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三.死ぬがよかとよ

「ところで、名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 町に戻り領主の館の前まで来ると、ミラがそう言った。

これはいわゆる名前入力であり、このゲームでは領主の館に入る直前に、ミラに名前を聞かれる形でイベントが発生する。本来は森に行く前に館を訪れるはずなのだが、このRTAではいろいろすっ飛ばす関係でこのタイミングでの名前入力となる。


……名前も教えてない女の子から服をひん剥くなんてとんでもねえなって思うかもしれないけど、これはRTAだから仕方ないんだ。タイムのためなんだ。


「ハルキ」


 俺は普段から使っているハンドルネームを答えた。本名を教えようかとも思ったが、今はRTAに挑戦しているのだから、RTA走者として活動している名前を使うのがいいだろう。


「ハルキ様、ですか。素敵な名前ですね」


 こんなにひどい仕打ちをしているにも関わらず、ミラは笑顔で俺の名前を褒めてくれる。マジ聖女。服を返すのはもう少し後になるけど許してね。


「じゃあ、館に入るか」


 俺は鉄製の大きな正門をくぐり、敷地に踏み入った。領主の館はこの町で最も大きな建物で、町全体の牧歌的な雰囲気にそぐわず、意匠を凝らしたブルジョワジー的図々しさを醸し出している。

守衛の男が俺たちを呼び止めた。


「主は外出中だ。あらためよ」


 仕え人のぶっきらぼうな物言いが、主人の品の無さを如実に表している。


「あんたの主人、死んだぞ」


「何を言っている」


「ほら、主人が大切にしてた魔導書」


「なっ……馬鹿な!」


 俺が魔導書を取り出して見せると、守衛の男は目を見開き、驚愕の表情がみるみるうちに恐怖に引き()り始める。


その瞬間、館全体がぐにゃりと歪んだ。


悲壮感のあるSEが再生され、巨大な館は粒状のパーティクルを撒き散らしながら消え去っていく。館があった場所はまたたく間に広大な更地と化した。


「これは一体……?」


俺は息を呑んでいるミラに説明した。


「この館は全部、建物も内装も守衛の男も全部、魔術によって生み出された偽物だったんだよ。術者であるガーレンが死んだ今、この館を維持していた魔力も失われたんだ」


 普通にプレイしていると割と驚くシーンなのだが、当然ながら俺はもうさんざ見ているのでもはや興味もない。大事なことは、館の跡地に一つの石碑が残っていて、それを調べることで重要な魔法を習得できるということだ。


 俺は消え去った館の敷地にずんずん入り、中央に佇む石碑に刻まれた文字を読む。


 テッテレ、テッテッテーン!


俺はRTAにおける最重要魔法、既に訪れたことのある町にワープできる魔法を覚えた。


「よし、それじゃあ次の目的地に行こうか」


 俺は館の跡を離れ、道具屋で不要なアイテム(俺の初期装備とか)を売ってその金で回復アイテムを購入、そしてそのまま覚えたばかりのワープ魔法を使い、「この町」に瞬間移動した。……走って町を出るより、魔法で町の入口に飛んだほうが早いのだ。


ミラについてはこの町で特に必須になるイベントは無く、このまま同行者として俺についてきてもらうことになる。一応、ミラがいた教会に行けばお別れイベントがあり、彼女が俺と旅に出たいと言ってくれるのだが、当然、そんな寄り道をする暇は無い。

その他いくつものイベントを放置して、俺たちは町をあとにした。


「これから、どこへ向かうのですか?」


 俺の後ろを走るミラが尋ねてきた。

 最初の町「オーパス」はマップのほぼ南端に位置していて、ここから北へ進み、山間の石砦を超えてさらに北上すると、大陸中央の大都市「ラコン」に辿り着く。正規ルートとしてはそこから、東の古森、北の火山、西の海岸洞窟という順番に攻略することになる。しかし、RTAにおいてはその限りではない。


