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四.俺より強い冷奴に会いに行く

「わあ、大きな街ですねえ」


 このゲーム随一の大都市「ラコン」に辿り着いた俺とミラは、街の中心を目指して大通りを走り抜けていた。

陽光に照らされた街は活気に満ちており、行き交う人々や露店の喧騒が通り全体を暖かく包みこんでいる。

世界が崩壊の危機にあるだなんてまるで嘘のようだが、空を見上げればそこには、光輝く太陽の隣にふてぶてしく口を開いた、輪郭の辿れぬおぞましい裂け目が俺たちを覗き込んでいる。


「この街では寄るべきところがいくつかある。まあ、一つ一つは大したイベントじゃないから、事前にルートを確認しておけば大きなミスは起きない。とりあえず最初に向かうのは駐留西方軍の倉庫だ」


 人混みをかき分け進みながら、俺はミラに今後の指針を説明する。


「軍隊の倉庫? そんなところで何をなさるつもりですか」


「そこに脱走兵が一人拘束されてるから、そいつを開放する」


「ええっ! だめですよそんなことしたら! ハルキ様が捕まってしまいますよ!」


「こっそりやるから大丈夫」


「そういう問題じゃないです!」


 西のダンジョンを攻略する際に必要なフラグだから、この段階で脱走兵と会うのは必須行動なのだ。


「よし、着いたぞ」


 俺たちは目的の場所にやってきた。街の中心付近ではあるが大通りの裏手にあたる細道で、先ほどまでの賑わいとはうってかわって人通りの無いひっそりとした場所だ。軍隊の詰め所は飾り気のない無骨な四角い建物で、それより一回り小さい倉庫が隣に併設されている。軍の敷地は背の高い柵で覆われており、侵入者を見張る警備兵が何人か配置されているので正面突破は難しい。


「ほら、見張りの人がたくさんいますよ。無茶なことはやめましょう」


「まず、一番視界が広い見張りを仕留める」


 俺は山賊から奪っておいた弓を装備し、斜め上空を目掛けて構えた。

立ち位置は軍の正門から3歩ほど離れた場所。詰め所の屋根を目印に横軸を合わせ、手前の正門の上端を目印に縦軸を合わせる。弦を最大まで引き、射る。


「ちょっと……!」


「静かに!」


 驚いているミラを制す。ここでは曲射が成功したかどうか、音で判断する必要があるのだ。

ひょうっと飛んでいった矢が空中にきれいな放物線を描き、倉庫の向こう側へ吸い込まれるように落ちていく。


「うっ……!」


 くぐもったうめき声と、ドスンと倒れる音。オーケー、任務は成功だ。


「軸合わせさえしっかりしてれば、見た目ほど難しい技じゃない」


「いや、あの、すごすぎですよね。というより、バレますよね」


「敷地の外からの攻撃なら見られても反応されないぞ」


「なんと、まあ」


 言葉もないという様子でミラは驚いている。まあ、こういうザル警備はゲームならではだよな。


 さて、次は隠密行動(スニーキングミッション)だ。俺は正門ギリギリまで近寄ってしゃがみ込み、中の様子を伺った。

向かって右側の警備兵が最接近した後、方向を変えて倉庫側に歩き始めたら、背後にくっついて追いかけるように移動する。

俺はしゃがみ歩きでじりじりと兵士の後を追った。俺を連れ戻そうとミラが必死に服の裾を引っ張ってくるが無駄だ。フォロワーに拒否権は無い。諦めよ。


兵士は途中で立ち止まり辺りを見回すが、振り向くことはない。ミラがぐいぐいと腕を引っ張ってくるが無視だ。ここはじっと待つ。


少しして再び兵士が歩きだした。今度は倉庫の入り口目前までついていく。ここまで来ると兵士が振り返り来た道を戻ろうとするので、その前に俺は立ち上がり背後から首を締めて落とした。ミラは指が食い込むくらい強く俺を掴んでいる。


