八.全てのRTAを過去にする
元軍人であるニコライの家を漁って士官のバッジを手に入れた俺は、入り口の警備兵をだまくらかして軍の重要施設、大監獄に侵入した。
建物の中は薄暗く、どことなく冷たい空気が漂っている。等間隔に配置された燭台の火がゆらゆらと石畳の長い廊下を照らし、通路の両脇には鉄格子で区切られた牢屋がずらりと並んでいた。
檻の中にはいろんなやつがいる。じっと佇んでいるやつ、こちらに気づいて罵声を飛ばしてくるやつ、なにもない壁に向かってひたすら喋り続けるやつ、まともなやつ、やばいやつ、大人、子供、男、女……。
俺は檻の中を確認しながら廊下を走り抜け、目的の人物を探した。
実は今この監獄には、知ってる人物が3人捕まっている。
一人目はニコライ。彼のイベントは洞窟のボスを撃破した後に進行するから、今は無視していい。
二人目はミラ。監視塔で捕まった後、兵士に連れられてここの独房のどこかに閉じ込められている。どの牢屋に入っているかはランダムで決まるため、毎回探さなければならないという厄介な仕様だ。まあ、ミラを捕まえさせたのは俺なんだけど。
そして最後の一人は、まだ直接は会ったことはないのだが、届けるものがあるのでここで牢屋に立ち寄る必要がある。
「この区画にはいなかったか」
俺はミラの姿を探しながら廊下を走り、そのまま端まで到達した。ミラ以外の囚人の配置は固定で、空いてる檻にミラが収容されることになるので、探すべき場所自体は絞ることができる。1階にはいなかったので、今度は階段を上がって2階を調べる。
監獄内は構造はシンプルなのだが、似たような景色が続くので迷いやすい。たまに特徴的な囚人が入っている檻があるので、俺はそれを目印にしている。例えば2階の場合、腹にチーズを塗りたくってるデブがいる檻を右に曲がり、カビたパンに祈りを捧げている老人を見つけたら、その2つ先が目的の独房だ。
「お前がグリムだな?」
檻の向こうに一人の男が捕まっており、俺はそいつに声をかけた。こいつの名前はグリム。ラコンの街で屋根から侵入した魔道士の、弟子にあたる。師匠の研究を引き継いで魔導書のことを調べているが、今はここで投獄生活を送っている。
「何だ、君は。僕は忙しいんだ。話があるなら看守にでも伝えておいてくれ」
こいつは背の高い痩せ型の男で、人を嫌い、神経質そうな早口でしゃべる。丈の長いローブを着込み、鯨油のランプで手元を照らし本を読んでいる。檻の中も明らかに他の囚人とは異なっており、どうやって調達したのか、実験用の器具やら材料やらがいくつも積まれていて、隠している様子もない。
とても囚われの身とは思えない待遇だが、もとは高名な技術者兼学者だったらしく、監獄内にもツテがいろいろとあるようだ。
「魔導書の件だ」
俺が一言告げると、グリムは目の色を変えて本を閉じ、鉄格子の側まで慌てて駆け寄ってきた。自分が興味のある話題になると、子供のような好奇心で食いついてくるからわかりやすい。
「なんだ、そういうことなら早く言ってくれ。で、一体何を持ってきたんだ? 論文か? 魔物の素材か? 本なら大歓迎だが、写しでも構わないぞ」
「お前の師匠から手紙を預かっている」
「なに、先生から手紙だと?」
俺はラコンの街で受け取っておいた手紙を取り出した。本来はここで弟子に会ってフラグを立ててからラコンに戻る必要があるのだが、今回は強引に手紙をむしり取ってきたので往復の時間を省くことができる。
グリムは鉄格子越しに受け取ると封蝋を剥がし、手紙を一心に読み始めた。手紙の内容は単純で、師匠が志半ばで探すことを諦めた、最後の魔導書の情報が書かれている。
ちなみに手紙の封を途中で開けてしまうと中身が本物かどうか疑われてしまうので、信用してもらうために余計なイベントが必要になる。俺は既プレイだから関係ないけど、初見の場合はやりがちなミスだ。
「うん、どうやら先生は最後の魔導書について、ほとんど入手目前まで情報を掴んでいたらしい」