「まずはラコンの街に向かって、その次は西の洞窟を目指す。洞窟はこのチャートで一二を争う難所になるから、心しておくように」


「ちゃあと?」


 チャートというのは、RTAを走る上での攻略手順や情報をまとめたもののことだ。

本来は紙などに書き起こしたものを参照しながらプレイするのだが、今は手元にないので記憶を頼りに攻略している。


「チャートってのは、まあ、この世界を上手いこと救うための、手引書みたいなものだ」


「はあ……。私達の言うところの啓示録のようなものでしょうか」


 なんだか真面目に受け取られてしまったが、あえて訂正する必要もないだろう。


山間の道を北に向かって走り続けていると、正面に巨大な石砦の様な建物が見えてきた。かつては関所としても使われていた建物だが、今はこの辺りを荒らす山賊たちのねぐらとなっている。


「ハルキ様、見張り台に人が立っていますよ! このまま近づくとこっちに気づくかもしれません」


「構わず突っ込む」


「物陰に隠れながら慎重に……て、え、ちょっと!」


 ここは隠密行動スニーキングで突破するのが正攻法なのだが、見張りの打つ弓矢はノーコンでまず当たらないので、そのまま突っ込んでいい。


「おい、曲者だ! かしらに報告しろ!」


 俺たちに気づいた見張りの一人が、ここまで聞こえるぐらい大声で仲間に指示を出している。

このあと近接武器を持った輩が何人か出てくるのだが、最速で走り抜けると取り囲まれる前に関所の正門まで辿り着ける。正門は内部からじゃないと開けられないので、脇にある扉から建物内部に侵入する。ちなみに鍵はかかっていない。


砦の内部は縦に細長い構造になっており、狭い部屋の中に、上へ向かうための梯子はしごがかけられている。石を積んで造られた四角い壁の他には、ホコリまみれの樽や木箱が置いてある程度の簡素な空間だ。

上階から山賊たちの怒声が聞こえてくるのを確認し、俺は梯子に手をかけた。


「う、上から山賊たちが降りてきますよ!」


「入れ替わりで上に行くんだ」


 ミラは慌てているが、ここは全く難しい箇所ではない。

 見上げると、武器を持った山賊たちが俺たちのいる階まで飛び降りようとしている。1、2、3、4人。よし、全員いるな。

敵のNPCは、多少の高低差なら飛び降りて移動するよう思考ルーチンが組まれている。全員が飛び降りモーションに入ったのを確認した瞬間、俺は全力でハシゴを登った。

俺の真後ろを山賊たちが落下していき、着地から体勢を立て直す頃には近接武器が届かない位置まで登ることができる。飛び降りる山賊たちと入れ替わりで上に登る構図だ。なかなか間抜けな山賊だが、RTA的には非常に助かる。


「きゃあ!」


 足元でミラが悲鳴を上げた。俺よりワンテンポ遅れて行動するミラは、移動が間に合わずに山賊に殴られることがある。彼女はほぼ裸なので防御力が下がっているが、まあ、死ぬことはない。


 俺は山賊がさっきまでいた2階まで登り、そのままハシゴで3階まで向かう。梯子を登りきった俺は後についてきたミラの体を引き上げ、剣を構えた。


「よく見ておけ。これが3DアクションRPGの伝統芸能、『梯子ハメ』だ」


 一度下まで飛び降りた山賊は、俺たちを追いかけるために今度は律儀に梯子を登ってくる。そこを容赦なく斬りつける。

切られた山賊は手を離してしまい、1階まで落下する。続いて登ってきた山賊も同じように斬りつける。やはり落下する。落下した山賊はまた登ってこようとするが、梯子は一人ずつしか登れないから、ここでひたすら剣を振るだけで敵が何人いようがダメージを受けること無くハメ殺すことができる。


「くっくっく、ありきたりな思考ルーチンを用意した開発陣を恨むんだな」


「なんとむごい」


 ドン引きするミラを尻目に、俺は山賊共を4人全員倒した。残りは弓兵とかしらだが、弓兵については見張り台から移動しないのでひとまず無視していい。


「ここで待っててくれ」


 俺はミラを3階に残し、再び2階に降りた。ここから連絡通路のような道が伸びており、その先の扉の奥がかしらの居る部屋だ。 俺は扉を開け、かしらと対面した。


「よう、仲間はみんな死んだぞ」


「なんだ貴様はぁ!」


 初手挑発からの全力逃亡。俺は連絡通路を走り、梯子のところまで戻って1階に飛び降りた。(先ほど殺した山賊たちの死体が転がっているが今は無視だ。)