「奥の見張りを仕留めておけば、ここで巡回兵を気絶させて放置しても気づかれない」


「はぁ、はぁ、心臓に、悪いです……」


 ミラは青ざめた表情で息を切らしている。

 俺は気絶させた兵士から鍵を奪い、倉庫の扉を開けた。倉庫の中に入ってしまえば見張りはいないので、コソコソする必要はない。


 軍隊の倉庫というだけあって、中は有用な物資が豊富だ。お目当ての脱走兵と会う前に、アイテムを軽く物色する。


「その、怪しげな紫色の液体はなんですか?」


 俺が手にした小瓶を見て、ミラが怪訝な表情を向ける。


「これはいわゆるバフポーションで、その中でも最高位にあたる代物だな。これを飲むと一時的に攻撃力、防御力、移動速度が上昇する、超貴重品だ」


このゲームのアイテムには固定配置とランダム配置の2種類があり、今拾った紫ポットは固定配置、つまりここに来れば必ず手に入るアイテムということだ。

安定性が重要視されるRTAにおいて、強力なアイテムが確定で手に入るのは非常に心強い。


 俺はさらに兵士の個人棚をいくつか開けて、装備品を見繕った。これはランダム配置なので確実性は欠けるが、いいものが無かった場合は後でリカバリーできるポイントがあるし、現状で全裸(下着)のミラに与える装備としてはある程度の防御力があればいいので厳選難度は高くない。


「ミラ、とりあえずこのローブと手袋、装備しといて。あ、あとこっちのブーツも」


 俺は適当に選んだ装備一式をミラに手渡す。


「え、あ、ありがとうございます!」


 ミラは嬉々として受け取った服を着始めた。まあ、もともと服を奪ったの俺だし、感謝されることじゃないんだけどね。

そもそも装備品与えるってことは、このあと無茶させる場面があるってことで……それは黙っておくか。


さてそろそろ脱走兵と会話しようかと思ったとき、ある装備品に目が止まった。

あ、この鎖帷子チェーンメイル、弓術+3ついてんじゃん。これは替えだな。

俺は即決して今の装備(ミラの修道服)と交換した。「弓術」というのはスキル名のことで、この数値にプラスが付いていると弓の扱いが上手くなる。具体的には弦を引く動作が早くなり、攻撃力も上がる。


「よし、いいもん拾ったし、脱走兵を開放するか」


「はい。……あれ、ハルキ様も着替えたのですね」


「ああ」


「私の修道服は?」


「後で売る」


「……」


 倉庫の奥の方まで進むと、ひときわ大きなラックの陰に、縄で繋がれた兵士が一人、壁にもたれて座り込んでいる。

外にいた見張りと同じモブ兵士だが、武器は持っていない。


「何者だ?」


 男は驚いた様子で聞いた。


「開放してやる」


 俺はナイフで縄を切ってやった。


「なぜ助ける?」


「西方に用がある。前線基地に戻って、軍の通行許可証をひとつ用意してくれ」


 俺は要求だけ伝えた。

 兵士は立ち上がり、理解が及ばぬという様子で俺を見た。


「……事情は知らんが、受けた恩は返す。俺の名はシモン。基地へ来ることがあったら声をかけてくれ」


 そう言うと兵士は近場に会った剣を一本拾って、そのまま倉庫を出ていった。


「少し、無愛想な方ですね」


 兵士を見送りながらミラがつぶやく。


「まあ、突然見ず知らずの人に助けられてもね」


「このまま外に出て、見張りに見つからないのでしょうか」


「そこは不思議な力(ゲームの仕様)に守られてるから大丈夫」


「というより、私達も外に出た瞬間バレてしまうのでは?」


 俺はワープの魔法を唱えた。行き先はラコンの街。

ゆらゆらしたSEと共に、俺とミラは街の入口まで飛んで戻って来た。


「じゃあ、次の目的地をまわるか」


「これで、いいのでしょうか……」


 一度現場を離れてしまえば倉庫での出来事はすべて不問になる。これでいいのだ。


「この街でやることはまだたくさんある。次は南区の道具屋に向かう」


「道具屋……買い物ですか?」


「仕入れルートにモンスターが出没するってんで店主が困ってるから、それを途中まで助ける」


「そこは最後まで助けてあげましょうよ」


 ミラの言いたいこともわかるが、このイベントは目的の報酬が途中でもらえてしまうので、最後まで助ける必要が無いのだ。

そんなことを説明しながら、俺たちは道具屋に辿り着いた。

店内に入ると正面に、店主のおっさんが木製カウンターに肘をついて嘆息している。店には木箱や樽や棚に武器だの防具だの薬だの置いてあるが、どれも古臭く傷んでいて、全体的に品数が少ない。俺たちの他に客は無く、店主はこちらに気づいてもちらりと目線をやるだけで、再びため息をついて黄昏れた。