手紙を読み終えたグリムが独り言のようにつぶやいた。
「君は、先生の知り合いかい? 僕はこれから先生のくれた情報を基にこの魔導書を探したいのだが……」
「そうは言っても、捕まってるじゃないか」
「この檻の鍵はもう持ってるんだ。下っ端の見張りに金を握らせてね。別にここから出る必要もないからここに住んでたけど……雨風もしのげるし、食事も用意してくれるしね。でも、新しい魔導書が見つかるかもしれないとなったら話は別だ。今すぐにでも出発したい。でも……」
グリムは頼りない表情で俺を見た。
「例の本は、西海岸の洞窟にあるらしいんだ。でもあそこはヤバいモンスターがうようよいるって噂だし、僕は戦いはからっきしなんだ」
「そうか、じゃあ俺が代わりに取ってこよう」
俺は特に感情も込めずに言った。
この辺のやり取りは俺にとって結果がわかっている部分なので、駆け引きとしては退屈だ。ただ、そうは言ってもイベントとして矛盾の起きないようにしないと後で何が起こるかわからないので、必要なセリフだけを淡々とつないでいる。
一応、『一緒に探しに行こう』と言うとグリムをフォロワーとして加えることができるのだが、今回はいらないのでおとなしく牢屋で待っていてもらう。
「本当か! それは素晴らしい提案だが……見たところ君の装備じゃちょっと不安だな。……よし! 僕が造った装備をあげよう。魔導書の中に古い魔道具のことが書いてあって、再現しようと思って造ってみたんだ。まあ、ここの兵士がどんくさくて設備を整えるのに苦労したが、完成度は上々だ。手紙を届けてくれたお礼と、魔導書を手に入れるための先行投資を兼ねて、君に使ってもらいたい」
そう言ってグリムは独房の奥の方を漁って、彼の開発した装備を持ってきた。腕にはめるタイプの装備で、薄い金属とモンスターの素材を使って造られている。彼の研究した魔導書の魔力が込められており、古い魔導文字が装飾的に刻み込まれている。
グリムは檻の鍵を使って扉を開けて、俺にそれを渡すと再び檻に入って鍵をかけ直した。
「やりたい放題だな。牢屋に入っているのに自分の家と変わらないじゃないか」
「ここの番兵は親切なんだよ。いや、親切にしてくれる薬を投与したんだったかな。まあとにかく、それを使えば君の行動力は飛躍するよ。きっと役に立つはずだ」
彼の言葉通り、この装備は本当に役に立つ。この腕装備は通常の装備品とは別枠で管理される特殊アイテムで、腕から魔法のロープを出して遠くを掴み、引き寄せることでそこまで移動したり、遠くのものを近寄せることができる。
アクションRPGにはお馴染みの遠距離移動要素で、グラップリングビームとかフックショットとか言えば、世界共通で通じるはずだ。
正直、これを手に入れるために正規ルートを外れてここまで来たと言っても過言ではない。
「ありがとう。魔導書を手に入れたらまたここに来るよ」
俺は早速もらった装備を身に着けて、グリムに別れを告げた。この監獄であとやるべきことは、ミラを見つけて助け出すことだ。
俺は 獄内の通路を走り、ミラが囚われている檻を探す。2階の檻を一通り回ったが見つからず、仕方なく3階へ向かった。この大監獄は5階建てなのだが、3階以降は登れば登るほどタイムロスなので、できればここで見つけたい。
しかし俺の望みも虚しく3階もハズレで、4階を探し回ってまだ見つからず、もう駄目かと思ったところで最後の檻にミラがいた。
「ミラ! ここにいたか」
「……ハルキ様?」
独房の隅で膝を抱えていたミラが、俺の声に気づいて顔を上げた。
「うあっああぁっああ、ハルキさまあああ~ひどい、ひどいです。私をおいて一人で行って、兵隊さんに連れられて、うっ、うっ、ぐすっ、うわあああぁぁあん」
こちらを見るなりミラは鉄格子まで飛びついてきてわんわん泣いた。いやあ、悪いことしたとは思ってるけど、こんなに泣かれたっけかな?