当然、かしらは俺を追って1階に飛び降りようとするので、入れ違うように再び梯子を登る。

そしてそのままミラが待っている3階へ。


「よく見ておけ。これが取り巻きと同じ方法でハメ殺されるかしらの図だ」


「なんと、むごい」


 普通に戦うと手強い相手だが、梯子を登る無防備なところを攻撃してしまえば何ということはない。俺は山賊のかしらを斬りつけ1階まで落とし、再び登ってきたところをまた落とす。


「ちなみに落下ダメージの割合が大きいから、2階でハメるより3階でハメた方が効率がいい」


「聞いてません」


 すっかりドン引きしているミラを尻目に、俺はかしらも無事倒した。

 俺はそのまま3階の通路を渡り、最後の山賊を倒すため見張り台へ向かう。敵がこちらに気づいたが、こいつは弓しか持っていないので近づいて戦えば問題ない。

何も考えず剣を振り続ける。相手は死ぬ。かんたんだ。

死体からは弓と矢を奪う。序盤では貴重な遠距離攻撃の手段であり、この砦における最重要アイテムと言っても過言ではない。


その後俺はミラとともに2階へ降り、かしらのいた部屋に戻って金目の物を回収、そして部屋の隅にあるレバーを引いて関所の門を開いた。

1階から外へ出る途中、倒した山賊の死体を漁り装備品を軽く物色する。雑魚兵の一人が持っていた長剣が手持ちの剣より高性能だったので交換した。


 開けたばかりの門を抜け、俺達はさらに北を目指す。


道とも言えない山道を二人で走っていると、辺りはすっかり夜になった。星明かりでかろうじて進む方向が分かる程度だが、この辺ではしばらく敵は出てこないので気楽に進む。砂利を踏みしめ駆ける音や、草木が風に擦れる音が、ちょっとしたマイナスイオンすら感じさせる。


「……あの、森のときから気になっていたのですが、ハルキ様はなぜそんなに手慣れているのですか? まるでこれから起こることが全てわかっているみたいに……動きに無駄が無いですよね?」


 ふいに、ミラが心底不思議そうに聞いてきた。

まあ、なぜと言われても、実際に何度も繰り返して練習してるし、シナリオも攻略情報も全部わかってるからなんだけど、それをどう説明すればいいんだろうか。


 そもそもこのゲームの主人公は、出自がほとんど不明だったりする。

崩壊の危機から世界を救うために、影の教団が異世界から救世主を召喚しようとした。その儀式が失敗したと思われた数年後、人知れずこの世界に導かれた男、というのが主人公の唯一の設定だ。

これはプレイヤーがより没入しやすくするための設定なんだろうけど……いや、まてよ。これってもしかして、今の俺の状況と全く矛盾しないのか……?

この世界の住民から見れば、俺は異世界から召喚された男ってことになるんだもんな。

自分で言うのも変な話だが、ある意味俺はこの世界を救うのにうってつけの人物だと思うんだ。なんたってRTAの記録保持者だし。(1位じゃないけど)


「俺はこの世界を最速で救う。そのために別の世界からやって来たんだ」


「それは……ハルキ様は天使様、ということでしょうか」


 ミラが驚かなかったことに少し驚いたが、そういえば彼女がいた教会は、件の儀式を行った影の教団と関わりが深いのだった。天使という名前はともかく、世界を救う異世界の存在というのは、彼女にとって馴染みのある感覚なのかもしれない。


「天使って呼び方があってるかわからないけど、たぶんそんな感じだと思うよ」


 ミラはくすくすと笑った。


「天使様と呼ばれて、そう返す人は初めて見ました」


「でもその呼び方はやめてほしいな」


「では、ハルキ様」


「様もいらないよ。ハルキでいい」


「それはちょっと慣れませんので……ハルキ様と呼ばせてください」


「まあ、なんでもいいけどね。とりあえず、この世界を救うには君の協力が不可欠なんだ」


「ミラとお呼びください」


 ぴしゃりと言われて思わず振り返ると、後ろを走るミラと目が合ってしまった。

もともと一番好きなキャラだったが、こうして同じ目線に存在していると思うとより一層魅力的に見える。俺は慌てて正面に向き直った。


「じゃあ、ミラ」


「はい」


「これからまた長い旅が続くけど、よろしくね」


「はい!」


 俺たちは次の目的地に向かった。

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