「客だよ」


 俺は雑に話しかけた。


「ふう、悪いが今度にしてくれ。今は商売どころじゃねえんだ」


 やる気ないなら店を閉めておけばいいのに。毎回そう思うのだが、突っ込んでも仕方ないので無視して話を進める。


「交易路にモンスターが出てるんだろ? 退治してきてやる」


「は……?」


 驚いている店主をほうっておいて残りの会話は全スキップ。ここまで話せばフラグは立っている。俺はさっさと店を出た。


「この店のことは放置して、残りの場所をまわる」


「なんだか忙しないですね」


「RTAだからね」


 俺たちはそのまま街をめぐり、必要な行動を順にこなしていく。まずは鍛冶屋に向かい、見習い鍛冶師の青年から素材調達の依頼を受ける。依頼自体は無視するのだが、素材回収用に渡されるアイテム「ピッケル」が後で必要になるので、タダで貰えるこのイベントを利用するのが通例だ。その後教会の向かいの民家に入り、そこに住んでいるおじいさんを殴って気絶させる。


「いやちょっとまってください!」


 ミラが制止したとき俺は既に家の隅にある木箱を移動させ、地下へ続く隠し階段を出現させていた。


「この街、今は使われてない地下水路があるんだけど、この爺さんが昔そこの管理をやってたんだよ。今はもうボケてるから、目覚めた頃には殴られたことも忘れてる」


「ああ神様どうか彼をお許しください」


 ミラの唱える祈りの言葉を背に受けながら、俺は地下への階段を下った。

 地下水路は暗く、本来は松明などの明かりを確保するアイテムが必要だ。さらに迷路のように入り組んでいるので、別のイベントで地下水路の地図を取得してからの攻略が推奨されている。

しかし今回は光源・マップ無しで通り抜ける。


「敵はいないから走り抜けるだけなんだけど、暗いから気をつけてくれ」


「気をつけるも何も、前が全く見えないのですが……」


 そうは言いながらもしっかり付いてくるのがフォロワーのすごいところだ。暗闇の中、足元にうっすらと溜まる水をピチャピチャと跳ねながら、全力で走る。


「あの、ハルキ様には前が見えているのですか?」


「見えてないよ。ただ走る向きと時間を完全にパターン化してるから、見なくてもちゃんと目的地にたどり着ける。安心して付いてこい」


「頼もしい……と言ってよいのでしょうか……」


 地下水路の心眼攻略は、難度は高めだけど練習しやすいので、安定重視のチャートでも採用されやすい。そもそも松明を手に入れるには道具屋のイベントを最後までこなす必要があるので、それを省略できるメリットの方が大きいのだ。


 俺は頭の中で時間を数え、必要な距離を走ったことを確認する。手探りで壁にかけられた梯子を探すと、俺の右手が、ひんやりとした細い棒のようなものに触れた。よし、ちゃんと辿り着いたな。

俺は梯子を登り、地下水路の天井に設けられた扉を押し上げて、上階へ出た。光が急に差込み、視界がぼやける、が、目を慣らしている暇はない。

ここは先ほどの民家の向かいにあった教会の隠し部屋で、屋上の鐘楼にアクセスするための長い階段がある。ちらつく視界を頼りに階段を登り、半分過ぎた頃には目もすっかり慣れてきた。


「ここは一体?」


 ミラはしっかり俺の後ろに付いてきている。


「さっき見た教会の中だよ。今は使われてない部屋で、上の鐘楼に続いてるんだ」


 階段を登りきると、更に上へ登るための昇降口が天井に備えられている。鍵を開け蓋を押し上げると、外の空気が流れ込んできた。

そのまま鐘楼に上がるとそこはガラスのない窓に囲まれた小さな部屋で、中央に天井から大きな鐘が吊るされている。ここはラコンの街で最も高い場所で、街全体を一望できるちょっとした撮影スポットだ。


「こんな所まで来て、何をするのですか?」


 俺はミラの質問に答える代わりに、窓から外に出て教会の屋根に飛び降りた。傾斜のきつい三角屋根を渡り、隣の建物の屋根に飛び移る。民家、武具店、酒場、民家、民家、宿屋、また民家。

屋根から屋根へと渡り継ぎ、俺は目的の民家の屋根まで辿り着いた。そのまま屋根の中ほどに設けられた天窓まで近づく。


「この家、玄関がずっと閉ざされてて誰も住んでないと思われてるんだけど、実は中に人間が一人、暮らしてるんだ」


 ひいひい言いながら付いてきたミラに俺は説明した。


「で、本当はシナリオ終盤にならないと中に入れないんだけど、屋根を伝ってここまで来ることは想定してなかったらしくて、窓付近の判定がゆるいんだよね。こう、窓枠の角に、ポリゴンの隙間に入り込む感じで視点を動かして……」


「すみません、途中から言ってる意味が……」


 ミラが言い終わる前に、俺は判定の隙間に無理やり潜り込み、屋根をすり抜けて家の中に落下した。

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