「ごめんね。すぐに出してあげるから」
この監獄には多くの牢屋があるが、先程のグリムがいた檻のような例外を除いて、どの檻も基本的には中に入れないようになっている。だが、フォロワーが捕まってしまった場合には、看守の一人が檻の鍵を所持するようになり、その鍵を使って扉を開けることができる。このとき、その鍵を使って他の檻も開けられるようになってしまうところがポイントだ。
檻の中に用があること、そして誰かしら捕まらないと鍵が生成されないことから、ミラを牢屋に入れさせたのである。
「どうどう」
「うぅ、ひっく、ひっく」
泣き止まないミラをなだめながら、俺は周囲を見回して看守の姿がないか探した。ここに来るまでに誰かしらと会っていたら良かったのだが、今回は偶然にも誰にも見つからずノンストップでミラの檻まで来てしまったので、看守がどこにいるかまだわからない。監獄内をある程度決まったルートで巡回しているので見つけること自体は難しくないのだが、時間のことを考えるとどこかしらで会っておきたかった。
ここに来て運がないな。まあ仕方ない。
俺は看守の巡回ルートを思い出し、これまで通ってきた道で出会わなかったことから、この後どこを探すべきか考える。
「4階まで来てどこにもいないんだから、今は5階にいる可能性が高いかな。5階から下に降りるときはあっちの階段を使うはずだから……」
俺は脳内マップを頼りに、階段に向かって走った。通路を進み、角を曲がった先に階段があるのだが……いた! ちょうど4階に降りてくる途中の兵士が見える。このまま行けば正面からかち合うだろう。
俺はそのまま看守のところまで駆け寄り、右腕の魔導ワイヤーを構えた。
「む、貴様、何者だ!」
看守の警告を無視して俺は魔法のロープを射出する。半透明な青紫のロープが、しゅるりと真っ直ぐ伸びて看守の右脚にくっついた。
そのままロープを引っ張ると、兵士は脚をとられて仰向けにすっ転ぶ。俺はすかさず近づいてマウントを取り、首を締めて気を失わせた。ここの看守は処理に手こずると仲間を呼ばれたり、顔を覚えられて指名手配にされたりするから、出会い頭に容赦なく仕留めるのがコツだ。
俺は看守の懐から鍵束を奪い、ミラのいる檻まで戻って扉を開けた。
「よし、救出完了」
「うう、ひどい目に遭いました」
ようやく落ち着いたミラは泣きつかれた表情で、檻から出られたことに安堵すると、一転してすぐに声をこわばらせて言った。
「今後! 二度とこういうことの無いように! いいですね!」
「わかったよ」
「一人は寂しいんですからね!」
「おう」
何度も念を押されて、もう二度と一人にしないと約束させられるまで散々言い募られた。
もともと感情表現の豊かな子だとは思ってたけど、こんなに厳しく怒られるのは初めてな気がする。RTAでなくとも、普通にプレイしてたときでもこんなセリフはなかったと思うんだけど……。
俺は再びミラを連れて、この建物内の最後の目的地に向かった。
4階北側、最も端にある牢屋は窓の格子が風化して外れかけており、檻として機能していない。当然、今は使われておらず、扉にも鍵が掛けられている。しかし、ここから脱出したい俺達にとってはこの上なく好都合だ。
俺は先程の鍵を使って檻の中に入り、風化してすっかり脆くなった窓の格子を叩き壊した。窓そのものは人が通れるくらいの大きさがあるので、鉄格子さえなんとかしてしまえばここから出ることができる。俺は窓のふちに飛び乗って外を見た。
街はすでに日が沈みかけていて、北側の空には星が見えている。
すぐ近く眼下に街の北側の防壁があり、その上を見張りの兵士が歩いている様子が見えた。防壁の上には所々に三角屋根の子部屋が設けられていて、有事の際はここに弓兵などが集まり、高所から外を狙撃できるようになっている。
高さにして建物2階分くらい。距離にして2,30メートルくらいかな。俺は一番近くの三角屋根に向かって、魔導フックを射出した。屋根の多くは、ロープをくっつけられるグラップリングポイントになっているのだ。
「よし、じゃあ、行こうか」
俺はミラを引っ張り上げて窓のふちに乗せた。
「え、でもここ、4階ですよ?」
「しっかり捕まってろ」
「ちょっと、いや、待っ、ひゃあああああああ!!」
悲鳴をあげるミラを抱えて、俺は窓から飛び降りた。