて、群れの最後尾のハルピュイアに矢を射った。矢があたり俺たちに気づいたハルピュイアが一匹、こちらに向かって飛んでくる。


「こうやって、一匹ずつおびき出して仕留める」


「わざわざ倒さずに、こっそり進みましょうよ……」


 残念ながら、今回のチャートではこの敵を利用してレベル上げをするから、見逃すわけにはいかない。

近づいてきたハルピュイアに向かって右腕の魔導フックを構える。敵は直線的に向かってくるから、狙いを定めるのは難しくない。迫りくる鳥獣に向かってフックを射出。先端をひっつけて引き寄せると特殊アクションが発生し、飛んでる敵の背中に馬乗りになることができる。ハルピュイアは唸り声を上げているが、背中側はがら空きのため対処できず、さらにこちらの重みで高度が下がってしまう。地面に近づいたところで短剣を取り出し、翼に突き立てる。


「きゃあっ! だ、大丈夫ですか!」


翼をやられたハルピュイアはミラの近くに落下し、地面に叩きつけられそのまま絶命した。

こんな感じで、魔導フックを使った特殊アクションを利用すれば、こちらの攻撃力が低くても一撃で敵を仕留めることができる。経験値もそこそこ貰えるから、レベル上げにはもってこいだ。


「この調子でしばらく狩るぞ」


「き、気をつけてくださいね……」


 場所を少し移動し、ハルピュイアの群れの残りを視野に入れる。先程と同様に弓矢で挑発し、近づいて来たところにフックを射つ。

他の群れも探しつつ、鳥人型のモンスターを粛々と処理しながら、どのくらいまでレベルを上げるか考える。ここまでのタイム、拾った装備、今のレベル、調子、前回の反省。タイムを短縮するならもちろん時間を掛けないほうが良いのだが、安定を取るなら多めにレベルを上げたい。いろいろなものが影響するから、一概に答えを出すことは出来ないのだが……。


ふと、自分の置かれた状況を鑑みる。……本当に、ゲームの世界なんだよなあ。

理由なんてどうせわからないだろうから、考えないようにしてたけど、ゲームの世界に入るなんて、普通だったら絶対に信じない。でも、反射的にRTAを始めてしまったんだよな。


俺は落下するハルピュイアの背中で懐を探り、懐中時計をちらりと確認した。

かなりの好記録。このまま行けば、自己ベスト、あるいは一位を狙えるタイム。


……じゃあ、攻めよう。当初の予定どおり、最速を目指そう。

 ゲームやる理由なんて、面白いから以外に無いもんな。この世界に来た意味とか、原理とか、そんなもんどうでもいいんだよ。俺はただこの世界ゲームを楽しめればそれでいい。


「これで最後」


 ひとしきり狩り終えて、俺は最後のハルピュイアの背中から短剣を引き抜き、地面に降りた。


「もういいのですか?」


 岩場に腰掛けて待っていたミラが聞いた。


「ああ、これからはペースを上げていくから、最後までついてきてくれ」

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